14.幽霊と何か
「クレキ軍曹」
「今度はなんだよ」
「幽霊とはなんだ?」
「はい?」
「幻獣か何かのことか?」
「あんた、幽霊知らないの? 死んだ人が化けて出てくるんだよ。俺の故郷だと「恨めしやー」って出てくるかな」
ミソギが幽霊の定義を事細かに教えると、ホースルは暫く考え込んでいたが、やがて「あぁ」と明るい声を出した。
「なるほど、北の森に棲んでいる種族だな。身体が半透明で風に乗って夜の間に移動し、適合生命体の姿を模倣する」
『はい、そこまで!』
慌ててホースルの口を塞ぎながら、ミソギは祖国の言葉で思わず捲し立てる。
『なんで俺があんたの世話しなきゃいけないんだよ。お願いだから自分だけ知ってそうなことは喋らないでくれる?』
「ヤツハの言葉は俺にはわからないのだが、怒っていることは理解した」
『言葉が通じないなら好都合だよ。本当にお前、いつか痛い目を見て泣け。泣き叫べ』
「呪詛を言われている気がするのだが」
口を塞がれてもホースルは自分に要求されていることが理解出来ずに話し続けたので、ミソギは自分が切った肉をフォークで突き刺すと、それを相手の口にねじ込んだ。
漸く黙ったホースルから手を離し、ミソギは椅子に座りなおす。そして向かいの席で呆然としている二人に、爽やかな笑みを見せた。
「お気になさらず」
「いや、気にするだろ」
「ちょっと意思疎通が困難なだけです」
「大問題じゃないのか、それ。というか変なこと言ってなかったか、そいつ」
「文化の違いですね」
堂々と言い切ったミソギに、カルナシオンはそれ以上食い下がらなかった。
「犯罪さえしなきゃどうでもいいけどな。流石にそれは見過ごせないし」
「その割には、子供の引ったくりは見過ごしてるようですね」
「あぁ、レシガンだろ。五歳ぐらいのガキ。捕まえたところで罪に問えないし、そもそもあのガキは戸籍ないみたいだからな」
無駄無駄、と言いながらカルナシオンは肉を口に入れる。
「レシガン?」
「クズ宝石の意味だな。そう呼ばれてるんだとよ。貧民街の方から流れて来た孤児らしいが、孤児院に入れても脱走を繰り返すから、もうどこもお手上げ状態。死にかけたり、デカイ犯罪犯したりしたら保護するけど、今は様子見だ」
「その子供は、放火事件に関わっていないんですか?」
ミソギがふと思いついて尋ねたが、カルナシオンは首を左右に振った。
「さっき言っただろ。証拠が残っていないって。五歳のガキが、例えば人に頼まれて発火装置を持ち歩くにしたって、狙い通りの場所に置いてくれる保障なんか何処にもない。下手すりゃ怪我する可能性がある。いくら放火魔でも、子供を燃やして構わないとは思わないだろうし」
「そうねぇ。今のところ小火で済んでるから、建物を燃やすのが目的とは思えないし。商店街の人たちも見回りを始めるらしいから、そろそろ収まるんじゃないかしら」
「あぁ、親父がそんなこと言ってたな。軍や制御機関の連中を待ってたら間に合わない可能性もあるから、若い連中で自警させるって」
「貴方は?」
「俺は火の魔法が得意だって、皆が知ってるだろ。夜中に歩いてたら変な誤解受けちまう」
「あぁ、確かにカルナシオンが犯人なら捕まらないのも納得だわ」
おい、とカルナシオンは幼馴染を睨み付けた。
「怒るぞ」
「冗談じゃない」
「言っていいことと悪いことがあるだろ」
「あら面白い。容疑者は平等な立場から考えるべきだって、刑務部がいつも言ってるじゃない。それなのに自分は刑務部だから違うって言いたいの?」
「あー、くそっ。管理部は口先だけ達者だな」
「それが仕事だもの」
「俺だって見回りとか参加したいさ。此処は俺が生まれ育った区域だしな」
カルナシオンが不満そうに言うと、シノが慰めるつもりなのかサラダの上に乗っていたトマトをフォークで掬い上げて渡した。
「いくら建物が燃えてないって言ってもな、住んでる人間からしたら、安心して過ごせないってことになるじゃないか。特にうちみたいに商売している店は、建物自体が商売道具の一つだ。たかが小火じゃ済まないんだよ」
「商売道具」
ふとホースルが何か思いついたような声で呟いた。ミソギは、またこの男が妙なことを言い出すのではないかと危惧したが、意に反して口から出たのは普通の言葉だった。
「そういえば、俺の商売道具返して貰えませんか」
「あぁ、あの小さいナイフか? 帰る時に受け取っていけって言ったのに、さっさと帰ったのはそっちだろ」
「うっかりしていて。行商人にはあの手の小さいナイフが必需品なんですけど、フィンではあまり売ってないみたいですね」
「あんまり行商人ってのがいないからな」
「いないんですか?」
「寒いだろ、此処。行商人なんかしてたら凍えて死ぬ。お前も凍死する前に店でも構えろ。第二地区とか行けばアテはあるから」
はぁ、とホースルは生返事をして黙り込んだ。何か考えている様子だったが、ミソギとカルナシオンは特に指摘しないことに決めて食事を再開した。
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