3節 想定は覆るもの
——ハーレンス王立魔法学園。
それは大国ハーレンスで最も優秀な学生が集まる学び舎だ。立地は王都の中心、貴族エリアと平民エリアの境にある。受験者は毎年3千人を優に超えるが、入学を許されるのはたった150人。
「そして俺はその狭き門を潜りに来たと……」
セローナさんの折檻、もとい勉強会をやり遂げ受験しに来た。
ちなみに昨日で筆記試験は終了。
「残すは今日の魔法実技試験だけ。ようやく受験から解放される」
学園の正門とは思えない立派な造りの門を過ぎる。流石は王立、凄まじい金の掛け方だ。
「——見てよあの人」
「——うわぁ」
「——銀髪銀眼だぜ」
「——凄い容姿してるな」
周りには俺と同じ、大勢の受験生が各会場を目指し歩いている。
ただ四方八方から視線を感じる、ついでに小声も。
「言いたい事があるなら直接言えっての……」
ハーレンスに住まう多くの人は金髪か茶髪だ。俺の
(世界的にも珍しい特徴、ただ異能のせいなんだからどうしようもないんだよ)
「あんな美少女めったにいないぞ」
「おい! お前話し掛けに行けよ!」
「無茶言うな。格が違うって」
「きっとどこかの貴族だろ?」
貴族じゃない。それと俺は『男』だ。
「この国でも女と間違えられるか……」
周り曰く女顔、身体も細いし、身長もギリギリ170とそう高くない。
ただ彼らの勘違いをわざわざ訂正するような暇はなし。
「もう慣れたさ」
時間に余裕を持って来たとは言えこれは受験。さっさと会場を見つけて準備に入りたい。
「————ん?」
そう意気込んで足を進めるものの、少しして異様な人だかりを発見する。
「なんだ?」
発見すると言うかは自然と視界に入った。受験生たちが何かを取り囲んでいる。
「まさか大道芸人がいるって事もないだろうし——」
皆は一体何を観ているんだ?
「おいおい、あそこに勇者様がいるってさ」
「まじで!?」
「おう。学園の見学をしに来たんだとさ」
勇者!? あの人だかりの中心に勇者がいるのか!?
「一目見たいなぁ」
「だけど人多すぎな」
近くにいた人たちの会話が耳に入ってくる。どうやら俺たちが真面目に試験を受ける中、施設の見学に来たらしい。貴族による配慮、既にSクラスに内定済みってことだろうな。
「だけどここで出会えたのはラッキーだ……」
なにせ監視するにしろ、俺は勇者の情報をまだ何も手に入れてない。
「男か女か、それすら知らないし」
顔を拝めるだけツイてる。一目だけでも見たい。他の生徒たちも同様の理由だろう。
(学園生活の前で、こんな間近で見れる機会はそうないぞ)
進路変更、俺も少し近づいて行くが——
「……人が多い」
進めば進むほど人に挟まれ圧迫される。
(少しだ。少し顔を拝めれば……)
埋もれそうな身体に発破をかける。現場仕込みの鋭い観察眼、隙間と隙間を抜いて標的を目視する。それでようやく勇者の姿を——
「ッ!?」
見事一瞬の合間を縫って勇者の姿を見ることができた。しかし俺は驚きで固まってしまう。勇者が男だとか女だとか、そんな陳腐な理由じゃない。
「勇者が、4人いる……?」
おかしい! おかしいぞ!!
(ボスからは召喚できても精々『1人』だけだと聞いてたのに……!)
しかし俺の視界には黒髪の少年少女が
「ひ、非常事態だ」
男2人と、女2人を確認。単純に考えて当初の仕事量の4倍だ
「とりあえず場を離れないと……」
背中に流れる嫌な汗、焦燥に駆られる。まずは現場からの離脱を選択し——
(っこの距離で気付くだと!?)
しかし俺の逃げ足を瞬間で射止める存在がいる。それは眼鏡をかけた女、勇者と思われる人物の1人。なんとこの人ごみの中、あれだけ人に囲まれながら
「そこの銀髪の人!」
「っ」
ダメだ。完全にロックされている。逃避行する前に一喝飛ばされた。ついでにそのまま人の波をかき分け接近してくる。相対するしかない——
「グレート!」
「……え?」
「グレイトオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
な、なんだ!?
