6.剣士のアドバイス

【マズル預言書 エスヴァリの章】

 マズルは人々に言った。

「人は愛し、子を増やし、血脈を広げるべきである。そして魔法を使う者はそれぞれを介けとして不足を補い、他の者の礎となれ」

 その言葉の通り人々は正しい行いをし、やがて一つの国を生み出した。



「あの二人って付き合ってるんじゃないのかな」

「昨日の赤毛か?」

「仲良く昼ごはん食べてたよ。所属は違うはずなのに」


 ミソギは買って来たパンを齧りながら、隣に座るホースルに言った。駅前広場に設置されたベンチの一つに並んで腰を下ろしているが、申し合わせたわけではない。ミソギが軽い食事を取っている横に、勝手にホースルが座っただけだった。


「幼馴染のライバル同士って話だけど、男女の幼馴染が夫婦になる話なんて多いしね」

「そうなのか」

「そうだよ。あんたの周りにもそういうの、いなかったかい?」

「……そもそも、結婚とやらがいまいちわかっていないのだが」

「はぁ?」

「家族だの夫婦だの、そういう概念がなかったからな」

「あんたの親は?」

「私を産んだ者なら存在するが、それが私だとは認識していないのではないだろうか」


 ミソギはパンを口に入れて、何度か咀嚼してから飲み込んだ。


「あんた、法律もない秘境の出身って言ってたけどさ。どんな秘境でも親子や夫婦の概念はあると思うよ」

「そんなことを云われても困る。しかし、所帯を持つには結婚しないといけない、ということはわかっている。なので結婚について教えて欲しい」

「知らないね。俺は一生結婚しないって決めてる。子供も持たない」

「何故?」

「……あんたに話す必要はない」

「それは正論だ」


 ホースルはあっさりと聞き出すのを諦める。


「で、その二人が恋人だった場合は、私が彼女と結婚することは難しいか?」

「別に結婚してるわけじゃないし、あんたが彼よりも魅力的であると彼女に思わせればいいんじゃないの」

「魅力的、か。金か?」

「セルバドス家はそれなりに金あるよ」

「では顔か。しかし前の顔なら兎に角、今の顔は腑抜けているからな」

「前の全方向悪人面に比べたらマシだよ。移民って時点でセルバドス家に入り込むのは難しいんだから、それこそ彼女の心を一発で掴むようなものじゃないと」


 ホースルは腕組をして考え込む。

 半年前まで、ハリに拠点を持つ巨大犯罪組織の幹部であった男は、一般市民に染まろうとしているが、それが全く上手く行っていない。

 どうしても堅気には見えない雰囲気と口調が目立ってしまう。


「難しいな」

「言っておくけど、拉致したり既成事実を作るのは駄目だからね」

「それは面倒なのでやめておこう」

「面倒じゃなかったらやるのかよ」


 ミソギは両手で顔を覆って深く溜息を吐き出した。


「あんた犯罪かそうじゃないかの区別はついてる?」

「ついている」

「じゃあ犯罪はしないでね」

「心得た」

「あとその話し方だと、多分魅力はない」

「ではどうすれば良い?」


 そうだなぁ、とミソギは辺りを見回した。

 すると、紅茶の販売店が目に入る。そこに若い男が物腰も柔らかく、客に商品の売り込みを行っていた。


「彼がいいよ。あれを真似して喋れ」

「……なんだか、話し方が軟弱すぎやしないか」

「軟弱でいいんだよ。顔整形しても、まだ犯罪者の雰囲気残ってるんだから」


 とりあえず話を無理矢理着地させることが出来たので、ミソギは座っていた椅子から腰を上げた。


「じゃあせいぜい頑張りなよ」

「あぁ」


 嫌味でミソギが投げかけた言葉は、ただの挨拶として聞き流された。

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