14.「延期しましょう」
退職したのはプログラマ陣のリーダー格として全体のデータ設計などを担っていた伊調さんをはじめ、中堅~ベテランのプログラマ陣、および、2Dデザイナーたち。デザイナーに関していえば、直接間接に輪北から被害を被った者たちだった。
設計の中核を担っていた伊調さんが辞めるというのにはさすがに上層部も青くなったらしい。あの手この手で慰留をしようとしたようだ。
「プロジェクトの途中で抜けるとか、社会人としていかがなものか」
「クリエイターとしての責任感に欠ける」
「残された人間に対してなにも思わないのか」
――ちなみに、金銭の話や会社の体制的な問題点についてなどは一切話に出なかったという。
当然だが、そのような慰留になびくことはなく、総勢10名におよぶ社員がガモノハスを去ることになった。
「……まぁ、伊調さんたちのことを責められないよ」
α版がひと段落して、多少なりとも仕事の落ち着いた眞山と菜月とある日、俺は「とり大名」で食事をしていた。
「……そうッスねェ。こんな状況じゃぁ……」
残されたのは若手ばかり。
経験を積んである程度給与額も高いベテランなら退職と再就職もそこまで困ることはないだろうが、まだ20代の若手スタッフはそうもいかない。すぐに次を見つけられるわけでもなく、安い給料からそれほど貯金額があるわけでもない以上、そう簡単に辞めるわけにもいかないのだ。
「だけど、どうすんの? β版……」
「デザインは外注を使うらしいッス」
「まぁ、俺は言われたことしからやらねぇ」
「……」
ゲーム開発への愛着と技術とを持っている人間にこう言わせてしまったら、もうこのプロジェクトは進まないだろうな――と、俺はそんなことを思った。
伊佐崎もそうだし、河原さんや田山も、現在のDMプロジェクトがとっている手法は、ゲーム開発がもっと小規模なチームで、数人で半年で作ったゲームが大ヒットすればビルが建つとまで言われた時代のものを引きずっているのだろうと思う。
スタッフは昼夜問わず働いて当然だし、全員がフラットな立場で自身のクリエイティブを持ち寄り作り上げていたころだ。今で言えば「やり甲斐搾取」と名前がつくかもしれない。
「……時代が変わった、っていういい方はしたくないんだけどね」
「変わったよ。日曜大工で犬小屋を作るのとビルを建てるのくらい違う」
「あー。いい得て妙かも」
「アーティスティックな犬小屋をいくら創れたところで、ビルが建てられるわけじゃないってことッスね」
それこそファミコンの時代から考えれば、開発にかかる予算は数10倍になっているし、ゲーム市場は半分以下にさえなっているだろう。
「……あたしもそのころのゲームは好きなんで、羨ましいッスけど。伊佐崎さんの創ったゲームもハマりましたし」
「……俺もそれは、業界に入ってがっかりしたことのひとつだなぁ」
名選手は名監督にあらず、とはよく言ったものだが――では、ゲーム開発における「名監督」とはどのような人物なのだろう?
「……炎上させずに淡々と仕事をしてる人ほど、評価されないもんだよ」
ため息をついた俺たちのテーブルの真ん中に、鶏のから揚げが運ばれてきた。
* * *
主要スタッフが大量に離職するという事態は、さすがに伊佐崎に隠して進行できるものではなかった。
会社の役員まで出て行って話し合いが持たれたという。
だが、期待していたような「開発中止」という事態にはならなかった。
消化した予算はすでに億を超える。ここで引き下がるわけにはいかない、ということのようだ。
でた結論は「β版の延期」。
「スケジュールの延期」というのは、現場的にはありがたいものではあるが、会社にとっては「赤字確定」という宣告だ。延期した分の追加予算が出れば別だが、ほとんどの場合は開発現場都合の延期になるため、下請け会社の持ち出しということになる。スタッフが稼働をしている以上、経費は掛かり続けるのだ。
新しいスタッフを補充し、業務を引き継ぎ、そしてα版までに遅れに遅れ、先送りした機能実装を間に合わせるために、勝ち取った期間は4カ月。
つまり、この時点からβ版の完成まで10ヶ月である。
スケジュール延期が決定後、β版での開発内容を決める会議が持たれた。
α版までで出来ている内容を見ながら、完成版の内容を決めていく。一部の機能については、リリースしてからアップデートとして実装をする。
その線引きをするための会議である。
ガモノハスの大会議室に集まったスタッフを前に、伊佐崎が開口一番、言った。
「延期になった4カ月という期間で、新しい機能が実装できますね!」
次の締切、β版プログラムの提出まで、残り10カ月。
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