2節 氷炎の邂逅
戦乱の大地たるヘルシン大陸の生まれ。
彼の人生を波乱へと導く、大きな要因および出来事は3つ。
1つ目は『異能』を授かったこと。
元々魔法の才もあったが、そこに異能が上乗せ。
こと氷魔法の使い手としては、千年に1人と言っても過言ではないレベルに昇華。
ただ辺境に住むせい、ついぞ魔導士や騎士に発見されることはなかった。
2つ目は『故郷』を失ったこと。
原因不明。ただ、嵐のように忽然と『ナニカ』が
ソレは彼の村を一瞬にして消し飛ばし、緑の土地を荒野へと変えた。
しかし僥倖、森へと採取に出向いていたお陰でクレスだけが助かる。
ただ当時の年齢は10歳、生と同時に孤独を得た。
焦燥に浸る少年は様々な感情を抱く。
寂しい。悲しい。辛い。寒い。飢えもある。
ただどんなに待っても、助けはついぞ来なかった。
絶望。
数十日の孤独を経て、彼はもう自力で生き抜くしかないと悟る。
だから冒険者、暗殺者、盗賊、護衛、生きるために何でもやった。
小さな手を真っ赤に染めて、その類まれなる氷魔法で全てをねじ伏せた。
だがクレス・アリシアはある日出会う。
己と対等、もしくは自分以上に強い存在と。
それが3つ目、人生を大きく変える転換点。
『
※
時は今から1年以上前に遡る。それは
「はぁ……」
初仕事、失敗。
「酷い内容だった……」
今まで色々な仕事を請け負ってきた。そしてその多くを成功で修めてきた。
そんな俺も、つい先日『Ⅰ』の勧誘に乗り組織の一員に。
(今回の内容はとある魔獣の討伐、普通だったら難なく成功できた)
ただ半強制的に組まされた女。
ソイツと上手く行っていなくて——
「そう溜息ばっかりつくなよクレス」
「アウラ・サンスクリット……」
俺が俯いていてもこの人はハツラツとしている。星が頭上に煌めく時間。
囲む焚火(たきび)以上に、彼女の紅蓮色の髪は暗闇に映えていた。
「だーかーらー! フルネーム呼び止めろって!」
「……大きな声出すな。魔獣が寄ってくる」
「んなもん倒せばいい! むしろ飯が増えるから好都合だ!」
既に何体獣を焼いて食ったよ……、まだ食べ足りないのか。
「ま、私の気配だけで普通の魔獣はビビる。そう近寄って来ないさ」
確かにアンタの実力は認める。認めるが——
「……今日はアンタがデタラメに動くせいで……」
モグモグ。
「本来であれば1人で達成できる仕事だったのに……」
モグモグ。
「アホ面して食ってる場合じゃないっての……!」
彼女がハチャメチャに動くせいで場が混乱。挙句の果て俺にまで炎を向けてきた。
(なんなんだこの女……ボスはどうして俺と組ませた……)
ハッキリ言ってウザいし邪魔。
魔獣より質が悪い暴走女、そんな奴とタッグを組ませた意図が分からない。
「また肉焼くけど、クレスも食う?」
「……
ニカーっとした笑顔で尋ねてくる、だからそんな食えないって。
(だけど、こんな受け答えをするのはいつぶりか……)
自分の家族、故郷を失ってからの数年は地獄のような日々を過ごす。
今だってそう、楽しいとか面白いとか感じる日なんてない。
「むー。美味いのになぁー」
「あっそ」
幸い異能のお陰で『生きる力』は手に入れた。
だが両親も妹も帰っては来ないし、村を滅ぼした奴も見つからない。
「何も、変わってない——」
あの日から時間が止まってる。まるで心が凍り付いたみたいで、何も感じないのだ。
笑いも泣きもしない事を自覚しているのが、更にもどかしい。
