13.「α版も出来たので」
追加で配備された人員は輪北だけではなかった。そして、そろそろ他人事ではなくなってきた。
他のプロジェクトに従事していた人員がはがされてDMプロジェクトへ回されたことで、他のプロジェクトの進行にも影響が出始めたのだ。
俺の担当していた仕事からも、プログラマとデザイナーがそちらへ回され、スケジュールの立て直しにかなり手を取られることになった。とはいえ、DMプロジェクトの方のヤバさは聞いているので、不満の声をあげることもできない。
もっとも、田山が「あいつらヒマしてるんならこっちにまわせ」と言っていた、と聞いたときには殺意がこみ上げたが。
とはいえなにしろ、α版までは1カ月を切っている。本来ならゲームがある程度形になっていなければいけないのに、一向に動くものが見えなかった。
画面は何度も作り直し、3DCGはキャラデザが決まらず、バトルシステムは迷走を重ねていた。
「とにかく、α版の契約内容に見合ったものを」
河原さんは(本来ならそれはディレクターの仕事だが)、提出するROMの内容について、伊佐崎と交渉を重ねていった。
その結果、実装内容のほとんどを「β版以降にまわす」ということで合意したらしい。
「だからって別に全体のスケジュールが延びるわけじゃないからな……」
夜のオフィスで青い顔に皺を寄せながら、眞山が呟く。よく見れば、その恰幅のよい身体が痩せてしまっている。
そうなのだ。現状のDMプロジェクトはツケを先延ばしにしているだけ。根本的な問題はなにも解決していないし、それどころか、β版にでもなればもっとひどい状況になることが目に見えている。
「α版でプロジェクトが終了じゃないの、さすがにこれは?」
眞山の隣に座っていた先輩プログラマの伊調さんが横からそんなことを言う。
眞山もそれに頷いた。しかしそれはどちらかと言えば「期待していた」というべきだろう。なにしろもうみんな、疲弊しきっていたし、それ以上に会社に対し、無計画な上層部に対して失望しきっていたのだ。
* * *
そして、「とりあえず実装しただけのもの」をつぎはぎしたα版ROMが完成し、提出された。
客観的に見ても、ひどいものだった。
なにしろ、未だにゲームの全貌を誰もわかっていないのだ。
完成しているものと言えば、バトル中に召喚獣を呼び出す演出だけ。
それは、とにかく画面映えする完璧さ、そして目に見えない部分のディテールにもこだわり続け、修正を重ね続けた伊佐崎と、アートディレクター・池下の渾身の作品だった。
確かに、それはスマートフォンのゲームでは見たことのないような、恐ろしい完成度を誇るグラフィックだった。そして、やたらと派手なその演出に合わせて、他の部分をつぎはぎしているのがプロジェクトの状況だった。
ちなみに、デザイナーたちはα版の開発期間中ほとんど、この召喚獣の演出のグラフィックに駆り出されており、他の敵キャラクターは「スケルトン」1体だけができていた。
「現実と言うのは時に皮肉なもので」
そんな台詞をいうのは簡単だ。
この時の例で言うならば、α版はあっさりと経営陣の審査を通過した。
「もう、召喚獣のシーンで大盛り上がり、大絶賛だったらしいよ!」
この時だけは、田山がプランナーチームのミーティングで誇らしげに語っていた。宮谷くんは無表情に座っていた。
「というわけで、これからβ版の開発にはいります。ここまで来たら、一気に仕上げていきますよ!」
威勢のいいセリフを吐くのは働いていないものと相場が決まっている。
確かに、外から状況だけを見れば「あとは作るだけ」という状況ではあるのだろう。
β版の開発期間はここから約6カ月。
その間、黙って待っていれば完成するとでも思っているのだろうか。思っているのかもしれない
だが、この時ばかりはさすがにそうはならなかった。
α版が完成したタイミングで、プログラマとデザイナ、合わせて10人ほどがガモノハスを退職したからである。
次の締切、β版プログラムの提出まで、残り6カ月。
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