俺の目の前に来たのは眼鏡をかけた異世界人。彼女は対面した途端に叫び出した。
「素晴らしいです! 異世界最高!」
その行動にこの場にいる全員が驚いている。
(不可思議な言動、まさか俺の正体に——)
焦燥感が加速、緊張で一歩後ずさってしまう。
「ふぅ、急に引き留めてすいません。そしてつい叫んでしまいました」
「……いえ」
叫んだと思いきや今度は冷静になる。行動心理がまったく読めないぞ。
「失礼ですけど、
「……!」
初対面でありながら俺を男と一発で見抜いた!? やはりコイツ、只者じゃない。
「……」
だけど無視はできない。なんとか冷静を保って無言で頷く。
(聞いた通りの
相対した黒眼、いや異能を所持しているのだろう。
若干変色、紫がかっているその眼が俺を捉える。
「やっぱり私の腐女サーチに間違いはなかった」
「ふ、腐女サーチ?」
「イケメンや美少年にだけ反応する心眼。
『ふじょし』とやらの意味は分からない。ただ彼女の心眼とやらは仙術と似た技ってことだろう。その歳でそこまで至っているというのか……
「私の名はリンカ・ワドウです。名前を聞いてもよろしいですか?」
勇者の方から直々に名乗ってくる。周囲の注目もあるし、これは応えるしかない。
「クレス・アリシア、です」
「ではアリシアさん。まずあなたは美少年として完成体です」
「はい?」
「ちなみに属性的にはウケかと」
「う、ウケ……?」
「はぁはぁはぁ……アリシアきゅんマジ萌え……」
異世界語だろうか、言葉の意味が良く分からない。
(でもなんて真っ黒な、いや腐ったような邪悪なオーラを出すんだ……!)
まるで邪神にでも会ったような気分。またも無意識に一歩下がってしまう。
どうする? どうやってこの場面を切り抜け——
「
「
「お城の中でも同じような言い訳してたじゃない」
「これは言い訳じゃ……あ、王子たちとアリシアさんをカップリングしたら——」
なんと助け船はもう1人の女勇者が出してくれる。会話から察するに名前は『マイ』だそう。
「初対面の人に失礼なこと言わない」
「それでも天然の銀髪美少年がいたら……」
「はぁ、まず常識的に考えて——」
ずっと混乱していられない。状況把握。まず目の前では
(何でだ? なぜ俺が彼女たちの会話を聞き取れる?)
召喚せれてまだ数週間程度のはず。そんな短期間で1つの言語を習得したっていうのか? 一体どんな仕掛けで——
「ごめんなさい。凛花が失礼なことを言ってしまって……」
「私も少し興奮しすぎました。申し訳ありません」
「……気にしてないです」
「ところでアリシアさん、ボーイズラブに興味は——」
「凛花!」
「わ、分かったから。そんな怖い顔しないで」
リンカ・ワドウと一緒に謝ってくるマイとやら。彼女の容姿もやはり異世界人風だ。
「もう凛花は……」
長い黒髪に赤リボンの一結びが良く映える。対して瞳は青っぽい色、おそらく彼女も所持した異能のせいで変色したのだろう。体躯は細く、身長は160
「そんな溜息ついてたら美少女、
「……誰のせいだと思ってるの?」
「私か」
「その通り。あと美少女とか言うのやめて」
リンカ・ワドウの言う事に間違いはない。
マイとやらは性格も良さそうだし、異性からはよく好かれそう。
(リンカ・ワドウの方は……顔は整ってはいるけどあのオーラがな……)
服装についても珍しい物を着ている。2人も同じ格好、異世界の制服か……?
