5.フィンの礼儀作法

【マズル預言書 フービィの章・補足】

 いくつかの争いはいくつかの時を経た。マズルは白い船で、剣の弟を呼び寄せた。剣の弟はその力で争う人々と土地を消し去り、その平穏を兄に捧げた。

 剣に抉られてアーシアから切り離されたものが島となり、ヤツハ、ガデ、ジルテンテとなった。



「あの商人、どうなったの?」

「ん?」


 商店街のパスタ専門店で、シノが向かいに座るカルナシオンに尋ねると、あまり行儀の良くない食べ方をしながらの疑問符が返ってきた。


「なんだ?」

「あの変な商人よ」

「あぁ、青い髪の」

「髪なんか見えなかったわよ。……青いの?」

「どこの出身だか知らないけど、この国じゃ見かけないな」

「北の方に多いらしいわね」


 ふぅん、とカルナシオンは気のない様子でパスタをすすり上げる。


「移民の初犯は罪に問いにくいし、制御機関の連中があの商人使ってた事実があるからなぁ。体裁も悪いから起訴は出来ないだろう」

「罰金と厳重注意……あたりが落としどころかしら?」

「だな。新人向けの仕事だし、俺がやることになりそうだ」

「あら、頑張ってね。面倒そうな男だったけど」

「そういえば」


 カルナシオンは思い出したように言った。


「身元引受人の軍人がいただろ」

「えぇ。彼も移民って言ってたわね。イントネーション少し変だったし」

「ヤツハの出身みたいだな」

「随分遠いわね。陸路と海路で十日はかかるわよ」

「どうもあの国の……こっちで言う貴族かな? その妾腹で、お家騒動で父親と本妻に殺されかけたらしい。それを返り討ちにしてフィンまで逃げて来た」


 丁寧にパスタをフォークに絡めつつ、シノは片方の眉を持ち上げた。


「また凄い経歴ねぇ。それは犯罪じゃないの?」

「子供に金を渡したくないから殺そうとしたら刺されました、なんて訴える馬鹿はいないだろ。下手すりゃ自分が殺人未遂だ」

「それもそうね」

「あれも俺達と同い年だとよ。ヤツハの人間ってのは若く見えるんだな」

「俺から見たら、貴方がたが老けているんですが」


 二人が座るテーブルの横で立ち止まった軍人が、突然声を掛けた。驚いて顔を上げた二人は、不機嫌な表情のミソギを見つけて少々狼狽える。


「な、何故此処に」

「見回りの一環です。最近、放火事件が多いので飲食店を見回るように刑務部から軍に要請がありましたので」

「……その」

「別に外見については隠しようもないし、隠したいとも思っていないので結構です。でも人の過去を勝手に調べ、それを食事の時に話すのが、フィン国の礼儀作法とは御見逸れしました」


 冷たい口調に、流石にカルナシオンも決まりが悪くなって肩を竦める。


「すまない。十三剣士隊でヤツハの人間となると気になって」

「そうですか。気になったら飯のタネにして良いと。よくわかりました」

「いや、本当に申し訳ない。二度とこういう真似はしないから、許してほしい」

「えぇ、いいですよ。刑務部の方々について良い勉強になりましたし」


 軽蔑したように鼻を鳴らし、ミソギはテーブルを離れる。

 そして、「そうそう」と思い出したように付け加えた。


「父の本妻の名誉のために言いますが、俺を殺そうとしたのは愛人、つまり俺の母親の方です。本妻は俺を助けてくれましたので、そこは誤解なさらぬよう」


 では、とミソギが立ち去ると、二人はそれを見送ってから顔を見合わせた。


「今のはあんたが悪いわよ、カルナシオン」

「迂闊だった……。今後気を付ける」

「彼が軍経由で苦情を入れたらどうするつもり?」

「それは平気だろ」


 少々堪えた様子ながらも、カルナシオンは再び食事へ意識を戻した。


「十三剣士も色々あるしな。魔隊と一緒で」

「そんなこと言ってると、今度はゼノ兄さまが来るわよ」

「勘弁しろよ。お前の兄さん苦手なんだから」

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