7.商人の変貌
厳重注意のために呼びだした商人を三日ぶりにみたカルナシオンは、込み上げる違和感に戸惑いを隠せなかった。
「ホースル・ビステッド、か?」
「やだなぁ、カンティネス刑務官。まだ三日しか経ってないじゃないですか」
微笑みながら柔らかく話す様子に、カルナシオンは混乱する。
「お前、そんな話し方だったか?」
「前に来たときは緊張のあまり、国の訛りを隠そうとして変な喋り方になってまして。クレキ軍曹にも怒られて、緊張しないように練習を」
「緊張とかそういう問題か? 緊張した奴の言いぐさじゃなかったぞ」
「気のせいです」
「気のせいか?」
首を傾げるカルナシオンだったが、ホースルがあまりに表情を変えないので諦めた。元より頭は回るがそれ以上に直感的な男は、この商人に深く踏み込むと面倒な予感がしていた。
「まぁいいか。今回は初犯だから、罰金と厳重注意だけだ。二度目は罪が重くなるからな」
「すみません、来たばかりで勝手がわからなくて」
「勝手のわからない奴は偽造文書取引をしたりしない。というかお前、堅気じゃないだろ?」
カルナシオンの指摘にホースルは笑みを深くする。
「俺は堅気ですよ」
「どうだか。あんたからは妙な匂いがする」
「例えば?」
ホースルに言葉を促されて、カルナシオンは一度口を開いたが、思い直したように首を振る。
「……何でもない。忘れてくれ」
「そうですか。ところで、この前の女性は今日はいないんですか?」
「シノか? あいつは管理部だから、普段はこっちにはいない。この前みたいに移民絡みだと、資料とか持ってきてくれるけどな」
「へぇ」
ホースルは人の良さそうな笑みの下で、思考を巡らせる。
此処に来ないのであれば長居をする理由はない。しかし、世話焼きらしいこの男に取り入っておくのも、悪いことではなさそうだった。
「彼女は貴方の恋人ですか?」
「はぁ?」
カルナシオンはうんざりしたような声を出した。
「その質問、流行ってんのか? 何回も聞かれるけど」
「だって仲が良さそうだし」
「幼馴染だよ、ただの。なんで俺がシノと付き合わなきゃいけないんだ」
「違うんですか?」
「違う。男と女が並んで歩いてたら恋人って、いつの時代の話だ?」
照れでもなければ誤魔化すでもなく、心底不思議そうに尋ね返すカルナシオンを見て、ホースルは判断に悩む。
男の方がそう思っていなくても女の方はそう思っているパターンかもしれないし、本当にお互いに異性とは思っていないのかもしれない。
「幼馴染ってことは、随分昔からの付き合いなんですか?」
「国立学院に入った時からだ。魔法の腕や成績が大体同じぐらいでな。好敵手ってやつだよ」
「へぇ」
「なんでシノのことなんか聞くんだ? まさか惚れたか?」
「その、まさかだったら?」
カルナシオンは鼻で笑う仕草をした。
「やめとけよ。あいつの兄と父は面倒だから」
「面倒?」
「年が離れた妹に過保護でな。何かというと出しゃばってくる。言い方は悪いが、あからさまに移民のお前が付きまとったりしたら、三兄弟がゾロゾロ出てくるぞ」
既にその調べはついている。長男のゼノは魔隊の副隊長、次男のルノは銃器隊の中隊補佐、三男のリノはアカデミーの研究員。
いずれも悪くはないが、かといって手の届かないエリート家系とも言えない。ミソギが言った「お人よし」という言葉を思い出したホースルは、探りを入れてみることにした。
「妹思いの良いお兄さん達じゃないですか」
「まぁ口先では「セルバドス家の人間たるもの」なんてご高説を振るってるけど、性根が優しいんだよな。雨の日に捨て犬とか見つけたら放っておかないタイプ。それで「こいつを放っておいて誰かに危害を加えたら困るから保護をしただけだ」とか言うんだぜ?」
「……あー、それは確かに面倒くさいですね」
「まぁシノが可愛いんだろ。ほら、末っ子長女って溺愛されやすいって聞くし」
カルナシオンはそう言いながら、分厚い書類をホースルに渡した。
「これは?」
「全部読んで、署名をしろ。それで今回は釈放だ」
「多くないか?」
「ん?」
「ちょっと多くないでしょうか」
「それを読むか前科付きになるか、どっちか選べ」
「……読ませていただきます」
終わったら教えろよ、と言い残してカルナシオンは部屋を出て行った。
ホースルはうんざりしながら、書類の山を見下ろす。正直、前科なんてどうでも良いのだが、前科持ちの移民なんて、旧家の令嬢でなくとも結婚相手には選ばないだろう。そのぐらいは理解をしていた。
「仕方ない。読むか」
話せるが読むのは苦手なホースルは、溜息をつきながら一つめの書類を手に取った。
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