4.お人好しの元貴族
【マズル預言書 ピスの章】
いくつかの海は消え、いくつかの空は割れた。割れた空の隙間から落ちた星々により、山河が作られた。
マズルはその水を操り、人々のために分け与え、それを魔法と呼んだ。マズルは人々と異なる言葉を操る者であったが、やがて皆と同じ言葉を得た。
「あんたの言葉遣いなんか知ったことじゃないよ」
「教えてくれても良いではないか」
「俺はあんたとは極力関わりたくないの」
「まぁそれは置いておこう」
「置くなよ」
「あの二人はなんだ。魔法使いか」
ミソギは面倒そうに眉に力を入れた。
半年ぶりに会う男は、相変わらず会話のテンポが不規則だった。この男が巨大犯罪組織の幹部だと言ったところで、誰も信じてくれそうにない。
「赤い髪の男は、カルナシオン・カンティネス。刑務部の新人だ。噂じゃ天才らしいよ。俺は魔法はわからないけど、魔隊がそう言ってる」
「確かに腕は良さそうだったな」
「黒い髪の女は、シノ・セルバドス。政府高官の娘で、カルナシオンの幼馴染」
「セルバドスというと、それなりに知られた旧家だな」
「そう。お人よしが多くていまいち出世しない家だね。王政時代に貴族だったけど、爵位はなし。平民に毛が生えた程度だけど、代々続く御家柄なことは間違いない」
「ほぅ」
ホースルが何やら考え込んだのを見て、ミソギは嫌な予感がした。
「何企んでるんだい」
「カルナシオンとやらに比べて、あのシノとかいう女は素直だな。自分で考えたことを聞いてもいないのにベラベラ説明してくれたし、身元引受人の話まで出してくれた。私が軍経由の移民であることにも疑念を抱かなかったようだ」
「まぁお嬢様だからね」
「彼女は独身か?」
「そのはずだけど」
「有力者に取り入るのは何かとリスクがある。しかしセルバドス家くらいなら入り込む余地がありそうだし、結婚という儀式をすれば私はその傘下に入れるな」
「おい」
ミソギは相手の思惑がわかって、思わず突っ込んだ。
「まさか所帯を持つつもりかい?」
「整形だけでは少し弱いからな。戸籍を洗う意味で婚姻は非常に有効だ」
「犯罪者がまっとうな家庭を持つのは、俺は反対だね」
「人間はくだらないことを気にするのだな。血が穢れるだのなんだの。血脈により受け継がれるのは、その能力や風貌程度だ。犯した罪までは引き継がない」
「そういう問題じゃない。お前の罪を憎く思う者が、お前の子に憎しみを向けることだってある」
「実に人間らしい発想だ」
「あんたも人間だろ」
ホースルは少し考え込んだ。そしてミソギを一瞥して口元に笑みを見せる。
「そう思うか?」
「どういう意味だよ。……いや、いい。あんたの戯言は気に入らない」
「そうか」
「それより、もしあんたと同じ顔の子供が生まれたらどうするんだい?」
「さぁな。子供なんて別に興味もない。人間どもの習性に従い、結婚と出産と育児には然るべき手段で応えよう。だがそれだけだ」
「お前みたいな奴は絶対結婚出来ないよ」
「そうか」
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