26.「社内全体定例は大変だ」
定常で行われる会議は伊佐崎たちとの会議だけではない。
社内全体定例会議は月曜日の午後に設定されていた。
これもまた、旧プロジェクトではいつの間にか廃止されていたものだった。明確に廃止した、というより、プロジェクトがグダグダになる中でいつの間にか人が集まらなくなった、という感じだったらしい。リーダーもいないままだったし、仕方なかったのかもしれない。
「……では今週の全体定例やりまーす」
開始時間から5分ほど経過して集まったプロジェクトの参加スタッフ・総勢40名。大会議室の椅子には座りきれず、何人かは立っている。あまり長引かせると疲れてしまうだろう。
「まず先週の状況についてですが……」
はじめに、俺から皆に対して、主に伊佐崎と発注元企業の動向について話をする。先週行われたプロデューサーチェック、クリエイティブチェックの結果もここで報告をする。
「まぁ、なにしろ向こうは向こうで大変らしいですよ。知ったこっちゃないけどね。とりあえず、スケジュール通りに進んでるので、今んとこはデカい顔してていいです」
硬くなりすぎず、なるべく明るく、軽く、俺は話をした。すべて、この次に行われることのためだ。
「……そんじゃ、各セクションごとに進捗の報告をば」
そう言いながら、俺はディスプレイに会議のアジェンダを映した。
そこには、事前に各セクションから報告された先週分の進捗報告が書かれている。
「会議のアジェンダ(議題)を事前に報告し、全体の会議でそれを読みあわせする」――こうした手法は、ビジネス書やらなにやらでもよく語られていることだ。一見すれば二度手間である。ぶっちゃけた話、ただ真似をしても本当に二度手間なだけで、「会議は時間の無駄」だと言われるのにも無理はない。
コツがあるのだ。プロジェクトの全体の進捗定例には、コツが。
「……3Dのこの辺りのモーションについては、こうした事情で確認に手間がかかり、遅れが出ています」
デザイナーチーム・3Dモーション班がそうして報告を終えた。なるほど、遅れているのか――って、それをそのまま見過ごしては意味がない。
「……その手間がかかるってやつ、なんとかする方法ってない?」
「ツールの都合があるので、どうしても……」
「あ、それなら」
郷山さんが口を開いた。
「こっちでツールを作ろうか? 一括でデータを書きだして、チェックができるようなやつ」
「あ、そういうのがあると助かります」
「え、でもプログラマの方が忙しいんじゃ」
「いや、実はそれフリーで提供されてるライブラリがあるのよ。すぐにできるからやるよ」
――プロジェクト全体で会議をやる意味。それは、お互いの持つ知識を提供し合うことに他ならない。プログラム側で解決できるデザインの課題、デザインで解決できるプログラムの課題――そうしたものを「発見」するのが会議の意味だ。
それぞれの進捗報告を見ながら、「よりよい方法」などを話し、前向きにプロジェクトを進めていく。決して、上手くいかないところを叱責するためではない。
だからこそ、和やかでリラックスした雰囲気で進めた方がいいのだ。その方が意見が出やすくなる。
まぁ、たまには「……気合いでなんとか」という結論になるものもあるが――
「……で、シナリオパートの方はこれで問題なく進んでいます」
進捗報告が進み、プログラマチームの報告のひとつに、俺は違和感を感じた。
「ちょっと待って……そこのところって、本当に大丈夫?」
「……というと?」
「いや、それって確か、伊佐崎さんの方から追加の要件来てたじゃない? 先週の……」
「あ、あれは確定なんですか? デザインチームで検証するって言ってませんでしたっけ?」
「いや、こっちとしてはプログラム側からのトリガー待ちってなってるッスけど……」
――行き違いだ。危ないところだった――
「隠れた問題」を「発見」することが重要だ、ということは、マネジメント論の教科書でもよく語られていることだ。だが、「どうやったら発見できるのか」ということについては、「スタッフの言うことに耳を傾けろ」とくらいしか書かれていないことも多い。
スタッフは課題を隠そうとしているわけではない。本当に気がつかないからこそ、「隠れた問題」なのだ。個人的な意見だが、そういう課題を発見するのはデザイナーのデザインセンスなどと同様、プランナー・ディレクターという職種の特殊スキルだと思う。つまり、才能が大きくものを言う。
プランナーやディレクターという仕事の才能とはなにか。
それは「視点を変えてみる」ことだと思う。
彫刻家が自分の作品をあらゆる角度から見て精度を高めていくように、ある物事について演出視点、プログラム視点、マーケティング視点など、あらゆる角度から考えることができる。
プログラムを知らなければ勝負にならないとか、学校でプログラムを必修科目になどという意見もあるが、それよりもこの「角度を変えて物事を考える」という訓練をこそ、した方がいいと思う。
そういう訓練をしていればこそ、「プログラマの視点」からのみ語られた事に対して「違和感」を感じることができる。
俺が勝負できるのはこのスキルだけだった。そのために、とにかく情報を集めた。
全体進捗定例は30分で終わる。
みんなが会議室を出ていったあと、俺はそのに脱力してしまった。
疲れた――毎回の会議は、恐ろしく集中力を使う。
「お疲れッス」
かけられた声に顔をあげると、菜月が会議室を出かけたところでこちらを見ていた。
「……終わったら、飯でもいきましょ」
菜月はそう言って会議室を出た。
俺はひとつため息をついて、ノートPCを閉じて立ち上がった。
α版完成まで、あと1カ月。
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