9.幼馴染の会話
「カルナシオン」
「なんだ?」
「これ、ピーナッツクリームよりもアーモンドのほうが美味しいかもしれないわ」
「そうか?」
シノがトーストを差し出し、カルナシオンは遠慮もなくバナナを一つ剥がして口に入れる。
「あぁ、確かにそっちがいいかもな。次はそうするか」
「アーモンドは焼いた時の匂いが好きだわ」
「お前、昔からあぁいうのに弱いよなぁ」
ホースルはその光景を見て首を傾げる。
「貴方達、付き合っていないんですよね?」
思わずそう尋ねると、二人は不思議そうにホースルを見て、それから互いの顔を見合わせてから、真顔で首を左右に振った。
「さっきも言っただろ。ないない」
「なんでカンナと付き合わなきゃいけないの。それだけは無いわ」
「それにしては距離感おかしくないですか」
「そんなこと言われても、ガキの頃からの付き合いだし……」
「これが当たり前だったから」
困惑気味の二人に、ホースルはトーストを頬張りながら考える。
フィンでは男女の境界線が薄いのかとも思ったが、周囲を歩く男女を見る限りは、それまで他の国で見て来たのと変わらぬ倫理観があった。
三日間で二人とその周辺について調べてみたが、二人がいずれ結婚するものだと思っている人間は非常に多かった。所属部が別なのに、残業になると二人でトーストを作り、紅茶や珈琲を淹れて、夜食を楽しんでいるのだから、そう思われても無理はない。
シノの兄三人にしても同じことを考えていて、「セルバドス家に相応しくない家柄だが致し方ない」とまで言っているらしい。
要するに、それほどまでにカルナシオンという人間の魔法使いとしての素質が高いことを示している。
「あ、飲み物ないわね。紅茶持ってくるわ」
シノが気付いたように部屋を出て行く。当然のように食べかけのトーストを託されたカルナシオンは、それを落とさないようにしながらバナナの残りを口に押し込んだ。
「んで、お前は何なんだ?」
「面倒だから聞かないんじゃなかったんですか?」
「人のことを根掘り葉掘り聞いてきて、自分は話しませんってのは通用しないだろ」
「なるほど」
ホースルは殆ど残っていなかったトーストを口に入れてしまうと、咀嚼しながら考え込む。
商人であることは言ったし、カルナシオンが聞きたいことは其処でないこともわかっている。
では犯罪組織『瑠璃の刃』の幹部だったことを話せるかと言えば、到底話せるものではない。「魔術師」の顔は捨てたし、面倒なことをしてまで生き延びたのだから、わざわざ捕まりに行く趣味もない。
ならば自分の正体くらいしか、あとは話すことがなかったが、これに至っては論外だった。人間に説明する義理も義務もない。
「ハリで少しだけ、ちょっとこちらの倫理観に合わない商売をしていたんですよ」
「薬物でも扱ってたか」
「原料のほうを観賞用と言って販売することは、向こうでは珍しくないんで」
「そうらしいな」
カルナシオンはその返答で納得したようだった。
実際にホースルはその手の商売をしたことはない。「魔術師」は主に賭博関係を受け持っており、裏カジノの経営などを行っていた。それを口にしてもよかったが、万一過去の事が露見してもつまらないので止めた。
「捕まってはいないんだろう?」
「捕まってはいないですね」
「なら別にいいか。そもそもハリで犯した罪をフィンで裁くわけにもいかない。瑠璃の刃なら兎に角」
「そう言えば、どうしてフィン国がハリの犯罪組織を制圧することになったんですか? 十三剣士隊に会った時に、非常に驚いたんですけど」
「祈祷師だか魔術師だかがハリや東ラスレの魔法部隊を軒並み再起不能にしたからだよ」
「へぇ」
「何でも連中と来たら、自分たちに歯向かった者は両手両足を千切り、腸を裂いて啜り上げ、死体を串刺しにして並べてたらしいからな。十三剣士ぐらいだろ、そんなのを相手に出来るの」
ホースルは内心呆れながら、その言葉を聞いて苦笑いをした。
『魔術師』と呼ばれてた自分が、組織の中でも残虐だと言われていたのは確かだが、御伽噺の化物ではあるまいし、人間の血肉を啜ったことなどない。
しかし今のカルナシオンの言葉は、瑠璃の刃の壊滅の原因が『魔術師』にあることを示していた。二年しかいなかった、しかも自分で裏切った組織に思い入れなどないが、少々申し訳ない気持ちも出てくる。
「紅茶持って来たわよ」
「ありがとさん」
「貴方は砂糖とか入れる?」
「そのままでいいです」
ともあれ、半年も前に無くなった組織のことは、最早ホースルにとってどうでも良いことだった。
今、必要なことは、どうしたらシノ・セルバドスを手に入れられるか。それだけだった。
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