第2話

2つの大国は戦乱に明け暮れていた。

東と西に分かれた大きい大陸があり、それぞれを結ぶ橋のように地峡が通っていた。

地峡には大きい河を挟んで2つの小さい国があり、常に大国の戦争の舞台となっていた。

地峡のすぐ隣の西の大陸の大国をアラゴン王国、同じく東の大国を闕(けつ)帝国と呼んでいた。

西の大国に隣接する地峡にある小国をナヴァラ公国、東の小国を袁(えん)王国と呼んでいた。

アラゴン王国は代々、アラゴン姓を名乗る王族によって統治され、ナヴァラ公国はアラゴン王国で公爵の地位にある者の内から選出され統治していた。

闕帝国は帝国のため中央集権的傾向が強く、袁王国は帝国に親族を人質として出し国として認められている状態だった。

また戦争の火種はいつも闕帝国がナヴァラ公国に進軍して土地を獲得しようとするため起きることが多かった。

そのため戦争の度にナヴァラ公国側は西へ西へと領土を後退させ、逆に袁王国は西へ西へと領土を拡大しているような状況だった。


戦争の仕方もアラゴン王国、ナヴァラ公国側は捕虜を奴隷身分に落としたり、民間人への暴力行為を禁止していたのに対して、

闕帝国、袁王国側は捕虜は基本的に奴隷にし、民間人も皆殺しにしていた。

また闕帝国、袁王国は捕虜をまず前線に出すため、強い敵将は捕虜にした後、特別に正規兵の指揮官をやらせることも多かった。


帝国として領土を拡大しては奴隷を増やし、奴隷に前線で戦わせ奴隷部隊を率いるのも捕虜となった者のうち優秀な者だったため自国の損害は少なくて済んでいた。

また略取も禁じていないどころか奨励していたため、本国から物資の輸送を待たず現地調達することができた。


そのせいもあり、ナヴァラ公国は常に苦戦を強いられてきた。

以前の停戦では河を国境とすることで合意したが、それは完全に反故にされてしまって、河を突破され山がちな上流の北半分の地域は帝国軍が制圧してしまっている。

今は南半分の領土を守っている状態だった。

南半分は肥沃な平野で穀倉地帯でもあり、そこを失うと食糧生産に大幅に支障が出てしまう。


そんな最前線の街から少し南西に行った場所にルフ町があり、負傷兵を治療する施設がたくさんあった。

そこでデスデモーナは治療を主に行っていた。

敵の槍をまともに受けて瀕死の兵士の治療を杖をかざして行っていた。

何回かに分けて治療を行った結果、兵士は意識を取り戻し、数日で喋れるようにまで回復した。

その兵士からなにげなく最前線の戦況について話が出た。


「私も普段は騎士としてナヴァラ公のもとで戦ってきた。

今回当たった敵の兵団はロッシという傭兵上がりの剣士が率いていた。

何度も戦場に出てきたが、今回が一番きつかった。

見ての通り、あとちょっとで故郷の地を二度と踏めなくなるところだった。」


ロッシの名を聞いた時、デスデモーナの杖の動きが少し乱れた。

しかし、すぐに普段通りの穏やかな様子で兵士にねぎらいの言葉をかけると兵士を横にしシーツをかけた。

もう兵士の傷はほとんど治り、あとは体力の回復を待って再び戦場にいくだけだろう。


「実は私も昔、そのロッシという男と戦場で戦っていたことがあるんですよ。」


「え?そうなのか?

てっきり治癒専門の魔女なのかと思っていたよ。」


笑いながら女の顔を見ると先ほどと違って冷たく凄みのある目をしていた。


「戦いに疲れてしまって、しばらくは治療専門に切り替えたんですよ。

・・・でも、それも、もう終わりみたいです。」


「終わり?

