25.「アートディレクターです・リベンジ」

 Redmineのステータスに「ディレクターチェック」という項目を作り、俺が全部チェックをする――という案もあったのだが、それはやらないことにした。


 「自分が極力手を動かさない」ようにするためだ。


 その代わり、暇さえあればプログラマ、デザイナーそれぞれのデスクに行き、様子を見て話を聞くようにする。


 そして、社内で行われるミーティングには全て出席し、自分で情報を集める。


 誰かが立ち話をしていてもすぐに顔を突っ込みにいく。


 その上で、眞山とミノさん、宮谷くんとの「リーダー会議」は毎日行うようにした。


 自分が「やらなければならない」ことは極力手放し、その代わりに各ワークフローの隙間を埋めるために立ちまわる――それが正しいやり方かはわからないが、経験の浅いスタッフが多い中でその時にできる、最大の工夫だった。


 慌ただしくはあったが、開発が回り始めていた。


 仕様書を突き合わせて、担当プランナーと担当プログラマが打ち合わせ(ここには俺も同席する)、課題箇所があればプランナーがそれを仕様書に反映しつつ、プログラマは大枠の実装に入る。追って仕様書が修正されたことを、Redmineのチケット更新によって共有する。


 その中で検討するべき箇所が見つかれば、「技術的課題」と「クリエイティブの課題」に切り分けられ、俺のタスクとなる。「技術的課題」とされたことは社内でプランナーとプログラマを集め、解決策を検討する。「クリエイティブの課題」とされたことは比良賀さんに判断を仰ぎ、伊佐崎と調整をしてもらう。


 クリエイティブの課題は、会議のときまで寝かせずに極力すぐに投げるようにした。すぐに解決すればそれはそれで問題ないからだ。それに、週に二度設定された発注元との定例会議には別の目的があった。



「……では、本日の進捗定例を始めますが」



 まずは火曜日。これは「進捗定例」。



「えーと、今週の進捗ですが、まずは実装スケジュールの消化の進捗について……現状、バトル関連については前倒しで実装が進んでいます。しかしこちらのメニュー画面等に関しては……」



 会議室の大きなディスプレイにスケジュールを表示しながら、俺は説明をする。



「で、確認しておきたいのが以下なのですが」



 「クリエイティブの課題」として集められたタスクをここで展開する。比良賀さん経由で伊佐崎には伝わっている内容だ。



「そうそう、この件について、ちょっと思ったんだけどね」



 そう言って伊佐崎が、資料をテーブルの上に広げた。



「……こういうUIの見せ方にできないかな?」


「菜月、どう?」


「うーん、ちょっと作り直しは入るッスけど、出来なくは……」


「スケジュール的には……実装は少し先だし、なんとかなるかなぁ」



 事前に材料を持ち寄って会議に臨むことで意思決定がスムーズに進むのは、これまでにやっていた企画会議などと同じだ。仕様書ではわからない細かいすり合わせなどをしていくプロセスである。


 「プロデューサーチェック」が必要なものも、ここで確認が行われ、それを含めると会議は3時間近くにも及ぶことが多かった。



 もうひとつの会議は木曜に行われる。これは「アート会議」。


 登場するのはアートディレクター・池下。


 これについては、比良賀さんとも相談してこちらから要求をしたものだった。


 細かく貼りついて手取り足とり指導されては、進むものも進まない。出来た成果物について、このアート会議の場で伊佐崎も含めて確認をすることで手戻りを減らそう、というわけだ。


 ミノさんと菜月が、完成した3DCGモデルやUIデザイン、キャラクターのデザイン画などを次々と展開する。それに対し、池下と伊佐崎が修正指示などをしていく。それだけの会議なのだが、これは進捗定例以上に時間がかかった。



「このキャラのこの髪の毛のデザイン、別のパターンはないかな? たとえば帽子をこんな感じで」



 池下が言い始める。きた、と俺たちは視線をかわす。



「うーん、それじゃそれも作ってみますか……」



 ミノさんが腕を組むところへ、俺は口を挟む。



「こちらの3Dモデル製作開始はもう来週です。次で決めていただけるならいいですが……」


「……それに、ポリゴン数とテクスチャ的には、あまり頭部にさけないのもあります。左右非対称デザインも避けたい」


「どうしますか? 伊佐崎さん」



 比良賀さんが話を振る。伊佐崎はめんどくさそうに携帯を弄っていたが、顔をあげる。



「それなら別にいいんじゃねぇか? 全体の世界観に影響はないし」


「そうっすね。問題ないと思います」



 間髪いれず、池下が熱い手のひら返しを決めた。



 旧プロジェクトでは、紛糾しがちな全体定例が「無駄」だとして廃止され、各担当セクションの担当者ごとに打ち合わせが行われていた。


 それを本来の形に戻しただけだ。成果物は全員が見ている中でチェックをし、スケジュールやプログラマ視点もあわせて決定を行う。


 週に2回、3時間程度の会議で済むのなら安いものだ。



 俺はオフィス内を飛び回り、次の会議に提出するネタを集めるのに奔走していた。


 α版完成まで、あと1カ月半。

 

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