15.崩壊

 β版の開発は、ある意味で淡々としたものだった。 


 スタッフが大急ぎで募集され、派遣も外注出向も中途採用も合わせて、とにかく人員がかき集められた。


 この時期に採用されたスタッフは、給料も高めだったようだ。中堅クラスがかなり抜けたことでなし崩し的にリーダー格となった眞山は、「俺より給料のいい人間に指示出しするとかあり得ない」と何度もボヤいていた。


 プログラマ、デザイナーとあわせて、プランナーも集められた。カードイラストの発注やシナリオスクリプト、その他雑務など、現状のチームだけでは手の回らないところも増えてきたからだ。


 しかし――その能力は玉石混交だったと言わざるを得ない。


 即戦力の経験者を中心に集められたはずが、中には素人同然の人間もいた。そのフォローにもまた、手を取られることになる。


 しかし、



「仕様が出来てないのに定時で帰るプランナーより、素人の方がましだ」



 ――そんなことを聞えよがしにいうスタッフもいた。


 この頃にはすでに、プランナー陣とデザイナ-、プログラマ間の目に見えない溝は取り返しのつかないものになっていたのだ。



「いいから仕様書用意しろっつってんだろ!」


「また変わんのかよ! もう死ねよお前ら!」



 そんな怒号が、昼間から堂々と叩きつけられた。


 そんな罵声にも宮谷くんは黙っていたが、一度だけ口を開いたことがある。



「……俺たちがなにもしてないと思ってますか?」



 その言葉にプログラマたちは一瞬、口をつぐんだ。


 もはやこのプロジェクトは、なにが悪いのかもわからなくなっていた。



 ・プランナーたちがレポートなどを含めて会議をする。

  時には飲み会の場でなにをするかが決まる。

  ↓

 ・プログラマにそれを伝える。

  すると、既存仕様との不整合点や技術的な問題などが発覚する。

  ↓

 ・プランナーたちが次の会議の場でそれを伊佐崎たちに相談する。

  すると別のアイデアを提示される

  ↓

 ・既存仕様との不整合点が発覚する……



 というループが延々と続き、瞬く間に数カ月が過ぎていた。


 その間、デザイナー陣は、変更し続ける仕様にあわせてひたすらUIデザインを作り続けていた。


 3Dモデリングチームもまた、池下のチェックに延々と挑むためだけの仕事をもう、1年近く続けている。完成したのはメインキャラクターと召喚獣の他、敵モンスターが数体。そうやって完成したものにも、後から細々と修正が入った。


 自分たちがなにをやっているのか、わからないまま、全員が全員、人の指示どおりに動くだけの日々が続いた。


 伊佐崎たちは伊佐崎たちで、焦りもあったのかもしれない。しかし、彼らに現状をどうにかする知識も力もなかったのだろう。


 この頃、俺は俺で自分の担当プロジェクトが大詰めで、眞山や菜月などDMプロジェクトに参加しているスタッフともあまり話す機会がなかった。


 だから彼らの本音のところはよくわからない。


 それでも、あの事件が起こったのは、結果から言えばそんな閉塞感を打ち破ってくれることになったのかもしれない。



「……ない、ってどういうことですか?」



 プランナーの社内定例会議の場で、宮谷くんがした報告に対してマネージャーが言う。



「……シナリオがありません。これから発注をする形になります」


「それぇ~、伊佐崎プロデューサーがなかなかプロットを決めてくれないもんですからぁ~」



 話はこうだ。


 なんだかんだ言いながらも、ゲーム全体の流れがかなり出来てきていたところで、「シナリオシーンを実装しよう」ということになった。


 システム自体は仮のものが出来ているが、肝心のシナリオがないので、これまで適当なテキストデータを入れていたのだが、そこに本来のシナリオをちゃんと入れたい、ということになったのだ。


 シナリオの発注に関しては、伊佐崎の用意したプロットに従い、社外のライターを用意することになっていた。田山が「知り合いに頼めるところがある」ということでその仕事を引き受けていたのだが――



「俺も忙しかったしね~、それに、ゲームもまだ固まってなかったし、仕方ないっしょ」



 10か月あったβ版の期間も、半分以上を消化し、すでに残りは4か月ほどになっていた。


 シナリオシーンは文字だけのことではない。


 シナリオの内容に従い、キャラクターの立ち画やカットイラスト、背景、場合によっては3Dキャラのモーションなどもすべて、シナリオに従って作っていく必要があるものだ。


 もう、出来てなければいけないはずのものが――発注すらされていないという事実。



「まぁ、これから大急ぎでやりますよ。大丈夫、大丈夫!」



 田山がへらへらと受け答える。



「……それじゃぁまぁ、急いで進めてもらって。誰か人が必要ならつけるようにかけ合うから……」



 マネージャーが顔をしかめつつも、話を先に進めようとした、その時。



「……プロットなら半年くらい前に出来てましたよね」



 口を開いたのは宮谷くんだった。



「……え?」


「伊佐崎さんたちにも催促されてたでしょ? シナリオどうなってますか、って」


「……」



 宮谷くんは無表情なまま田山の方を見ながら、続ける。



「田山さんの知り合いの、超絶仕事の早いシナリオライターさんって誰なんすか? 田山さんの言うことならなんでも聞くんですよね? なんで半年も放置してるんですか?」


「おい、宮谷……」


「っていうか、あなたなにか仕事しました? 報告も会議もほとんど俺がやって、あんた飲み歩いてるだけだろ?」



 無表情な宮谷君の感情が、徐々に昂ぶっているのが流石にわかった。田山は目を泳がせ、マネージャーは二人を交互に見比べていた。宮谷くんが再び、口を開いて息を吸い込み――



「……まぁ、過ぎたことは仕方ないから、その辺りは俺が引き取るよ。後少しだし、なんとかしよう」



 ――と、横から河原さんがとりなした。


 宮谷くんはそこでまた黙りこんだ。


 マネージャーがなにごともなかったかのように、定例会議を続けた。


 * * *


 しかしその後、田山はあっさりとディレクターを降板することになる。


 開発しなくてはいけない機能の一部について、人員の抜けた社内だけでは間にあわない、ということで外部の企業に外注をしていたのだが、それが納品されたのだ。


 その企業は田山の知り合いの企業だ、ということで紹介されたのだが――あがってきたプログラムは、中身が空っぽだった。


 UIなどの外見だけつじつまをあわせ、中身は基本設計を丸ごと無視してただ見た目だけそれっぽくなっているハリボテ――数か月かかって、納品されたのがそれだった。


 後から聞いた話だが、発注先の企業はWebなどを中心にやっているところで、ゲームはガラケーのパズルしか作ったことがなかったらしい。


 要は、飲み友達の企業に技術力や適性などを考えず発注――これもまた「コミュニケーションが大事」の一環だったということだろう。一説によれば、その企業の営業担当が美人だったらしい。


 この事件はその前のシナリオ着手の件とは違い、企業間の契約の問題となるため、経営陣に報告され、問題となった。


 そして、そこで話を聞いた「無駄削減過激派」の社長が激怒し、田山はDMプロジェクトを解任された、というわけだ。


 伊佐崎は田山の降板を大変残念がっていたらしい。



 そして――火のついた爆弾が、ついに俺へと回って来ることになる。

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