11.火事の考察
「半年前に、私がお前たちの前に現れた時のことを覚えているか」
「忘れたとしたら、俺は軍を辞めるべきだね」
「お前たちは、私が奴らを裏切ったと思っただろう。だが私は別に裏切ってはいない」
「最初から仲間と思っていなかったから」
「そうだ。そして私は自分が犯罪者だと気付いていなかった。しかしお前達から見れば、「犯罪者が仲間を裏切って投降した」ように見えただろう」
「……あぁ、そういうことか」
ミソギは相手の言わんとすることを察して声を出す。
「火事を起こすのが目的じゃないかもしれないってこと?」
「そうだ。犯人が火事を起こすのが目的なのだとしたら、もっと大きな火種を用いるだろう。それだけの技術を持っているのに、小火程度で済ませているのは、火事の段階で捕縛されては困るからだと考えられる」
「火事を起こした、その次の段階があるってことだね?」
「まぁ、私は人間どもの思考を的確に踏襲しているわけではないから、確実とは言えない。しかし一つの考え方としては有効ではないだろうか」
相変わらずホースルの言葉には妙な単語が多く含まれていたものの、ミソギはそれを指摘することを放棄していた。
ミソギは聡明な男であるし、察しも良い方である。ホースルのこれまでの言動から、その正体をなんとなく察してはいた。そしてそれを真正面から考察することが危険であることもわかっていた。
「暇だし、その線でもう一度現場を探ってくるかな」
「なら私も行こう」
「どうして?」
「お前と理由は一緒だ。現在、私はこれまでの商売を停止させられている。非常に暇だし、次の商売に手を出す前に色々見て回るのも良いだろう」
「まぁ好きにすればいいけどさ。あんた、商売人以外やるつもりないの?」
ミソギが尋ねると、ホースルは肩を竦めた。
「農業などは性分に合わない。それにある程度自由の効く仕事の方が、お前達の手助けをする時にも楽だろう」
「まぁ、確かにね」
「裏ルートで物を仕入れる時にも、商人という肩書があったほうが楽だしな」
「聞き捨てならないね。何を手に入れるつもりだい?」
「スノーグースの銃弾だ」
「あぁ、あんたのショットガン」
ミソギは歩き出しながら会話を続ける。ホースルはその後ろから当然のようについてきた。
「あれって特注品?」
「瑠璃の刃にいた頃、西ラスレの部隊から奪ったものだ。細工が大変綺麗だったからな」
「へぇ。あんたにも何かを綺麗だと思う心があるんだね」
駅の広場から、商店街へと入る。制御機関とは逆方向に存在する「ペイカ商店街」は、日用品店ではなく専門店が立ち並ぶ、静かな場所だった。
「此処の一番奥に、雑貨屋があってね。そこが一番最初に放火されたんだ」
「此処は、店舗だけなのか。向こうは店舗と住居が一体型のものが殆どだったが」
「あぁ、こっちの商店街の方が歴史が古いらしいよ。昔は住居一体型だったんだけど、道路が拡張されるときに殆どの店が店舗だけの状態に切り替わったんだってさ」
「人通りも少なく、しかし店舗の状態は良い。専門店として順当に儲けている商人が多いようだ」
「そういう分析はしなくていいよ。あぁ、ほら。あそこの店」
ミソギが指さした先には、小さな雑貨屋があった。壁は淡い黄色、小さな窓の枠組みが鮮やかな青色で塗られているのが可愛らしい。だがよく見ると壁の一部が黒く焦げてしまっていた。
「放火されたのは、営業時間が終わった夜の十時過ぎ。店主が中で作業をしていたところ、外から何かが燃える音がしたそうだよ」
「十時とは、随分早いな。てっきり深夜帯だと思ったが」
「この通りには飲食店の類もないから、十時を過ぎると人通りが殆どなくなるらしい」
「ということは目撃者はいないんだな」
「そうだね。でも人通りが全くない、というわけでもないから犯人は随分と肝の据わった人間だと思うよ。って、何してるんだい?」
ホースルはミソギから少し離れて、その店の屋根から地面までを見回していた。
「良い店だな」
「そう? 小さくて使いにくそうだ」
