1節  新たな任務

「——魔獣と一緒にその場所まで破壊しないください! 何度言ったら分かるんですかアウラさん!」

「——悪かったって」

「——今回なんて島! 島ですよ!? クレス君がいなかったらどうなっていたか!」

「——はいはい、申し訳ないね」

 どうも。クレス・アリシアです。

 何とか先日の任務は終了、無事に本拠アジトへと帰還する事ができました。

(ただ隣ではアウラさんが絶賛説教中だけど)

 なにせ魔獣どころか調子に乗って島ごと燃やしたのだ。俺が凍らせなければ炎は大陸にまで及んでいただろう。

「……腹減ったなぁ……」

 アウラさんは紅蓮色の髪を面倒くさそうに弄りながらボソッと呟く。

 少しも反省してないな。

「まったくもう……」

 そんなバカ……じゃなくてアウラさんに説教をしている苦労人の紹介。

 名をセローナ・レントナー。災厄ナン数字ーズでは2番目に位置する人物だ。

「アウラさん、全然懲りてないですね」

「大丈夫だクレス。次もバシッて決めてやるから」

「だからそれ——」

「それがダメなんですって! また評判が悪くなります!」

 俺が言うまでもなくセローナさんが食らいつく。頭を抱えながら深い溜息(ためいき)も。

 お疲れ様です。

「クレス、今日は肉が食べたい」

「いつも肉じゃないないですか。あとたまには自分で作ってくださいよ」

「面倒だ。それに飯はクレスが作った方が美味い」

 アウラさんは5番目をかんしているが、特に上下関係がある組織ではない。

 セローナさんの説教をただの小言としか感じないのもそのせい。

 しかも大食漢ゆえか、このタイミングでもう夕飯の話をしてくる。

「セローナ、それぐらいにしておけ」

 ただ、この組織にも上下間で例外はある。それが——

「おおっ! やっぱボスは話が分かるな!」

「確かに私は話が分かる女、だからアウラは謹慎1ヵ月だ」

「謹慎!?」

「ペナルティーだよ。毎度のことだが少しは加減を覚えてくれ」

 ここでアウラさんに助け船が……って違ったか。それを告げたのは上下関係が薄いここでの明確な頂点。正体はここのボス、『Ⅰ』を冠するエリザさんだ。

「くれすぅ……」

「擁護できないですね」

「っく! 薄情者!」

 俺たちの正面、立派なデスクにドッシリ構えるボスの姿。

(まさか逆らえるわけもなし、というか悪いのはアウラさんだから)

 ボスが一気に吐いた紫煙しえん、その黒髪がほんの少しだけ揺れる。重い空間、どうやら酌量の余地はないらしい。

「そんな謹慎……謹慎だなんて……」

 こうなってはアウラさんも黙るしかない。なにせボスが数字ナンバーズで一番強いから。もっと大きく言えば世界で一番強い。

(口ごたえしたら拳骨制裁される。あれ相当痛いんだよなぁ)

 神も、魔王も、魔獣も、かつて存在したとされる勇者とやらも。

 ボスは全てを平伏させる力を持っているのだ。

「ふぅ、今回もご苦労だったなクレス」

「ホント大変でしたよ」

「はっはっは、お前は毎回そう言うな」

「事実ですもん。アウラ先輩とペアってのは……」

「はあ!? 私と組んだせいってか!?」

 俺の言葉に不満、ここでアウラさんに絡まれそうになるが——

「はいはい。アウラさんは少しコッチに来てくださいね」

「ちょっ! 引っ張るなってセローナ!」

 セローナさんがアウラさんの首根っこを掴む。そしてどこかへ強引に連れていく。

(助かりましたセローナさん)

 そして残されるのは俺とエリザさん、つまりボスと2人きりとなる。

「まったく、アウラは相変わらずだな」

「根は凄い良い人なんですけどね」

 なんだかんだ言いつつアウラさんのことは心から信頼している。

(出会った当初は、かなり冷めきった関係だったけど……)