「勇者様、そろそろお時間が……」
「あ、すいません」
「もう少し妄想を——」
「はいはい。妄想は後でも出来るでしょ」
ついに護衛の騎士たちが介入してくる。流石に注目が集まり過ぎたな。
「ご迷惑をおかけしました。私たちはこれで」
「この素晴らしい美少年に合格を!」
「唐突に意味不明なこと言わないの凛花。せっかく可愛いのに、それじゃあ何時までたっても……」
「私は自分の恋愛に興味ないから。というか舞だって付き合った経験のない処女で——」
「よ、余計なこと言わない!」
余計ではない。俺は監視役、勇者に関する様々な情報を欲している。
(例えばマイとやらは付き合った経験がない。つまりはガードが堅いということ)
ハニートラップは仕掛けにくいと分かる。逆にリンカとやらはイケメンが好き。
攻略の糸口は多そうだ。
(ちなみに男の勇者たちは——)
彼らの方は女子たちに囲まれている。
「もう受験って空気じゃないな……」
彼女らの言動然り、そもそも勇者が4人もいたという事実。今の現状、入試後に一刻も早くボスに伝達しなければいけない。そして経験からして悟る。
「この任務、荒れそうだ——」
※
勇者たちと邂逅。そして勇者が4人もいると判明。心底驚いた。
「それでパニくって迷子になるぐらい……」
頭が一杯だったせいで道に迷う。一度はまったく違う場所に行ってしまった。
「だけどこうして無事に来れたのは、本当にあの人のお陰だな」
ついさっきのことを思い出す。路頭に迷う俺に、声を掛けてくれた女性がいたのだ。
この学園の制服を着てたし、たぶん先輩。
(ちゃんとお礼言えなかったな……名前ぐらい聞いておけば良かったかも……)
ともかく、とても優しく良い人であった。
『実技Cグループの方は会場中央にお集まりください。まもなく試験を開始します』
思考に耽(ふけ)る中、案内のアナウンスが会場にこだまする。
おっと、集中集中! 他の事ばかり気にしてはいられない。
「なにせ受験者は3000人越えで、この会場だけで200人もいるっていう——」
入学を許されるのはたったの150人だけ。S、A、B、C、Dの5クラス編成。
最上のSクラスに選ばれるのは『天才』『秀才』と呼ばれる者だけだ。
(しかも今回に限って言えば、勇者のせいでSクラスの4席は埋まっている状態だし)
ただ監視者たる俺からすれば分かりやすくていい。なにせ一番上を目指せばいいだけ。
そうすれば自然と勇者と同じクラスに行ける。
『——受験者はこちらに整列をお願いします』
拡声の魔法具を通し流れるアナウンス。
ゾロゾロ続く人波に続く、いよいよ合否を決めるための最後の門だ。
「ま、落ちる気は更々ないけど——」
むしろ他の事で色々悩まされているよ。
『——これから実技試験の内容を改めて説明します』
みんな緊張の面持ち、何百という学生に紛れ話を聞く。
『説明はアイザック先生から、お願いします』
『ああ。任された』
壇上に屈強な男が登場。どことなく冒険者臭するこの人が今回のお題らしい。
『俺は教師のアイザック。今回は10人編成のチームを作り俺と模擬戦をしてもらう』
ずばり団体戦である。と言っても構図は1対10だけど。
『周りと連携しながらの技量を測る。メイン採点者は俺。後は外からシトリー先生とヒューズ先生だ』
個人の腕っぷしだけでなく、総合力や協調性も求められるということ。
なかなか実戦的で良いと思う。
「おいおいアイザック先生が相手だなんて……」
「無理だろこんなの」
「はい。Cブロックは大ハズレと」
ヒソヒソと聞こえる周りの会話。
(アイザック先生とやら、パッと見じゃたいしたこと無さそうだけどなぁ)
ただ皆がそこまで
『10人のグループは受験番号順で決まっている。まず最初は——』
助かる。なにせ今でさえ周りから距離を取られている。女の人からなんて特に……
『——408番、409番、410番、ここまでの10人が一試合目だ』
俺の番号は408、見事に初っ端で当たった。
アイザック先生の実力を見てから戦いたかったな。
『では呼ばれた者はここで待機、他の者は観覧席へと移動しろ』
この会場には360度で観客用の席が設けられている。
免れた受験者たちは移動、少しして準備は完了した。
「もう拡声機は要らんだろう! ルールはさっき言った通り、全力で来い!」
「「「「っはい!」」」」」
俺も軽く返事、脳裏にルールをループさせる。
「アイザック先生になら魔法の制限はなし、目的は倒すだけ……」
周囲の様子見つつ、適当なタイミングで仕掛けよう。
「では、5カウントで始める」
今回は監視が目的、魔法の威力はよく考える。
「5、4、3——」
俺たちは円を描くように配置。10人でアイザック先生を囲う。
(作戦を話し合う暇はない。周りの動きをよく見る)
皆は緊張のせいか割とフライング気味、ジリジリと距離を詰めているような。
「2、1——」
それなりに魔力を練る。とりあえず距離をとりつつ様子見して——
「試験、開始!」
ゴングが鳴る。
するとまるで鎖から解き放たれた獣のよう、全員がアイザック先生に猛突進する。
(え!? ウソだろ!?)
考えなしに突撃、全員が前衛役ってどういうことだよ!
