27.「決断をしろ」
「それ、どうにもならない?」
「どうにもならん」
眞山と郷山さんと、プログラマが集まる島の周り立ったまま、俺は頭を抱えた。
α版提出まであと1カ月を切ったこの日、寝坊のために定刻から2時間遅れて出勤した俺に、眞山が開口一番、「致命的な問題が発覚した」と声をかけてきたのだ。
それまで、バタバタと走りまわってはいたが、開発はそれなりに順調に進んでいた。
実装をしていく中でスケジュールに遅れが生じたり、または前倒されたり、時には実装の順番を入れ替える、などということが常に発生した。俺はその都度、Excel方眼紙のスケジュール表と首ったけになり、スケジュールの組み換えというパズルを解いていった。昨日も、遅くまで眞山と一緒にディスプレイを覗きこみ、スケジュールの組み換えを行ったところだった。
情報収集と、問題の発見、会議のセッティングと議題の整理、スケジュールの組み換え――ディレクター、ないしはプロジェクトマネージャーと言えば聞こえはいいが、その実態は究極の裏方業務だとも言える。とにかくそれだけに徹することで、プロジェクトはスムーズに進んでいたはずだったのだ。
もちろん、このまま最後までいくとも思ってはいなかったが――
「……だからって、この締め切り直前にそんな」
「そういうもんだって、こういうのは」
「お祓いにいっておくべきだったなぁ」
プログラマという人種は、理系に見えて案外信心深く、オカルトやジンクスというものを非常に気にするところがある。大規模なプログラムを構築していくと、その挙動が上手くいくかどうかは「もはや理屈じゃない」んだそうだ。
まぁ、「如何に災害が降りかからないか」という話は確かに、プロジェクト全体に影響のあることでもある。どれだけスムーズに進めても、不慮の事態というのは起こるのだ。
今回降ってわいた「災害」というのは、開発の基本システムとして使っている「Zエンジン」がバージョンアップされる、ということだった。
「具体的には、3D描画機能が大きく変わる。今までバトルシーンのエフェクト表現に使ってたプラグインが、使えなくなる」
「……で、そこだけ大きく作り直し、と」
今回、開発のベースとして使っている「Zエンジン」はスマホアプリでのゲーム開発に特化しており、開発の内容にあわせて多様なプラグイン(拡張機能)が提供されている。特に3Dグラフィック演出に関するものは、こうしたプラグインを導入することによって表現が多彩になる。
これらプラグインはサードパーティ製――つまり、Zエンジンの開発元以外の企業や個人が提供しているものも多い。Zエンジン側のアップデートによって、不具合が起こるリスクは元々、あり得るものではあった。
「だからって、そんな基本的なところから変えんなよ……」
「iPhoneの新機種に対応するためだろうな。仕方ないといえば仕方ない」
ハードウェアやプラットフォームの都合に振り回されるのはゲーム屋の宿命ではある。俺は気を取り直して、考えを巡らせた。
「……作り直しにはどれくらいかかる?」
「なんとも言えない。アップデート後の仕様を見て検証してみないと。ただ、元々2カ月くらいかかってるところではあるからな……」
「他のプラグインを載せ換える、ってのは?」
「それもわからないな……可能性は低いと思う」
「……Zエンジンをアップデートせずに使い続ける、ってのはだめ?」
「……なくはないけど、もしかしたらセキュリティに問題が出る可能性があるかもしれない。や、わからんけど……」
様々な可能性を模索するが、結論が出ない。俺は「ちょっと考える」と言って自分のデスクに戻った。
「ヤバいっすねwwwwここに来てこんなwwwwww」
隣の席の阿達が草を生やしながら声をかけてきた。
「いや参ったわ。まともにやってたら1カ月の遅れじゃ効かないぞこれ」
「そしたら赤字確定っすねwwww俺らクビですかねwwwwww」
「……こんな会社に未練はないけど、赤字は悔しいな」
「同感っすwwwwww」
俺は先ほど眞山と郷山さんから聞いた話を整理するために、テキストエディタを開いた。やっぱり、書きながらというのは思考の整理に有効だ。
箇条書きにしながら項目を書き出していき、メリット、デメリットを整理して選択肢を――
「……情報が足りないっすねwwwwww」
それを後ろから見ていた阿達が言った。俺は振り向いて阿達に尋ねる。
「……意思決定ができない場合、その原因はなにか?」
「ディレクターが優柔不断だからwwww」
「……ではなく?」
「……情報が不足しているからっすwwwwwww」
「正解。前に確か話したよな」
俺は情報を整理したテキストを見ながら、穴の空いたところを埋めにかかる。
まずは比良賀さんに電話。
「……というわけで、α版の要件には間にあわない可能性がありますが、了承はいただけますでしょうか?」
『わかりました。その部分だけ契約内容から外せるかどうか、聞いてみます。その代わりに、β版の予定だったものを先に入れられるものってありませんか?』
「確認します」
電話を切った後、デザイナーチームのところへ行って当該個所のデータ製作の手順について質問する。データの作り方と、それをどのように書き出し、プログラマに渡しているか、そして――
「……ん? ということは、別のデータ形式が使える?」
「それは問題ないよ。データ書き出しする時の設定を変えるだけだから」
俺はその足でプログラマのところに行き、その場合について質問する。そして何人かを集めて、いくつかの方法について検討をした。Zエンジンのアップデートをしなかった場合にどうなるか、とういことについても、詳細な情報を郷山さんに集めてもらう。
集めた情報を元に、テキストファイルの空き項目を埋めていく。すると、いくつかの選択肢が浮かび上がった。
---------------------------------
A)機能自体の作り直し ⇒コストは高く、スケジュールは遅れる。他の開発項目を犠牲にしなくてはならない。
B)別の方法での実装 ⇒コストは半分で済むが、ゲームの処理速度が落ちる。
⇒A)でもB)でも、α版での機能実装は間にあわない。要件の調整の必要あり
C)Zエンジンのアップデートを無視 ⇒サーバー側にデータを保存する際のセキュリティに高確率で穴が生まれる。推奨はできない。
---------------------------------
あわせて、各方策のメリット・デメリットについても具体的にどれくらいの影響があるかをまとめつつ、α版の納品物として他に入れられるものを探す。
「……こうなると、うちとして取りたいのはB)かなぁ」
「処理速度が落ちるのを、伊佐崎さんがどう言うか、って感じですね」
この問題は次の会議の議題となり、こちらが提案したB)案に伊佐崎はあっさりとOKを出し、比良賀さんがそこに条件を付け加えた。
この部分の完成はβ版に持ちこされ、残りの部分を完成させてα版のROMは完成、提出された。
そして、プロジェクトは次の段階へと入っていく。
β版完成まで、あと5カ月。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます