12.「あの人、邪魔ッス」

 その頃、DMプロジェクトに追加の人員が配備されたらしい。人員を増やせばそれだけ予算がかかるわけなので、これは経営陣が本格的に赤字覚悟の判断をしたということになる。


 乗りかかった船でもある。そうでなくても、これだけ大きな仕事を絶対に失敗できない、ということなのだろう。


 追加の人員として配備されたのは、派遣社員が数名、そしてベテランデザイナーの輪北。「ミノさん」よりもさらにベテランのデザイナーだ。ちょうど、仕事が手空きになっていたらしい。



「……問題はなんでヒマだったのか、ってことなんスよ」



 阿達と同期の若手デザイナー・菜月がボヤいた。赤いフレームの眼鏡の奥で、眉がハの字になる。元々困ったような顔つきの女性ではあるが、この時は本当に困っているようだった。朝の出勤時、たまたま駅で会って一緒に会社へ歩いているところだった。



「輪北さんはここしばらく、プロジェクトに入ってなかったんス。人の足りないとこもあったんスけど、その、つまり……」


「……干されてた、ってこと?」



 菜月がまた困った顔をした。まぁ、大先輩のことを悪くいえないのだろう。


 けど、輪北のその「問題」はすぐにわかった。



「理想論はいいんだよ! やらなきゃ仕方ねぇだろ!!」



 会議室から輪北の怒号が聞こえてくる。退治しているのは宮谷くんだった。宮谷くんは表情を変えず、静かに輪北に向かって言う。



「いえ、ですから、仕様が固まっていない以上は……」


「だぁかぁらぁ! 理想論はいいんだっての! 現状どうにかしなきゃいけねぇんだろ!?」



 輪北は宮谷くんの言葉を遮ってどなり散らす。宮谷くんは飽くまで冷静に、説得を試みていた。



「画面内で使えるテクスチャの数や、それを画面遷移の際にどう引き継ぐかの問題もあります。他の機能との整合性が取れないと、UI(※)の設計はできないんです」


「ああ!? 誰に向かって言ってんだ! んなこたぁわかってんだよ! それくらいちゃんと考慮して作るわ! とにかく進めなきゃならねぇんだから、これで行くからな!」



 結局その場は、橋多さんが間に入って場を収めた。


 そして、輪北は田山と共に、伊佐崎に取り入り始め、「デザイン周りは任せてくださいよ!」と豪語した。


 そして、画面のデザインはプランナーやプログラマの仕様やすり合わせを待たず、輪北が主導してデザインが進められた。



「……なにこれ?」



 俺は菜月のデスクの後ろから、その画面を覗きこんだ。



「……メインメニュー画面です」


「……アイコン、多くね?」



 その画面には所狭しとメニューアイコンが並び、それぞれが豪華な装飾をつけられ、細部まで細かーく意匠が作りこまれていた。


 はっきり言って、物凄く見づらい。


 UI――ユーザーインターフェースはゲームの遊びやすさのキモであり、プレイヤーの意識と視線の動きを無理なくするために要素の配置や情報量を工夫する必要がある。


 美しく仕上げればいいというものではなく、綿密な設計が必要なのだ。



「……それに、こんな重い画像、メモリに入りません」


「……作り直し?」


「作り直しッス」



 作り直しが伝えられたときも、輪北は喚き散らしていたという。その後、「輪北のお世話係」としてデザイナーとプランナーが1名ずつ配置されたらしい。



「……あの人、邪魔ッス」



 菜月がそう言った表情は、いつもの困り顔ではなかった。


 次の締切、α版プログラムの提出は、残り1カ月程度。


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※UI

…ユーザーインターフェース。画面内のメニューボタンや情報ウィンドウなど、プレイヤーがゲームを操作するためのもの。

 特にソーシャルゲームでは、これが快適に出来ているかどうかでユーザーの継続率(翌日以降もゲームをプレイする割合)が劇的に変わると言われる。


 例えば、画面がひとつ切り替わるごとに画面の上と下に視線を行き来させるようなUIはあまりよろしくないとされる。

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