魔女集会SS
タナカアヤ
第1話
ヒィーーーーーーー
イヤァアアアアアア
そこかしこで悲鳴と怒号が聞こえている。
谷の中の小さな村は運悪く戦に巻き込まれていた。
「何も非戦闘員まで殺さなくたっていいだろうに・・・」
そんなことをひとりごちながら杖を奮って味方の兵士の傷を癒している。
そこへ敵兵がやってくる。
「おお。こんなところにいい女がいるじゃねえか。
へへ・・・ちょうどいい・・・」
(相手しな)
そう言い終わるまで口を動かすことができなかった。
女性が杖をかざすと敵兵の身体は勢いよく燃えだしたからだ。
「デスデモーナ危なかったな。ありがとう。
もう俺も戦える。」
それまで治療を受けていた男が立ち上がると向かってくる敵と戦い始めた。
男は20代後半ぐらいだろうか。整った顔に鍛え上げられた肉体を持つ。
茶色い髪は短く整えられており、顔と身体には傷痕がチラホラ残っている。
「よかったわ。ロッシ。
あまり無茶しないでよ。」
そう微笑むとデスデモーナも違う敵を杖で燃やす。
燃やされた家のそばに無傷の家が残っていた。
敵が潜んでいる可能性もあるため、家の中を慎重に調べることにした。
玄関を開け、廊下を進む。
部屋数も多く大きい家だ。
今はその家の住人だったと思われる遺体が何体か転がっている。
(多分それなりの力のある人がいたんでしょうね)
そんなことを考えながら突き当りにある部屋の扉の前で中の音に耳をこらす。
女の話し声が聞こえる。
「・・・坊や。あんた可愛いねえ。
そんな怯えなくていいからさあ。
おねえさんといいことしようよ?ええ?」
扉を開くと敵の女兵士が短剣で少年を脅しているところだった。
呪文を唱えながら杖をかざす。
女兵士は目の前の少年に夢中でこちらに気が付かなかったらしく勢いよく燃えだすと「熱い熱い!なんだこれえ?!」と叫びながら床を転げ回った。
「大丈夫?ぼく」
肩まである金髪の少年は怯えを浮かべた青い目でこちらを見ている。
足の力が抜けて座りこんでいるため、手を差し出した。
「怖がらなくていいわ。私は何もしないから安心して。」
微笑みながら目を見て言うと少年はおずおずと手を握った。
少年の手を引いて立ち上がらせる。
まだ力が入らなかったのか少年は転びそうになった。
「私はデスデモーナよ。あなたは?」
「・・・あ。ぼくはケビン。」
「ケビンね。さ、いきましょう。
いつまでもここにいては危ないわ。」
ケビンは一つ頷くとデスデモーナの後からついてきた。
外に出てみると自軍の勝利は確実なものとなっていた。
途中でロッシに会った。
「デスデモーナ!無事だったのか。よかった。
おや、その少年は?」
「この子はあの大きい家で敵に襲われてたの」
「・・・ぼくケビンといいます」
「そうか。ケビン。
俺はロッシだ。よろしくな。」
その後所属してる軍団長にケビンのことを伝えると結果的にデスデモーナが面倒を見ることになった。
「・・・ふぅ。
今回の戦いも疲れたわね。」
デスデモーナは天幕に戻ると椅子に腰かけ水を飲み、ケビンにも水を投げて渡した。
「あ、ありがとうございます。」
「見て分かるかもしれないけど、私は魔女なの。
魔女として、この軍に所属して戦ってるけど、まあ、いわゆる傭兵みたいなものね。」
「そうなんですか・・・」
ケビンは喉が渇いていたのだろうあっと言う間に水を飲みほした。
と突然泣き出してしまった。
「おとうさんも・・・おかあさんも・・・おにいちゃんもみんな死んじゃった」
最後のほうは言葉になっていなかった。
そんなケビンをデスデモーナはしばらく見守っていた。
翌日、ケビンを連れて遺体を埋葬した。
きっと、こうしたほうが、この少年にとって現実を受け入れやすいだろうから。
他にも村の生き残った者が近親者を埋葬していた。
休息もかねて1週間ほど滞在した後、その町をあとにした。
生き残った者の一部は村の生活を捨て、軍隊に加入した。
家族や身寄りが全ていなくなった者達ばかりだった。
ケビンもその一人となった。
村を去る時、ケビンは俯いたまま一度も振り返らなかった。
もしかすると泣いていたのかもしれない。
傭兵として様々な戦場を駆け巡る傭兵団の一員となったケビンは最初のほうは炊事や洗濯などを手伝っていた。
しかしずっとそんなことをやっているわけにも行かず、デスデモーナから魔術を習い始めた。
「そうね。最初は治療をできるようにするといいわ。一番簡単だし。」
寝台には背中を負傷した男性が寝ている。武器は内臓までは貫通していないため傷は浅いものだ。
ケビンがその傷に杖をかざし、呪文を唱える。
白い光が傷を包み、しばらくすると傷がふさがり血が止まった。
「・・・ふぅ。これだけでもすごく疲れました」
「ふふっ。そうでしょうね。私もそうだったわ。」
忙しい毎日の中、戦いに巻き込まれ死んでいった家族のことを思い出すこともなくなったように見えたが、それでもケビンは時折
どこか遠くを見つめていることがあった。
あれから10年ほどが過ぎた。