 色々あって今ではとても信頼できる間柄に進展。恥ずかしくて口には出せないが、正直最高のパートナーだと自分では思っている。

「さてクレス、お前が災厄の数字ナンバーズになって1年以上が経った。だいぶここには慣れただろう?」

「そうですね。まあ変な人ばかりですけど……」

 1年近くタッグを組んでいるアウラさんはともかくとして。他の数字ナンバーズは任務や私用の関係でそう会うことはない。

「皆さんのコミュニケーション能力が異常に高いお陰で、不思議なほど早く打ち解けられましたよ」

 面子的めんつてきにはオカマとかロリババアとか戦闘狂とか。濃厚キャラのオンパレードだ。

「ふむ。慣れたなら良し。もう心配する必要はなさそうだな」

 俺をこの組織に勧誘したのはボスだ。誘った当人としては気がかりなところもあったのだろう。安堵させられたなら何より。そしてこの話にひと段落、途端に緩まっていたボスの表情が変わる。——これ、真剣な時のやつだ。 

「帰還早々で悪いんだがな、とある依頼、、、、、がきている」

「依頼、ですか?」

 普段だったら任務後には休暇が与えられる。ただ俺にこの話をする以上、もう新たな任務をやって欲しいってことだろう。緊急の案件なのか?

「もうすぐ春が来る」

「そ、そうですね」

 神妙な表情のわりに当然のことを仰る。頷くぐらいしかリアクションできないぞ。

「実はな、ハーレンス王国がこの春に勇者召喚、、、、をするらしい」

「っ勇者召喚!?」

 季節の件から一気に重いの持ってくる。

「……す、すいません。普通にビックリしたので」

 ハーレンス王国とはユグレー大陸を牛耳る四国の一角。

 帝国に次ぐ実力主義国家で、領土も広いし経済も安定している国だ。

「ただの噂じゃないんですか?」

「それが本当らしい。私の方でも裏は取れている」

 今まで勇者召喚を試みた国や機関は星の数ある。

(ただ成功したことは一度も、いや一度だけあるか——)

 唯一の成功例は千年ほど前。既に滅んではいるがとある国が成し遂げたとされる。

 でもそれはきっと奇跡だったのだろう。

「最近は魔王たちが活発に動く。王国の連中はそれに恐れをなしてな」

「それで勇者召喚に至ったと……」

「実際問題、王国は少し前に魔族の襲撃も受けたそうだ」

 近頃は魔王の何人かがよく動いている。危険は直近まで迫っているらしい。

「警戒するのは当然ですけど、それでも勇者召喚にまで踏み切るとは……」

「もちろん王国もアレが人類史で1度しか成功していない、最難関の召喚術だと知っている」

「ただその上で挑む、そういうことですよね?」

 自分的には儀式に使う魔道具や人員を防衛に充てた方が有効だと考える。

 しかしボスの口振りから察するに、王国には勝算があるらしい。

「これまでだったら無視していた。ただハーレンス王国の姫がかなり特殊だ」

「特殊?」

「神からの啓示を受けている、召喚に特化した異能持ち、、、、だ」

「異能力者……」

 魔力保有量や適性属性に左右はされるものの、魔法はこの世界にいる誰もが使える。

 ただ魔法とは別で『異能』というものも存在する。それは限られた人しか使えない力。

(割合的には百万人に1人いるとかいないとか——)

 その多くが強力無比。いつの時代も異能所有者が世界を動かすとされる。

「仕入れた情報を鑑みても、勇者召喚はほぼ成功すると言っても過言ではない」

「なるほど……」

「だいたいの背景は分かったな?」

「はい」

「クレスは理解が早くて助かるよ。なら仕事の説明に移ろうか——」

 …………ゴクリ。本題を話すというボス、今度は満面の笑みを浮かべている。

 召喚に携わる姫の暗殺か?それとも勇者自体の暗殺か?

 固唾を一飲み、おそらく人並みの仕事はくれそうにない。

「そこで! クレスにやって欲しい任務は……」


「ズバリ! 『監視』だ!」


「誰を暗殺し……え?」

「監視だ!」 

 ……

 …………はい?