ということは君も戦場に?」


「はい。そのつもりです。」


「そうか。では、私が最前線に戻る時よかったら一緒に行かないか?」


「ええ?!いいんですか?」


「ああ、もちろんさ。

あと1週間もしたら戻りつもりだ。」


「わかりました。それまでに私も戦闘訓練をやり直しておきます。」


「それがいいだろう。私の名はアントニオだ。君は?」


「私はデスデモーナと言います。」


「デスデモーナか。いい名だ。よろしくな。」


それから一週間後、アントニオは甲冑を着込み茶色の愛馬にまたがりルフ町の外れにいた。

そこへ杖と荷物を担いだデスデモーナがやってくる。

デスデモーナから荷物を受け取りあぶみに取り付けると愛馬を軽く蹴り走り出した。

デスデモーナは杖にまたがると精神を集中し足で地面を軽く蹴った。

その瞬間、空中に舞いあがり、アントニオと馬にあっという間に追いつき、追い越していった。


平坦な穀倉地帯の上空を風と共にあっという間に飛び、最前線となっているサンミカエロの街の門までたどり着いた。

サンミカエロの街は大河から西にだいぶ入った場所にある。

普段なら肥沃な平野に麦の穂が青々と茂っている時期なのだが、今は農地は耕作放棄され茶色い大地が広がっている。

その大地に木で出来た柵、塹壕がたくさんある。

特に街の城門から北は大河まで延々と柵と塹壕が続き、煙が立ち込め、死体が多数転がっている。


街は小高い丘の上北側に砦を築き、そこから城門が街を囲むように広がっている。

城門から北へ外へ出ると、3つのエリアに分かれてナヴァラ公国側が防戦を続けていた。


合流したアントニオとデスデモーナは今は最後の防御陣を守っている最中だと作戦会議室で説明を受けた。

アントニオは元々所属していた騎兵隊に戻り、デスデモーナは魔女部隊に所属することになった。

苦戦を強いられているため一晩休んだら明朝早く戦地に出陣することになった。


翌日の朝、太陽が昇り始めた頃、打ち鳴らされる銅鑼の音を合図に城壁から弓部隊が敵の騎兵隊めがけて一斉射撃する。

それがやんだ頃に城門からアントニオ達騎兵隊が槍を構え戦場へ駆けていく。

魔女部隊は上空から魔法で攻城器具を使っている敵を主に倒していくのが役目だった。

杖にまたがり空を飛びながら、攻城器具を運んでいる敵に先端を向けてごおごおと炎を浴びせていく。

敵兵と一緒に木でできた攻城器具は次々と燃えていった。


「・・・さすが正規の軍隊は違うわね。」


魔女部隊は30人ほどいたため、あっという間にほとんどの攻城器具は使い物にならない炭の塊と化した。

砦に戻ろうと杖の向きを横に向けた瞬間だった。


「あれは・・・!ロッシ。」


今回の戦いに参加した最大の目標である仇の姿を確認する。

電光石火の速さでそちらへ向かうと、おもむろに炎を浴びせる。

不意をつかれたロッシは避けきれず身体の上から燃え始めた。

しかし将だけあって周囲にいた部下がすぐ消火にあたり、逆に上空のデスデモーナに向けて何人もの弓兵が矢を射てきた。

多勢に無勢、勝ち目はない・・・そう思いかけた時、右脇から騎兵隊がやってきた。

次々と槍で敵を屠っていく。

デスデモーナの周りにもいつの間にか他の魔女部隊が加勢に集まっていた。

敵味方が入り乱れての大混戦だった。

自分と味方を狙う弓兵を見つけてはやられる前にやった。

ふっと視線を感じそちらを見やるとロッシとアントニオが戦い合っていた。

槍を持つ騎兵のアントニオと地上で剣をふるうロッシでは勝敗は明白だ。

馬の首を急旋回してきたアントニオの槍がロッシを捕えその身体をそのまま宙に持ち上げた。

ドドドドド・・・馬の蹄の音と土煙が盛大に上がる。

一瞬ロッシとデスデモーナの目があった。

その口の端は少し笑っているように見えた。


戦いは自軍の勝利となった。

敵の将が全員捕まるか倒されたためだ。

夕暮れ時、門を閉ざしたは広場でも家の中でも



夕暮れには城門が閉ざされ、サンミカエロの街は勝利の祝いに湧いていた。

広場にも道にも人が溢れ、踊ったり酒を飲んだりしていた。

デスデモーナは喧噪を離れ、先ほど自分たちが戦っていた城門の上にいた。

城門の石の上には倒された敵将の首が並べられている。

そのうちの一つ、かつての戦友だったロッシを見つけると開いていた目を閉じてやった。


「・・・お互い様だから謝らないけど安らかに眠ってねロッシ」


首が並べられている壁から少し離れた反対側の壁に背をもたれさせて座ると杖を空に掲げた。

鎮魂の祈りを唱える。

すると杖の先がボウッと光り、まるでシャボン玉のような丸い光が何個も出てきた。

それは祈りの言葉に合わせて空に上がっていった。


「驚いた。そんな綺麗な魔法もあるのか」


アントニオが隣に座った。


「・・・ええ。敵将に昔の仲間がいたから鎮魂の祈りをこめてね。」


瞳に影を落としながらデスデモーナが答える。


「そうか。こんな時代だ。

今日の友は明日には敵になってることも多いな。」


酒の匂いを漂わせながら明るくアントニオは笑う。


「私もあなたみたいに笑えるようになりたいわ。」


「おっと。皮肉かい?」


「・・・違うわ。素直にそう思っただけ。」


この胸の痛みが取れる日がいつか来ればいい。

暮れていく薄紫と赤い夕陽の混じった空の色を受けて輝く鎮魂の玉を見ながら、そんなことを考えた。

結局、隣でキラキラした目で自分を見るアントニオに、彼の殺した相手が戦友だったと言えずに、しばらく二人でその場に佇んでいた。



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魔女集会SS タナカアヤ @ayatem

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