「左右の店との間に人が通れるだけの隙間があり、かつ屋根は高い。恐らく、何処かの富豪の家の見張り小屋か何かを移設したのだろう。こういう建物は使い道が多い」
「何、嫁さん探しの次は店舗探し?」
「根無し草では、お前も私を探しにくいだろう。現に半年ほど私のことを見つけられなかったようだし」
「まぁね。でもこの店は普通に営業中だから、別のところを狙ったほうがいいんじゃないかな」
あまりとどまっているのも人目につくため、ミソギはその場から離れることにした。
「二つ目の現場もこの近くなんだ」
「最初の放火から何日後だ?」
「えっと、三日かな。放火されたのは深夜で、通行人が気付いたために大きな被害はなかった」
「そこは何の店だ?」
「カフェだよ」
「あぁ、珈琲や紅茶を飲む場所だな。ハリにはあまりない文化だが、この国の人間はそういうことが好きと見える」
「フィンは寒いからね」
寒冷な気候のフィンでは、冬の半分以上は雪が降る。そのため屋外での行動が大幅に制限されてしまう。カフェはそんな中で人々の憩いの場として機能しており、また子供達がいざという時に逃げ込める安全地帯としての役割も担っていた。
「俺もこの国に来た当初は戸惑ったけど、気に入ったタンブラーを買って、それに珈琲を淹れてもらうのは良いもんだよ。欲を言うならヤツハ茶がいいけど」
「売っていないのか」
「売ってるけど、此処の人間ときたらヤツハ茶と紅茶の区別がついてなくて、牛乳を入れたり砂糖を入れたりするんだ」
ミソギはその時のことを思い出して、不機嫌に呟いた。
「何も入れないでいい、って言ったら「不味いですよ!」とか言って来る。ヤツハ茶がわからない奴が淹れたものに金を払うほど、俺は酔狂じゃないよ」
「ヤツハの文化は独特だそうだからな。アーシア大陸の者に理解させるのは難しいだろう」
「あんたの故郷にはそういうのないの? 他に理解されない文化とかさ」
戯れのように尋ねたミソギに対して、ホースルは不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。
「文化とかそういう以前に、私はお前に理解されていない気がする」
「なんだ、それはわかってるんだ」
商店街を抜けて暫く歩いた先にあるカフェに辿り着くと、ミソギは右手の動きでそれを指し示す。
「此処だよ」
「ふぅん」
ホースルはその建物を、興味のなさそうな目で一瞥する。
最近建てられたばかりと思しき新しい建築物で、赤い煉瓦と黒い煉瓦を組み合わせ、美しい陰影を作り出していた。先ほどの雑貨屋は人が五人も入れば窮屈になるほどの広さだったが、こちらは優に十倍以上の余裕がある。
「内装も外装も洒落てるってことで、若い女性に人気らしいよ」
「放火されたのは営業時間中か?」
「いや、時刻は既に十二時を回っていたから店は閉められていた。通行人は夜の仕事をしていて、それで気付いたそうなんだ」
「燃えていたのはどこだ」
「店の右側の路地だよ」
ホースルはそれを聞くと、右側ではなく左側の路地を覗き込んだ。
「右だよ、放火されたのは」
「疾剣、こっちに裏口がある」
ホースルが指さした先には、厨房に直結していると思しき扉があった。扉の傍には金属製の大きなダストボックスが置かれている。
「私は半年前まで裏カジノの経営を行っていたが、どこも客からは見えづらい場所にゴミを置くものだ」
「そりゃそうだ。廃棄業者でもあるまいし」
「ゴミの回収は早朝。夜はあのゴミは放置されたままだと考えられる。火事を起こしたいなら、こちら側に火を点けるべきだ」
「……犯人にとっては右側の路地に火を点けるのが重要だった。そういうことかい?」
「まぁ、この程度はあの赤毛はわかっているだろうな。では三つ目の現場に連れていけ」
「だから、俺はあんたの従者でもなければ、部下でもないんだからね。その口調はやめろ」
「私はお前の従者でもなければ部下でもないので却下する」
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