「風は空に届き——」
「穿つ炎が——」
「水の精霊に捧ぐこの——」
(しかも詠唱メチャクチャ遅い! 加えてなんでそんな大規模な魔法を……)
てっきり近中距離用の魔法を使うと思っていた。
速攻なら速攻で、そんな仰々しい魔法使う必要はないだろうに。
「っふ、甘い甘い——!」
詠唱でもたつく生徒、
案の定、魔力を纏わせた拳だけで少年少女を叩き潰していく。
「あちゃー……」
仲間の動きもかなり酷いが、それ以上にアイザック先生が意外と良い動き。
(やっぱり元冒険者かなんかだな)
思考の最中、受験者たちが面白いようにバッタバッタと倒れていく。
「どうしたどうした——!」
秒で半数以下に、その光景に観客席の連中も唖然としてる。
だがアイザック先生は止まらず。
(でもこれ以上好き勝手やられるわけには……)
強化魔法でスピードも相当、振りかぶった拳をまた生徒に向ける。
今度の標的は女生徒……容赦ないな。
「……
「むっ!?」
そろそろ対抗、放たれた拳は氷壁が完璧に阻む。
「——ギリセーフかな」
歪むアイザックの表情、強度はそこそこで作ったつもり。
「大丈夫?」
「は、はい」
「そっか。なら良かった」
標的だった女生徒に近づき、一応声を掛けとく。
……ふっふっふ。これで協力点的なのはまず稼げたな。
「
右手に創り出す一本の氷剣。四肢には無属性の強化魔法を付与する。
さあさあ、活躍の場面がやってきたぞ。
「……面白いな少年、氷魔法が得意なのか」
「ボチボチですね」
「そうか。だが俺を倒すには——」
身体と身体を隔てていた氷壁が破壊される。
「
アイザック先生は雷系統の強化を使った。
「行くぞ!」
雷の如く俊敏にその男は近づいて来る。
……だけどそれは今の俺でも十分対処できるレベル。
(あの人たちが速すぎるせい。結構遅く見える)
冷静に分析しつつ、紫電奔る拳を氷剣で弾く。その間に隙を見つけて——
「ここ!」
「ッ!?」
退くと見せかけアイザック先生の
スピードが落ちたタイミング、逃さずに剣勢を強める。
「クソッ! ちょこまかと……!」
肉を切り裂く感触、アイザック先生の鮮血が宙に舞う。
「これで体術と立ち回りの点数は入ったはずで——」
一発二発三発、隙を幾つもついて鋭い蹴りと斬撃を入れていく。
傍から見ればハイスピードな攻防、俺たちの戦いには誰も介入してこない。
(実態はかなり一方的な試合だけど——)
「
ここで向こうさんは初めて拳を止め魔法を放つ。線形を描く電撃。
年齢なんてもう関係なし、本当に先生かと疑う『本気』な先制打。
この空気を変えようと躍起になっているようだ。
「
もちろん壁を創り防ぐ。
「
今度は天上より槍群を降らす。
「
アイザック先生が上からの槍を掻い潜る最中。追撃として背後から剣群を発射する。
「なんだよこれ……」
「アイザック先生がやられている……?」
「全然見えねぇ……」
皆も立ち止まってないで参加してくれ……
これは団体戦、仲間が動いてくれないんじゃ協力点が稼げないぞ——
「攻撃が止まないっ……!?」
氷嵐到来。先生の仰る通り完全な物量押しだ。とりあえずは単独で戦う、いいや、もう一人でいい——!
「まずはこの場から逃げ——!」「簡単には逃がさない——!」
目論み通りで、俺の繰り出す連続魔法に対応するので精一杯。
ただ仕留めるには至らない、そりゃこれは足止めだもん。
「今が好機、早めに決めるか——」
もはや仲間から援護は無し、もう大技を仕掛けてフィニッシュに。そしてこの学園は魔法に一番重きを置くと聞く。少しばかり派手に魔法を使って、最終加点といこう。
「まずは立ち位置を変えないと——」
強化された両脚で会場を駆ける。
周りにも配慮、大技を使っても問題ないベストポジションを見出す。
(悪いな先生)
これでも
「
ダメ押しの無属性強化を終え準備万端。
「ぬおおおおぉぉぉぉ——!」
反響するアイザック先生の声。なにせ準備準備と言ってるが、アイザック先生への攻撃は未だ止んでいない。何千何万本、ずっと氷製の剣やら槍を飛ばしているのだ。
たまに飛んでくる雷撃も壁でシャットアウトする。
「俺の前では全てが凍てつく——」
本腰入れた魔法を決定打とする。
(あくまでSクラスが確定するくらいの度合いで……)
「まずは攻撃解除」
「……ッ……!」
アイザック先生への細かい攻撃を中止。
彼は全身傷だらけ、下には血だまりができてしまうほど。
「お、お前は——」
何者だ?
