12.軍へのおつかい

「軍への調査報告書……ですか」


 カルナシオンは分厚い封筒を受け取りながら、今言われた指示を繰り返した。


「瑠璃の刃の残党がフィンに亡命していた件について、ある程度報告書が溜まったからな。軍の方も独自の資料を持っているはずだから交換してきて欲しい」

「今からですか? 俺、まだ飯食ってないんですけど」

「外で食べてくればいいだろう。しかし昼休みもとっくに終わってるのに、なんで食べていないんだ」

「空き巣の調査ですよ。部長が俺に言ったんでしょう」


 憮然として返すカルナシオンに、上司である男は謝罪をする。


「そうだった、そうだった。まぁ手続きやらなにやらで時間が取られるし、食事をしてから行った方がいいな」

「そうします。これ、誰に渡せばいいんですか?」

「魔法部隊のセルバドス隊長だ」

「えっ」


 カルナシオンは思わず硬直する。

 幼馴染の一番上の兄は、幼い頃からどうにも苦手だった。威圧的で自信家で、自分に厳しく他人にも厳しい。悪い人間でないことは知っているのだが、幼い頃に「怖い」と刷り込まれてしまったために、今でもその感覚が抜けなかった。


「ゼノさんか……」

「そう浮かない顔をするな。管理部が妹君を貸してくれるそうだから」

「シノを?」

「向こうも軍に用事があるということだ」

「余計に面倒な予感……」


 どうにかして断れないかとカルナシオンが思案していると、耳慣れた声がその名を呼んだ。


「というわけだから一緒に行きましょ、カルナシオン」

「お前も物好きだな」

「私も、仕事でお昼が潰れちゃったから、ご飯食べてないの。一緒に食べましょう」


 何やら楽しそうな幼馴染に、カルナシオンは溜息をついた。周囲の同僚たちからは揶揄するような視線が向けられている。これ以上ここで食い下がっても、全員の注目を集めるだけだと思い、緩やかに諦めた。


「仕方ない、行くか」

「私がいれば、お兄様への取次ぎは楽よ」

「お前がいると、ルノさんまで来そうだから嫌なんだよ」


 制御機関を出た二人は、まず最初に駅に向かって歩き出す。軍には此処から電車を使って二駅。そして飲食店は駅前に固まっている。従って駅に向かうのが目的を果たす最短距離だった。


「何食べる?」

「別にお前が好きなものでいいけど」

「パスタは昨日食べたから、今日は違うものがいいわ」

「ハンバーグでも食いに行くか?」

「駅前の『ミコンシェル』?」

「いや、最近出来た『アズレイス』。結構美味い」

「じゃあそっちがいいわ」


 商店街を通り抜ける途中、青果店の前を二人が通りかかると赤ん坊を抱いた男がカルナシオンを呼んだ。


「何処か行くのか?」

「軍の方にちょっとな。何か用事か?」

「女連れて歩いてるのが珍しいから呼び止めただけ」

「お前なぁ、最近そういうのは「女性蔑視」とかで問題になるんだぞ。ライチが生まれたばっかなのに、しょっぴかれたいのかよ」

「ライチじゃなくて、ラ・イ・ツィ」


 男は舌を見せるように発音しながら、カルナシオンの誤りを正す。


「一応ちゃんと意味があるんだぞ」

「どっちでも変わらねぇだろ。呼びにくい名前は略されるのがオチだ。俺が保証する。それより、『アズレイス』って今日もやってるよな?」

「ん? あー、さっき付け合わせの人参買って行ったから開いてるはず」


 男は赤ん坊を抱きなおして右手に預けると、左手ですぐ傍の木箱からオレンジを一つ掴み上げた。


「ほい、やるよ」

「いらん」

「お前じゃねぇよ、そっちの美人にだよ」

「あら、美人ですって。聞いた? カルナシオン」

 

 嬉しそうなシノに、カルナシオンは肩を竦める。


「そりゃ上等の服着て、お淑やかに歩いてれば大概の女は美人に見えるだろうよ」

「リーシャ以外は全部一緒に見えるんじゃないの」


 その名前に、カルナシオンは焦った様子で振り返る。


「なんであいつの名前が出てくるんだよ!」

「いい年して純愛主義は笑われるわよ。リーシャは気立ても良いし、愛想も良い。何よりお裁縫がとても得意なんでしょ。うかうかしてると誰かに取られちゃうわよ、カルナシオン」

「うるさい。さっさと行くぞ」


 オレンジをシノの手の中に押し付けて、カルナシオンは先に進む。シノは丁寧に挨拶をしてから、その後を追った。


「私、真剣に忠告してるのよ」

「なんでお前が忠告するんだよ。関係ないだろ」

「だって親友だもの、リーシャは。泣かせたりしたら、絶対許さないわよ」

「へいへい、善処しまーす」


 駅前広場に出て、目的の店の前まで歩いてきた二人は、その手前で立ち止まった。視線の先には異国の剣士と商人がいた。

 店の前でなにやら話しながら、辺りを見回している。

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