17.「あなたとだけ話をする」

 翌日、俺にとって初めてのDMプロジェクトの会議。


 仕切り直しになるということで、こちらは俺と橋多さん、そして宮谷くんの3人。そして先方は各部門の担当者がぞろぞろと出席してきた。



「こちらが、ディレクターを引き継ぐことになった……」


「どうも、はじめまして」



 橋多さんに紹介される形で、名刺交換。伊佐崎は俺の刺し出した名刺を片手で受け取り、俺の顔とそれを見比べるように目を動かした。



「おたく、今までなに作ってたの?」


「3DSのダウンロードゲームとか、最近はアプリのこういうのとか」


「ああそう」



 伊佐崎は興味なさげに応えた。一応訊いた、という風だった。



「なんなら今回は俺がディレクションやろうか、と思ってたんだよね。前にやったあのタイトルの時は……」



 そこから30分近く自慢話を聞かされたあと、他の担当者の意見を聞いてその日の会議は終わった。


 とりあえず、来週までにプロジェクトの基本的な方針を決めなければならない。各担当者から述べられた曖昧かつ自己中心的な意見をとりあえずテキストファイルにメモし、俺はノートPCを閉じた。



「大変なタイミングでディレクターになりましたね」



 唐突に声をかけられ、俺は背中をびくっとさせながら振り向いた。


 そこに立っていたのは丸顔の男。確か、伊佐崎の下でプロデュースチームに所属してる、比良賀、とかいう――


 会議に参加していた他のメンバーは皆会議室を出ていたが、比良賀だけ残っていたのだ。



「……まぁ、なんとかしますよ」


「そうですね。なんとかしないといけませんね」


「……」



 俺は比良賀の顔を見た。わざわざこのタイミングで個人的に声をかけて来たこの男――年齢的には俺よりも少し上の世代、といったところだろうか。会議の場でもほとんど発言をしなかったこの男が、一体どういう意図で声をかけてきたのだろう。



「……なんでこんなことになったんでしょうか?」



 比良賀が問いかけてきた。相変わらず柔和な顔ではあるが、その目は笑っていなかった。


 俺は口の中で慎重に言葉を選び――その問いに答える。



「……誰も責任を取らないから、かな」


「誰が、ですか?」


「誰も、ですよ。誰も」


「……責任は、どうやって取りますか?」



 ――比良賀はもはや、真剣そのものの顔になっていた。かといって、敵意を向けているわけではない。


 俺は息を呑んだ。比良賀の言いたいことはわかる――ここは慎重に答えなくてはならない。



「……会社が不祥事を起こしたとき、経営者が辞任するのはリスクがあるからです。世間に対して示しをつけることで、株価に影響も出る。そのリスクを引き受けるから、経営者には高給が支払われる。でも、僕らみたいな一介の会社員ではそうもいかない。辞めたところで周囲が迷惑するだけです」



 俺は田山の顔を思い浮かべた。あいつの責任は重大だが、辞めたところでなにかが変わるわけではない。


 比良賀が応じる。



「それなら……僕らの責任の取り方は?」


「最初からなにも起こさないことですよ。それがディレクターの覚悟ってもんです」



 俺の答えを聞いて、比良賀は笑った。



「あなた、上から評価されないタイプでしょ?」


「そうはっきり言われると……」



 俺も苦笑いで応じた。


 * * *


 その日の夜、俺は比良賀さんと食事に出かけた。


 酒の入らない、至って普通のファミレスでの食事。そこで、比良賀さんは俺にDMプロジェクトの状況をいろいろ話してくれた。これまで書き記したことには、比良賀さんから聞いた内容も多い。


 発注元企業はそれなりに大きなメーカーで、組織が縦割りになっているためにそれぞれの担当者同士の連絡がほとんどないこと、今回の総責任者の伊佐崎でも、それぞれのセクションの状況は把握していないこと。そして、それでも気に入らないことには怒鳴りつけたりする伊佐崎に、みんな気を遣って余計に風通しが悪くなっていること。



「……自分に気を遣わせることで相手をコントロールする人っていますよね」


「まぁ……僕からは言いづらいですけど、そういうことです」



 何杯目かのコーヒーを飲みながら、俺は思案していた。まずしなければならないことは――



「……比良賀さん」



 俺はコーヒーカップを置いて身を乗り出した。



「それじゃ俺は、あんたとだけ話をします。そちらの会社側の仕切りをお願いしてもいいですか?」



 比良賀さんはニヤリと笑い、メロンソーダをすすった。


 DM2版、リリースまであと12ヶ月。

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