「……」「……」
パチパチと焚火が音を発てる。そこに重なるのは彼女の咀嚼音(そしゃくおん)だけ。
その時間がどれだけ続いただろうか、ただ少しして向かい合う女が静寂を破った。
「おいクレス」
「……なにか?」
「なんでずっと無表情なんだ?」
「……っ、」
俺だって気にしてること、遠慮なくズバッと突いてくる。
「戦闘中も、こうしている時も、ずっとつまんなさそう」
「……」
「もしかしてアレか? ホームシックとか?」
「…………は?」
「ずっと寂しそうな表情してるからさ。故郷が恋しくなったのかなーって」
とことん地雷を踏んでくる。だがアンタの質問はそもそも根本が違う。
「ボスから俺のこと、聞いてないのか?」
「ぜーんぜん知らん」
あ、そう。マトモに話すのは今が初。なら踏み込んでくる仕方ないと言えるのか。
「…………帰る場所はない」
「というと?」
「家族や友達も死んだし、村も滅んだ」
俺はあの日、採集のために森へと出かけていた。
村に帰った時には、ただただ荒野が広がっていただけ。
「——ずっと、独りだ」
育った所は、小国家同士が常に戦争をしている大陸。今だから分かるが、助けなんて来るはずもない。それからは長らく1人で生きてきた。
「へー。なんか大変だったんだなー」
「…………なに?」
肉を頬張りながら適当に、軽い装いで彼女はそう言った。
そこには大した同情もない、まるで世間話のようなノリ。
「なんだ? 可哀そうって言って欲しいのか?」
「い、いや……」
そういう事じゃないんだ。今まで素性を話せば大抵の人が上っ面の同情を表に出す。
「私が同情したって何かが変わるわけでもなし」
……その通りだ。でもソレを言葉に出せる人が、果たしてどれだけいるのか。
「だけどこれは言える。クレスは頑張って来たんだなって」
「そりゃ……」
「ふっふっふ。ならば——」
残っていた肉をペロッと平らげ、油で少し汚れた手を布で拭う。
そして——
「ご褒美だ! 良い子良い子をしてやろう!」
焚火を中心に向かい合う形。ただ反対側にいた彼女は、凄まじい速さで俺の隣へと周り込む。
「ちょっ……!」
そしてそのまま、身体を俺と密着させる。文句を言う間もなく、今度はワシワシと髪をなでてきた。
「な、何を……」
「ん? ご褒美だけど」
「だから何でアンタにご褒美をもら——」
「細かい細かい! なんとなく誉めたくなったんだよ!」
ナッハッハッハと、豪快な歓呼が辺りに響く。どうやら理屈云々ではないらしい。
脳筋女、だけど撫で方はそんなに力強くはない。
優しく、柔らかく、温かく、何かを満たすような。
「私もさー、ずっと1人ボッチなんだ。クレスと同じだよ」
「同じ……」
「そして誰かと組んで任務をするっての、今日が初めてだ」
「え、初めて……?」
「おう。ずーっとソロ!」
そもそも
「でもぶっちゃけな、今日すんげー楽しかった」
「俺は全然楽しくなかった」
「……え、マジ?」
「いや何でそんな真剣な表情で聞く……」
聞くまでもないだろう。相性最悪、今日の仕事も酷かったし。
「じゃあ私が頭を撫でてるこの時間は!? 楽しかったりするか!?」
「……ぜ、全然」
「むむー」
嬉々として聞いてくる、ぶっきらぼうに答えれば顔をしかめる。
こんなに感情が分かりやすい人物もそういない。
「ならクレスは何をしている時が楽しいんだ?」
「楽しい時……」
「私は戦っている時! 血が
尋ねてなくてもペラペラ喋ってくる。俺のことなんてお構いなしだ。