「えーっと……」

 予想の斜め上どころか真上を抜いてくる。返す言葉が見つからない。

「勇者は召喚された後、スキルアップのために王国の魔法学園に通うらしい」

「ま、まさか……」

「クレス、お前も魔法学園に入学、、、、、、、して勇者を監視しろ」

「本気で言ってるんですか!?」

 仰天する。求められたのは暗殺ではない、間近での静観であった。

「クレスはいま15歳、1年生として丁度入学できる。我々ナンバーズの中では最も適任だ」

「でも……」

「それに顔が割れていないという事も大きい」

「い、言いたい事は分かりますけど……」

 だが監視のためとはいえ学園に通う意味を見出せない。それに——

「人付き合いは、苦手です」

監視以前に学園で上手くやっていける自信がない。なにせ同年代と接した経験が皆無なのだ。

「しかも入学したら3年間は……」

「学生生活だ」

「それはちょっと……」

「報酬もかなり高いが、それ以上に学園に通うことはきっと良い経験になるぞ」

「良い経験、ですか」

「お前は強いが大人じゃない。まだまだ学ぶことは多い」

 ……なんてこった。ボスは監視ついでに人間性を育ててこいと言う。

 俺の性格と生い立ちを知っているからこその言葉だ。

「これは災厄の数字ナンバーズの『Ⅰ』としてではなく、私という一個人がこの依頼を推すよ」

 その笑みに秘められた意味とは。俺は疑問を抱く。自分に今以上の人間性など要るのだろうか? 変わる必要はない、このままでいいんじゃないか?

(いや、この疑問を抱いている時点で俺は未熟なのかもしれない)

 否定しきれない自分が確かにいる。

「それに当分はアウラと一緒に仕事をしなくて済むぞ」

「なんですかそれ」

「ふふふ。なかなか魅力的だろう?」

 冗談にもなってない冗談を言う。ただずっとダンマリを決めているわけにもいかない。

 とりあえずと詳しい話を聞いていく。

「まず勇者は古来より強力とされる」

「かなり稀有な異能を持っていたとは聞きますね」

「ああ。有名な勇者は聖女帝や拳王あたりか」

 千年ほど前にはボスが挙げたような人物がいた。彼らは俺たちに匹敵するかもしれない存在である。実際に戦ったことがないので、あくまで憶測なんだけど。

「異世界人か……」

 かの勇者、それは英雄としてこの世界に深く名を刻んでいる。

「そんな英雄になる可能性を秘めた者が近々現れる——」

 ならば世界が動くのも必然と言える。

「今回の勇者、現時点で分かっていることは何もない」

「では調査は必須、と」

 実力は未知数、それに——

「たぶん他国の人間や獣人、魔族も動きますよね?」

「ああ。先手を取る必要はないが、そう遅れるわけにもいかない」

 数字ナンバーズとして興味はある。

「また今回の依頼主は勇者を倒すのではなく、上手く『利用』したいらしい」

「だから仕留めるのではなく『監視』という形を取ると……」

 勇者たちの異能や性格、好物や趣味に至るまで。俺はその全て調べてこいというわけだ。

 これだけ求められるとなると、そりゃ同じ学園に通うしかないだろう。

「じゃあ殺しは無いってことで?」

「殺すどころか無理に関わらなくてもいい。重要なのは能力や性格を把握することだ」

「本当に調査だけ……」

「私としても気になるところではある。果たして我々に届く存在なのかどうか」

 俺たちは強い。9人集まれば魔王たちを全滅させることも可能だろう。

(ただ全員が揃う、いや、気が合うことはまずないけど)

 その後もボスからの説明と説得が続く。これまた長いこと、それには流石の俺も——

「……はあ、分かりました。分かりましたよ」

「おお! ありがとう!」

「ただ目立ちません。ヒッソリと必要なことしかしないですから」

「ふふ。それでもいいさ」

 勇者も気になるが、それ以上にボスには大きな借りがある。

 依頼を受けた理由はほとんど恩返しみたいなものだ。

(この場所まで連れ出してくれたことを、本当に感謝しているからこそ)

