16.セルバドス家の男達
軍の面談室は、フィン国の風土を示す非常にシンプルな造りをしていた。白い壁、白い天井、黒い床。
装飾品の類はないが、木製の大きなテーブルは非常に手の込んだ艶出しを施されているし、その下に敷かれた絨毯は年代物ではあるが丁寧に手入れをされている。
カルナシオンとシノは、通されたその部屋で暫く待っていたが、やがて扉を開けて入ってきた男を見て、少し背筋を正した。
男は黒髪に青い瞳をしており、鍛えられた堂々たる体躯は勿論のこと、軍人らしく背筋を伸ばして歩く様は、フィン国軍の誇る魔法部隊の隊長に相応しいふるまいと思えた。
「久しぶりだな、カンティネス」
「はい。ゼノさんはお元気そうですね……相変わらず」
「当然だ」
セルバドス四兄妹が長男、ゼノは椅子に腰を下ろしながらカルナシオンを見る。
「前は軍の入隊試験だったか。お前が軍に入らなかったのは、我が国にとって痛手ではあるが、制御機関も軍と双璧を成す立派な仕事だ。それについては異論はない」
「あれはゼノさんとルノさんが勝手に俺を連れて行ったんでしょう。俺は制御機関以外興味ないって言ったのに」
思わず愚痴を零したカルナシオンだったが、その語尾に被せるように軽い笑い声が聞こえた。
「いやいや、だってなぁ? 目の前に才能豊かな若者がいたら、ちょっと色々体験させたくなるのが大人としての務めだろ」
ゼノの後から入ってきたのは、次男のルノだった。ゼノと比べると少し痩せているようにも見えるが、一般的な軍人の体格には届いている。
銃器隊に属する軍人の殆どがそうであるように、目には保護用の伊達眼鏡をかけていた。
「それにゼノの兄上が他人を認めるなんて滅多にないしな。俺もリノも何度怒られたことか」
「未熟者の身内を叱るのは長兄としての務めだ。カンティネス、早速だが書類を受け取ろう」
「はい」
カルナシオンは制御機関から持って来た書類をゼノに手渡す。
その分厚い封筒の中から報告書の束を取り出したゼノは、それをまとめて右手で持ち、左手で捲りながら簡単な確認を行う。横からルノが首を伸ばして覗き込むのも、特に気にしていない様子だった。
「やはり、瑠璃の刃の末端構成員が多いな。各幹部の直属は今のところ発見されていないようだ」
「十三剣士隊が随分と頑張ったようですから。組織の要だった九人の幹部は死んでしまいましたし、その時に大抵の主力構成員は一掃されたのでは?」
「私もそう思うが、念には念を入れる必要がある。何しろ巨大な組織だったからな。特に『星見』と『選定者』の部下は多かったようだし」
「『魔術師』は他の幹部に比べると部下を持っていなかったようですね。その資料を見る限りでも、魔術師に関わりがある者は非常に少ない」
そう言ったカルナシオンに、ゼノが小さく頷く。
「前の魔術師の一団を殺して、その座に収まったらしいからな。だから他の幹部たちに比べると部下も少なかったんだろう」
「結局そいつだけは殺されなかったって聞きましたけど、どうなんですかね。軍の方で匿ってるとか?」
カルナシオンの冗談交じりの言葉は、ルノの軽い笑い声が語尾を掻き消した。
「それなら面白いけどな。残念ながら噂でしかない」
「ですよね」
あっさり引き下がったが、カルナシオンは相手の言葉を嘘だと見抜いていた。
長男のゼノと三男のリノは勤勉で生真面目な、嘘が吐けない性格である。それに対して次男のルノは軽い性格であり、口もよく回る。
それはつまり、ルノだけなら嘘が看破されることは少ないが、ゼノがいると意味を為さないということでもある。ルノが話している時に、ゼノが不安そうな視線を向けたことが、言葉の信憑性を何よりも強く語っていた。
魔術師は生きているが、実際にハリに向かった十三剣士隊ぐらいしか詳細は知らない。そんなところだろうと思われた。
「そんなことよりも、街の放火の件はどうなっている」
ゼノが少々強引に話を変えた。
「軍の方は、警備で手一杯だ。捜査に関しては刑務部を頼るしかない」
「俺に聞かないで下さいよ。新入りのペーペーなんだから。けど……俺の考えでは、放火魔は「放火したいわけじゃない」んだと思います」
ほう?とゼノが身を乗り出し、ルノも片方の眉を吊り上げる仕草をした。
「面白そうなことを言い出したな」
「別にそんな突拍子もないことを言ってるわけじゃないですよ。ただ放火っていうのは主な目的が、対象物を燃やすことにある。いつだったか、受験のストレスで放火した人間もいましたけど、それだって「何かが燃える」のが楽しみだったんでしょう」
「そういえば、アカデミーの受験生にそんなのがいたな。リノが静かに怒っていた」
「で、今回は石造りの「店舗」が狙われています。もし無差別に建物を燃やそうとするなら、燃えやすい建物を狙うでしょう。例えば俺の家とか」
カルナシオンは眉間に軽く皺を寄せて、頭の中に散らばっている「直感」を掻き集める。普段から、カルナシオンは何でも見聞きしたことを頭の中に乱雑に溜め込む癖があった。そしてその中で偶然にも類似性を持った物を組み合わせ、それを「直感」と呼んでいた。
「軍や制御機関の見回りの合間をすり抜けてまで放火をするというのも、普通の放火魔としてはちょっと変です。普通は犯行を控えます。じゃあ何故、そんなことをしたのか。俺の考えでは「目立つため」です」
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