俺は世界で9番ぐらいに強い人間です。
「
俺の背後に中規模で展開される魔法陣。ここから氷の波を発生。
それでアイザック先生だけを飲み込む、はずだった。
「————!?」
ただ俺の魔法が完成寸前、邪魔が入る。
それはアイザック先生でも他の教師でも、観客によるものでもない。
「っエル!?」
邪魔をしたのは——俺の異能だった。
『——
急速に回転する魔力の流れ。求めていないのに莫大な魔力を突然与えてくる。
「今は必要ない……!」
『相手はたかが人間、1人2人死んでも何ら世界に影響はないわ』
「俺にあるんだっ!」
脳内に狂気を孕んだ嬌声がこだまする。
拒否反応をしたせいか、脳みそがガンガン揺れる。
「停止させないとっ……」
『無理無理! チマチマした攻撃なんてもう
自分が最上位の存在だからこそ、多種族を見下すその姿勢。
それは邪心ではなく純心、人の命をただただ純粋に軽視している。
「お前ってやつは——!」
発射寸前の砲台、弾倉に無限とも思える魔力を一気につぎ込まれた。
抑えることで精一杯、というかもう俺の身体が持たな——
「恨むぞエルっ!」
魔方陣がこれでもかと巨大化、深層より冷たき魔力が放たれる。ブリザード。
凍る、凍る、凍る。その勢いまさに雪崩の如し。解放された魔力は氷波を形成、高さは会場を飲み込むほど。当初はアイザック先生だけを凍らせるつもりだったんだ。
だけど————
数秒後には冷気が漂った、気温がマイナスに連れて行かれた。
「か、会場ごと、凍らせたのか……?」
「……一体何階梯の魔法だよ……」
近くで腰を抜かした少年たちがそう呟く。
(っ……会場の半分は凍らせたか……)
観客席どころか壁を突き破り外にまで氷は届く。目の前には『氷山』が誕生してしまった。
「これはどうす……」
「ヒエェェェェェ! 殺さないで!」
独り言のつもりが、近くにいた少年は震えながら命乞いをしだす。
『あっはっは! 殺さないでですって!』
「エルっ!」
お前のせいだぞ。他の受験生たちも血相を変えて逃げ出している。
「いや俺は……」
た、確かにやりすぎけど、なんとかアイザック先生は殺さないように配慮して……
『——————————————』
途端にサイレンが鳴り響く。
「……試験終了ってことか?」
それにしては、やけにけたたたましいような……
『校内にて異常な魔力値を観測しました! 生徒、受験者は、教師の指示に従いグラウンドへと避難してください! 繰り返します校内にて————』
どうやら避難警告、魔族でも現れたか? 観客席にいた受験者も一層急いでこの場から去っていく。所々凍ってるし、そんなに急ぐと転ぶぞ。
「俺も移動した方がいいか? だけどアイザック先生をまず助けないと……」
このまま置いて行ったら人間性という点で減点されそうだからな。
「救出するか」
魔王ならともかく、その辺の魔族に遅れをとるつもりは一切ない。
戦犯たる
「先生を助け……」
「貴様! そこを動くな!」
誰もいなくなりつつあった寒い会場、急に響くは野太い男の声だ。
「アイザックから離れて、ゆっくり両手を上げろ!」
振り返れば何十人もの魔法騎士がいた。
(甲冑にはここの校章、学園に常駐してる騎士たちか)
しかしおかしな話、彼らは俺に対し槍を向けている。
表情もだいぶ強張っているようだし。
「えーっと……」
「ここで巨大な魔力を感知した! 貴様がこの会場を凍らせたのだろ!?」
「そうですけど……あ」
今ようやく理解した。サイレンの原因は魔族ではなく、俺だ。
そしてこの人たちは俺を魔族か何かだと思っているらしい。
「ハハハ……」
もはや乾いた笑いしか出てこない。
「な、何がおかしい!?」
「隊長! きっと私たちのことも凍らせるつもりです!」
「なにっ! まだ諦めてないのか!?」
苦難の筆記をようやく終え、勇者に度肝を抜かれて。
そして最後の最後でこのオチを、いや槍を突き付けられる。
「ボス、もう仕事辞めたいです——」
勘違いで絡まったストーリー。俺の受験はお縄によって幕を降ろした。
この世界で9番目ぐらいな俺、異世界人の監視役に駆り出されました /2018年4月1日発売 東雲立風/角川スニーカー文庫 @sneaker
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