「ちなみに嫌いなのは説教! セローナは特にうるさい!」
自己中心、ズルズルとコッチを引きずっていく。自分の言いたことを言っている。
俺は——
「……特に楽しいと感じる時はない」
「え! 何もない!? 本気で言ってんのか!?」
俺の答えに本気で驚く。それに対し……なんかカチンと来た。
「っ! 良いだろ別に! あともう手をどかせ!」
未だに撫で続けてきた彼女の手を払う。
ゼロにまで縮まりかけていた密着体勢から逃れる。
「アンタに言われるまでもないっ! 俺は何が楽しくて、何をしたいかも分からない人間なんだっ!」
この人が自由に生きすぎるせい。羨ましいし、悔しい。俺と同じ境遇、俺と似た強い力を保持。なのに、なんでこうも違う——
「……今更復讐をしようとも思わないし。この組織に入ったのも少し興味を持っただけ」
自然と立ち上がっていた。炎でより赤く染まった彼女の瞳、それを睨んでいた。
殺気だって籠ってる、だが——
「……っぷ」
「な、なんで笑うんだよ」
「いやさ、意外と熱い所もあるんだなぁーって」
コイツは怒る事も憐れむ事もない。俺の訳の分からない自問自答に、笑って応えたんだ。
「だけどクレス! もっとメラメラ生きてみようぜ!」
「……メラメラ生きる?」
「ああ! 熱い魂を持てば、人生は楽しく燃え上がる!」
バカもまた立ち上がった。対して変わらない身長、同じ目線の高さで相対する。
年齢だって5つしか変わらない女、そんな奴の人生観だが——
「今のクレスは、肉も焼けねえ貧弱な火と一緒!」
「……」
「自分が輝かないと真の人生は始まらない! 毎日楽しくないのもそのせいだ!」
「……そんな決めつけたような……」
「だからまず考えろクレス、自分にどれくらいの価値があるのかを! 輝くために!」
押し込まれる、そして考えさせられる。自分の、存在価値。
冷え切った脳みそに問いかけてみるが——
「…………分からない」
分からない。分からない。分からない。俺がいて何が変わるんだ? ずっと
「……分から……ない……、」
そんな俺の様子はどう映ったのか。
「んー分かんないか、じゃあまずは価値の見出し方、輝き方を伝授しよう!」
難航する船、地図の読み方を教えてくれるとな。
どうすればいい? どうやったらそんな風になれる?
「いいかーよく聞け。自分の存在価値ってのは、単純な力や地位じゃ決まらない」
「……」
「異能持ちとか貴族だとか関係なし。周りからの期待とか評価もとりあえず無視しとけ」
堂々とした佇まい、紅蓮色の女は語る。
「まずは自信を持つ! 根拠のない自信だ! ソレがないと始まらない!」
「こ、根拠はないのか?」
「ん? なくても良いだろ別に?」
そう、なのか……?
「そもそも自分にすら価値を見出せない人間が、この世界を謳歌しようなんて無理な話だ」
例えばと切り出す。
「もしこの世界が物語だとする。でも主人公の設定がブレブレで話は面白くなるか?」
「ならない……」
「そ。ひ弱な主人公の人生なぞ、演じるも観るもクソつまらん。ただ自信があればどんな事だってプラスに持って行ける。自然と世界が拓けて行く——」
意味不明な理論と理屈。ただ、この人なりの信念を垣間見る。
熱い魂があるから人生を謳歌できている、のか——?
「……なら逆に聞く。アンタの存在価値はどれぐらいあるんだ?」
「私の価値?」
「そうだ」
まず教えてくれ。まアンタの生き方はどれぐらい輝いている?