山々は木々が色づき、落ち葉が静かに地面に落ちている。
静かな山間の谷にある川のほとりで傭兵団は雇い主の他の部隊と一緒に野営をしていた。
談笑をしながら火を起こした周りに集まり、酒を飲んだり川で釣った魚を焼いて食べていた。
まさか誰もそこへ敵がやってくるとは思っていなかった。
馬でやってくると振動でばれてしまうため敵の歩兵が山の木々の間から音もなく忍び寄ってきた。
ヒュン・・・
ヒュン・・・
敵の弓兵が射た矢が談笑していた傭兵団の一人の背中に刺さり、倒れる。
「おいっ!どうした?!」
「矢が刺さってるぞ!敵襲だ!」
酔っぱらって既に天幕で眠っている者も多く武器を慌てて取り応戦するも当然のことながら、あっという間に劣勢になった。
デスデモーナとケビンも静かに外れの天幕で寝ていたが、騒ぎに気が付き杖を手に外に飛び出す。
そこかしこで、まともな防具をつけていない仲間が次々と倒されていく。
そこへ見たことのある顔がやってきた。
「ロッシ・・・!よかった無事だったのね。」
デスデモーナが喜んで駆け寄ろうとしたががケビンがそれを手で制した。
「どういうこと?」
「彼の周囲をよく見て」
ロッシの周囲には見たことのない兵隊が群がってニヤニヤ笑っていた。
驚きと非難の光を目に浮かべてデスデモーナはロッシを見る。
「敵から正規の軍を率いる隊長として引き抜かれたんだ。
いつまでもこんな傭兵稼業をやっていられるわけでもないだろ。」
俯きながらロッシが言った。
周りの兵士達が二人をめがけて襲い掛かってきた。
それをデスデモーナが炎をぶつけて燃やす。
「だからって、これまでの仲間を見捨てるなんて・・・。」
顔が怒りに染まっている。
周りの兵士は雑魚の集まりだがロッシは違っていた。
デスデモーナの言葉など聞こえないかのように鋭い剣先が切りかかってくる。
「・・・っ!!」
右腕の上腕部、左わき腹、次々に赤く切り裂かれていく。
「デスデモーナは他の兵士をお願い。
ロッシは僕がやる。」
見ていたケビンがそう言うと二人の間に割って入った。
ケビンの目に浮かんだ決意を見て頷き、他の兵士へと向き合う。
どのぐらいの時が過ぎただろう。
何人を燃やしたのか分からないが、ようやく敵兵がやってこなくなった。
気が付くとケビンとロッシの姿が見えなくなっていた。
「ケビン!どこ?どこなの?」
声をあげて探しにいくと野営地の外れの川のへりに倒れたケビンがいた。
ロッシの姿は見えない。
「ケビン!大丈夫なの?!しっかりして。」
わき腹を深く切られとめどなく血が流れて、川の水が赤く染まっている。
ぐったりとしたケビンを抱きかかえ川から引き上げる。
「ちょっと待ってね。今、治療するから・・・。」
急いで杖を傷口にかざそうとするとケビンが止めた。
「・・・もう、いい・・・よ。
ぼくは・・・もう・・・長く・・・ない」
「・・・あ・・・」
そう分かっていた。彼の血はあまりに多く流れてしまっている。
傷口は塞いでも流れた血は戻らないのだ。
デスデモーナの顔色がみるみる青ざめる。
「はやく・・・逃げて・・・
ぼく・・・あなたのことが・・・好き・・・だった」
「なに言ってるの?私も好きよ?」
「ちが・・・そういう・・・好き・・・じゃない
最後に・・・お願い・・・」
「なに?なんなの?」
「口づけして・・・ほしい・・・んだ・・・
ぼく・・・そういうの・・・まだ・・・だった・・・から」
涙が止まらない。
デスデモーナは泣きながらケビンの冷たい唇に自分の唇をそっと触れさせた。
「私も・・・あなたを好きだったわ・・・ケビン」
それを見てケビンは弱々しく微笑んだ。
「・・・もう・・・行って・・・ここにいたら・・・危な・・・」
少年は最後まで言うことなく、途中で頭は力なく落ちた。
デスデモーナの頬に涙があふれる。
懐から短刀を取り出すとケビンの柔らかい金髪を一房切り取り、布に包むと革製のポシェットの中に入れる。
固くなりつつあるケビンの身体を抱きしめる。
涙を腕でぐいっとぬぐうと立ちあがり呪文を唱える。
”―汝、炎の同胞よ
今ここに炎の王との契約によりて
我は命じる
その身もて焼き尽くせ―”
杖の先をケビンの亡骸に向けると勢いよく炎がほとばしりケビンの身体がパッと明るく燃え始めた。
その鮮やかな炎が、美しかった少年の身体を燃やすさまをしばらく眺めていた。
近くの木陰から視線を感じ、そちらを見るとロッシがずっとこちらを見ていたようだ。
何か口を動かしたが、すぐさま踵を返し、闇へと消えていった・・・。
(すまなかった)
おそらくそう言ったのかもしれない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
デスデモーナは次の戦場でロッシの姿を見たら真っ先に自分の手で仕留めようと思っていた。
まだ燃え続ける哀しい少年の遺体を背にロッシと逆の方向を目指した。
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