 今は孤独だったあの時とは違う。充実した毎日を送れている。

「ただし、身バレにだけは重々気を付けてくれ」

「今回は隠密任務ですもんね」

「手甲にある数字の刻印然り、魔法についても……」

「同い年と同等。いわゆる一般レベルで」

「うむ。そういうことだ」

 周りとの差はもちろんあるだろう。ただこれから行く所は、魔法に力を入れているハーレンス王国である。他国に比べ学生でもそれなりの魔法は使えるはずだ。

「——なら話も決まったことだし、これを渡しておこう」

 そう言って渡されたのは分厚い本、しかも何十冊も。……なんだこれ?

「それは教科書だ」

「教科書?」

「ハーレンス王立魔法学園は名門中の名門。それを覚えなければ入学は厳しい」

「えっ、試験受けるんですか!?」

「当たり前だろう。新入生として行くんだぞ」

「そ、そこはコネとか……」

「勉強するのもまた経験だ」

「経験……」

 数字ナンバーズの何人かに教わったお陰で、一応文字は読めるし書ける。だが学校には一度も通ったことがない。何冊かペラペラとめくって読んでみたが……

「これ暗号文ですか?」

「ノー。それは古文だ。偉人の伝記などを学ぶ学問になる」

「左様で……」

 この中でギリギリ分かりそうなのは魔法学? という科目ぐらいか。後はサッパリだ。

「——勉強は私が教えますよ」

 そんな俺の窮地に現れたのはセローナさん。

 さっきアウラさんを連れて出ていったが、ひと段落ついたんだろう。

「ふっふっふ。話は事前に伺っていますよ」

 眼鏡をクイッと上げる動作はとても理知的。

 事実、災厄の数字ナンバーズの中でも頭はトップクラスで良い方だ。

「入学試験まであと2ヵ月、1ヵ月は移動に使ってもまだ間に合います」

「1ヵ月でこれを全部覚えるんですか……?」

「はい!」

 満面の笑みでイエスの言葉は返ってくる。いやこの短期間、普通に考えて無理だろ。

「やっぱりこの仕事やめようかなー……なんて?」

 弱音を吐いても、ボスとセローナさんはニコニコしてるだけ。はい。この1ヵ月は勉強地獄になるみたいです。

「善は急げと言いますし、さっそく勉強を始めましょうか」

「もうですか!?」

「ええ。覚えることは多いですよ」

 逃がさんとばかりに俺の腕を掴む。

「……ッ!」

 見た目に不釣り合いな凄まじい握力、普通に腕がもげそうだ。これならアウラさんが連れていかれたのも納得。そしてそのままグイグイと引っ張られていく。

「それとクレス君、勉強が辛すぎても自殺しないでくださいよ?」

「自殺!?」

「私はこれでもスパルタなので。ほら行きますよ」

 目がマジだ。このまま連行されたらどうなるか——

「こうなったら……! アウラさーん助けてくださーい!」

「アウラは死にましたよ」

「ええ!?」

 これまで共に戦場を潜り抜けてきた相棒に本気で助けを求める。

 しかしセローナさんが告げる無慈悲な宣告。

「死んだら1ヵ月の謹慎どころか永遠に……」

「構いません。いつも問題を起こすアウラが悪いんです」

 相棒は煌めく星になった。そして俺も——

「さあさあ楽しいお勉強の時間です!」

「っせめて勉強のことを先に教えてくれれば……!」

 そうしたらもっと真剣に考えた。学園に行くのも面倒なのに、事前準備も地獄だなんて。

 恩返しにしてもお釣りが出るんじゃないか?

「ボス! これは1つ貸しにす——」

 断末魔(だんまつま)の叫びも途中で打ち切られる。

 ただボスもセローナさんも終始笑うのみ。

 災厄の数字ナンバーズ、世界どころか身内にも恐ろしい組織である。



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