「愚問! 私は最高クラス! 世界一価値ある人間だ!」
「……世界一」
「私以上に輝いてる人間は他にいないぞ。ちなみに、その評価は誰が決めたと思う?」
そこまで自信満々に言うんだ。きっと自分だけじゃない。
おそらく相応の人物に認められたからこその台詞。
「ボス、とか?」
「違う! 私が全部決めた!」
「……は?」
「自分が一番って自分で決めたんだ!」
「……」
「どうだ! 私って最高に熱い女だろ!?」
……もう何の話をしているか分からなくなって来た。俺が返せた言葉と言えば——
「アンタ、ただの自信過剰のバカじゃん……」
「バカで結構! ゴチャゴチャ考えるだけ無駄! 熱い魂だけあれば人生はめっちゃ楽しい!」
俺の卑下も笑いで一蹴、何にも気にしてない。本人も認めた通りアホなのだ。
だが接していて分かった。
「……やっぱ俺は、アンタみたいになれそうもない」
一度凍り付いた感情は、もう戻らない気がするんだ。見出し方を知ったところで、何が変わる気もしない。
「ならずっとアヤフヤな毎日を送るのか?」
「……そう言う事になる」
そんな熱い生き方は自分にはできそうもない。もうあれだな、いっそ死地だけを求めて——
「ならさ! 私がお前の太陽になってやるよ!」
唐突に彼女はそう言った。
「お前の魂が凍っていても、この熱い炎で全部溶かしてやる。そんで充実を与える!」
魔法を発動、その手に宿すは真っ赤な炎。パチパチと小さな音を発てる焚火とはわけが違う。なんでも燃やすような凄まじい猛火。
「でも——」
そんな炎ですら、俺は凍らせてしまうかも。
「なに安心しろ、私は天下のアウラ・サンスクリットだ」
しかしだ、彼女は心配無用だと言わんばかり。
「溶かして凍るようならまた溶かす! 何度でも何度でも、お前に熱さを思い出させる!」
理解している、今まで俺は言い訳をしていたと。そして周りはソレを言葉だけで諭そうとした。
(だけどこの人は、魂でぶん殴って来てる。コッチの情緒なんて知らないって——)
自分勝手だと思う。本当に勝手だ。
俺は口に出してないのに、まるで分かったような事ばかりを言う。
「アウラ・サンスク——」
「アウラさんと呼びな」
「……アウラさん」
あーあ。近くにいたせいなんだ、今だけ少し感化されただけなんだ。
「くそ……」
なぜこんな感情を思い出すんだ。
あの時泣いたって、悲しんだって、助けは来なかったじゃないか。
「おいおい、涙目になってるぞ?」
「なって……ない……、」
「はっはっは。恥じることじゃない。生きてるって証拠だよ」
諭すとともに、彼女は俺を抱きしめた。
「……っ!」
「もう大丈夫だ。私がいる」
つかぬ間の抱擁だった。触れ合う肌と肌、服越しだとしても伝わる確かな温もり。
その時間は永遠のようにも、生きる意味を求める俺に休息をくれた。
心が休まる、満ちていくのが分かる。
「クレス」
「……っ……なにか?」
抱擁は短くして解かれる。しかし距離感は近いまま、目と鼻の先に彼女はいる。
そして言い放つ——
「私に付いてこい。一緒にいたら絶対楽しいぜ」
自分で意味を見つけられないなら、私が与えようと言う。
(ボスはもしかしたら、こうなることを見込んでタッグを組ませたのかもな)
だって普通こんな熱血脳筋バカを新入りには当てない。それに加入当初に言われた。
——災厄との出会いは、きっと俺の人生を大きく変えると。
「……アウラさん」
「ん?」
「……お腹が、空いてきました」
「お! 良いねえ!」
正直、俺は何のために生きているか分からない。だけど、目の前にとても面白い人がいる。出会ってそう時間も経ってないくせに、俺の事をこれでもかと気に留める人。
「……とりあえずです」
「?」
「自分に意味を見出すまでは、
それは暗闇の中、微かに照らす灯を辿るような。
「おう! というかずーっと付いて来てもいいんだぞ? 私は大歓迎だ!」
「それは嫌です。アウラさんガサツだし暑苦しいんで」
「っな! 言ったなクレス——!」
「事実で……って、ちょっと! どこ触って——!」
それから俺は約1年間をアウラさんと過ごす。相棒として四六時中一緒。
それだけ時間を共有すれば流石に理解したよ。
あの日俺は、太陽を見つけたんだって——
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