13.妙な昼食
「やっぱり仲いいんじゃない、あの二人」
「そうだな。でも何か変なんだよな、あいつら。何か重要なことを隠してるというか……」
「というか、あそこで何してるのかしら」
「腹減ったんじゃねぇの?」
カルナシオンが近づいて話しかけると、ミソギが驚いたように振り返った。
「よぉ、軍曹殿。何してるんだ?」
「前も言ったでしょう。見回りです。ついでにこの馬鹿商人が次の仕事先探すまで監視してます」
「随分面倒見がいいんだな」
「常識がないから、何をするかわからないんですよ」
「酷いなぁ、クレキ軍曹」
ホースルがにこやかに口を開く。
「新しい商売を探すのに、このあたりを案内して欲しいって言っただけじゃないですか」
「俺だってあんたにいつまでも構ってられないんだ。早いところ仕事でも何でも見つけてくれるかい」
面倒そうなミソギの表情を見て、カルナシオンは少々同情した。このホースル・ビステッドという商人のことはよくわからないが、まともに付き合ったら疲弊するタイプだというのは数日前に身に染みてわかっている。
「そちらはどうしたんですか?」
「昼休みが潰れたから、今から飯を食うところだ。軍曹は食事は済ませたのか?」
「いえ、まだです」
「じゃあ折角だし、一緒にどうだ? 此処のステーキは美味いぞ」
ミソギは何か言いかけたが、その腕をホースルが引き寄せて耳元で何か囁いた。眉を寄せたミソギは、しかしすぐにそれを解除して視線を戻す。
「彼も一緒にいいですか」
「勿論。いいよな、シノ」
「構わないわ。軍の方と食事なら、治安的にも完璧だもの」
店に入ると昼の繁忙期を過ぎていたため、広い席に通された。
カルナシオンとシノが並んで座り、それぞれの向かいにミソギとホースルが腰を下ろす。
「ランチセットの大盛を一つ」
「あ、じゃあ俺も。あんたどうするんだ?」
「同じでいいです」
「じゃあ私はレディースセット」
手早く注文を済ませると、早速と言わんばかりにミソギが口を開いた。
「見たところ、軍への用事のようですが。刑務部と管理部が一緒なんて珍しいですね」
「なんでわかった?」
「持っている封筒が非常に大きいうえに、二重になっています。重い物や鋭利な形状で紙袋が破れやすい場合は、そうすることも多いですが、貴方は片手でそれを持っているし、中身はどうも書類のようだ。確かに沢山入っているようだけど、紙袋が破れる重さとは思えない。となると二重にしている理由は限られてきます」
ミソギは穏やかな口調で続ける。
「中身が透けてしまうのを避けるため。つまり機密性が高いものでしょう。しかし制御機関から機密性の高い文書が持ち出されることは少ない。行き先はアカデミーか軍と考えるのが妥当です」
「何故その二択で、軍だと判断した?」
「簡単なことです。貴方は顔見知りとはいえ、親しくもない軍人である俺を食事に誘い、「治安的に良い」と言った。アカデミーへの提出資料であれば、軍人の関与は避けるはずです」
「そこまで考えてないと言ったら?」
カルナシオンが笑いながら問うと、ミソギが肩を竦める。もともとヤツハの国には浸透していない仕草ゆえか、少し不格好だった。
「ある程度秘匿していたはずの俺の過去を、あっさりと探り出した貴方だ。思慮深くないとは言わせません」
「だから、悪かったって……」
「それに所属が異なる、そして貴方と対等の能力を持つ彼女を一緒に連れているということは、お会いするのは魔法部隊のゼノ隊長か、銃器隊のルノ副隊長でしょう」
「降参、降参。それ以上分析しないでくれ」
素直に白旗を上げたカルナシオンの横で、シノが含み笑いをする。
「久しぶりにそんな顔を見たわ」
「うるせぇ」
そこに丁度、料理が運ばれて来たので会話が中断される。
それぞれが自分の料理を前にナイフやフォークを構えた時、ホースルが唐突に口を開いた。
「クレキ軍曹」
「何だよ。急に喋らないでくれる?」
「これは牛の肉か?」
「だと思うよ。ステーキだからね」
「そうか。牛か」
「あんた、牛食えないの?」
「いや。好き嫌いはない」
ホースルはナイフとフォークを使って、その肉を切り分ける。ミソギよりも手慣れた仕草で、食べなれていることは一目瞭然だった。
「あなた、店の中ではフードを外したらどう?」
シノがそう声を掛ける。
「そういうものですか?」
「そういうものよ。というか大体の国で同じだと思うけど」
「気にしたことはないですが、マナーだというならわかりました」
素直に応じたホースルがフードとバンダナを外すと、青い髪が外気に晒されて揺れた。
「あら、本当に青いわね。珍しいわ」
「まぁ目立つので隠してるんですけどね」
「でも貴方、制御機関の前で商売していた時には顔が殆ど見えないから、いかがわしいことこの上無かったわよ」
「それでも皆買ってましたからね。あれで全く売れなかったのなら、俺も商売の手法を変えたのですが」
ホースルは淡々と答えながら、肉を口に運ぶ。
「俺はただ、その日の食い扶持を稼げればよかったので」
「今後はどうするの?」
「残念なことに、ハリで行っていた商売の殆どがフィンでは違法のようですので、小売業でも考えます。……ところで、この店の表の壁が焦げていましたが、放火などがあったんですか?」
話を変えたホースルに、シノは何度か目を瞬かせて首を傾げる。
「知らないの? 随分騒ぎになったのよ」
「いつですか?」
「一昨日の夜よ。そうよね、カルナシオン」
ステーキ肉を頬張っていたカルナシオンが、それを噛みながら頷く。
「軍の見回りを掻い潜るようにして放火。ふざけた野郎だ」
「当時はこの店の周りに軍人さんはいなかったんですか?」
「近くにはいたが、注視はしていなかったとさ。クレキ軍曹は見回りには参加しなかったのか?」
「俺は日中の見回りが担当でして。十三剣士隊は夜はあまり動かないんですよ」
ミソギはナイフを右手から離し、手のひらを摩りながら言った。未だに食文化に対しては不慣れなところがあり、ナイフを使うにも妙なところに力を入れてしまう癖がある。
「確かその日は、第四銃器小隊が見回りをしていた日です。軍の中でも視力の優れた者が集まっている部隊ですが、彼らを以てしても捕まえられなかったとあって、軍ではちょっとした噂話になってしますよ」
「噂話?」
「放火魔は幽霊に違いない、ってね」
「そりゃいい。幽霊が放火や殺人を始めたら、俺達も随分暇になる」
冗談に対してカルナシオンとシノは揃って笑みを浮かべるが、ホースルは一人首を傾げた。
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