10.兄弟?
【マズル預言書 エズモールの章】
世界は五つの雷によって形を失い、また五つの雷によって形を得た。
≪名も無き塔の人々≫が地面を踏み固めた。水をなみなみと海に注ぎ込んだ。天に穴を開けて月と星を作り出して、空を扇いで風を作った。
そうして世界が出来てから、彼らは羽の生えた林檎を口にして死に絶えた。
町中に立っている石碑を見上げて、ホースルはその文字を目で追っていたが、最後まで読み終わると顔をしかめて溜息をついた。
「なんだ、これは」
「マズル魔法の創始者が残した言葉らしいよ」
ホースルは突然聞こえた声に、驚くわけでもなく振り返った。ミソギが少々憮然とした表情でホースルを見ていた。
「あんた、驚く演技とか必要じゃないかな」
「何のために?」
「人間味が足らない」
「そうか。……で、マズルと言ったか?」
「そう。俺は魔法使いじゃないから知らないけど、この大陸で使われている魔法の全ては、このマズルという大魔導士が作ったものなんだってさ」
「……マズル。マズル・シ・レルム」
ホースルの呟いた言葉に、ミソギはきょとんとして目を向ける。
「なんだって?」
「そういう名前の筈だ」
「なんで知ってるんだい?あんた、魔法使いじゃないって言ってただろ?」
「そう。彼と等しく」
ホースルは少し愉快そうに微笑んだ。
「まるで知っているかのような口ぶりじゃないか」
「知っているさ。彼は私の兄だからな」
「はぁ?」
ミソギはホースルに対してあまり感情の起伏は見せたくなかったが、それでも思わず叫んでいた。
「マズルって何千年も前の人間だろ?」
「だからといって、私の兄ではない理由にはならない」
「なるよ。え、どういうこと? まさかあんたもその頃に生まれたとか言うんじゃないだろうね?」
「そういえば、お前達には誕生日というものがあるらしいな」
ミソギは生まれて初めての質問に、素っ頓狂な声で聞き返した。
「なに?」
「あれを持っていると、良いことがあるのか?」
「もうやだよ。あんたと話すの疲れて来たよ……」
「何故だ」
「生まれた日のことだよ、誕生日って。そのぐらいわかるだろ?」
「別にそんなもの誰も記録しなかったからな」
「じゃあどうやって年取ってるんだい?」
「年?」
ホースルが心底不思議そうな表情をするので、ミソギは自分の発音が悪いのではないかと一瞬危惧する。
だが、続く言葉で、おかしいのは自分ではなく相手だと確信した。
「別に気にしたことがないから、自分が何歳かもわからないな」
「はぁ? だってあんた、あの時に俺と同い年ぐらいだって言わなかったかい?」
「見た目はな。だから私も十八歳ということにした」
「いうことにした、って……」
「まぁ、私のことは人間と同じように考えて貰って構わない。年も取るし、核を刺されれば死ぬ。病気というものにはなったことがないが、それは大した問題ではあるまい」
「確かにね。問題が色々ありすぎて、もはや何が大事かわからなくなってきたよ」
どこまでも終着点のない話に見切りをつけるように、ミソギは粗雑にまとめた紙束をホースルに差し出した。
「仕事だ」
「仕事?」
「東ラスレの地下道の地図が欲しい。これはフィン国軍にある資料だ」
「あぁ、こっちに来たら軍の仕事に協力しろと言っていたな」
「半年もあんたと連絡付かないと思ったら今回の尻ぬぐい。ちょっとぐらい、俺に還元してくれてもいいだろ」
「まぁいいが、これは合法の仕事ではないな」
「違法な商売で捕まった奴が言う台詞じゃないよ」
頼むね、と紙束を押し付けるように渡したミソギは、思い出したようにホースルに尋ねる。
「そういえば、犯罪者の意見を聞きたいんだけど」
「人聞きの悪いことを言うな。前科はない」
「最近、この辺りで放火が多いんだ。何か耳に挟んだ情報とかない?」
「放火? 家などにか?」
「うん。今のところ大きな被害はないけどね」
「それは妙だな」
ホースルは周囲の家を見回しながら呟く。
「フィンは寒冷だから、建物の殆どは石造りだ。放火しようにも火が付かない」
「あぁ、だからゴミとかに着火してるみたいなんだよね」
「それでも建築物を燃やすには至らないだろう。となると目的は嫌がらせではないか?」
「俺もそう思う。でも放火された建物には、いずれも商売を行っているという共通点はあるけど、その種類はバラバラだ。場所だけは第三地区に固まっているけどね」
「第三地区というと、此処か」
第三地区は、制御機関と中央区の主要駅であるマズナルク駅があり、フィンでも屈指の栄えた場所として知られる。
しかし古くからある区画でもあり、民家なども多い。
「制御機関も頭を悩ませているらしいよ。今のところ見回りは軍に一任されているけどね、これ以上火事が起これば軍と制御機関の合同捜査になる」
「なるほど。まぁ一つ間違えれば街を包む大火事になりかねないからな。だが軍の連中が見回りをしているのに、火事が起こると言うのは解せないな」
ホースルは髪を掻き上げようとして、それをやめる。半年前まで惰性で伸ばしていた髪は、フィンに来るときに切り落としてしまったのだが、今でもその頃の癖が抜けない。
「制御機関の前の商店街の界隈では火事は起きているのか?」
「いや、そこは無いね」
「無い?」
数日前、カルナシオンから逃げるために入った路地裏をホースルは思い出す。非常に入り組んでいる上に、各民家から出たゴミなどが積みあがっていたものの、火事の痕跡は見つからなかった。
もし火事を起こすのが目的だとすれば、あの路地裏を狙わないのは不可解である。
「私なら確実にあの路地裏を利用する。逃げるのにも身を隠すのにも、証拠を消すのも楽だ」
「犯人は其処に住んでいる人間とか? 自分の家を火事にしたい放火魔はいないだろうからね」
「第三地区で家事を起こしている時点で、それは通らないだろう。もし大火事になれば、延焼して自分の家まで燃えてしまう可能性だってある」
ホースルはシガレットケースから煙草を抜き取って口に咥える。それは露天商が持つようなものではない、高価な煙草だった。軽く指を鳴らす音と共に先端に火が灯る。
「子供の悪戯という線はないのか?」
「最初はそう思われていたけど、現場に何も残さない放火魔が子供だとは思えないな。子供だとしても大人として扱うべきなのかもしれない」
「何も残さない?」
「犯行に使われたのは白い紙の中に発火装置を仕込んだもの。紙をボール状に丸めて、建物に投げつけることで発火する仕組みだ。燃え残ったものを調べてみたが、紙は新聞紙だったり包装紙だったりと毎回異なり、材質が異なることから発火装置にも微妙に修正が加えられている。少なくとも「悪戯」ではないね」
ホースルは煙草の煙を細く吐き出した。
「なるほど。興味深いな」
「何か思いつく?」
「全ての物事には多面性がある。一つの事柄に対して一つの解釈しか無い、ということは早々あり得ない」
「何の話だい?」
「例えば、私の話をしよう」
一人称を取り繕うのが面倒になったホースルは、使い慣れた「私」という言い方に切り替える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます