11.「締め切りに間に合わせろ」

 プロトタイプ版終了後の「業務改善要望」によって、開発チームは毎月進捗ROM(※)の提出をすることになっていた。


 これは、伊佐崎が言い出したことではなく、発注元企業内での根回しの意味もあったようだ。

 後から聞いた話だが、発注元企業内でもどうやら派閥があり、有名プロデューサーである伊佐崎を巻き込んだこの「DM」は対立派閥からの抵抗が大きいらしい。


 つけ込まれる口実を与えてはいけない、というわけだ。


 まぁ、事情はどうあれプロジェクトの進捗をしっかりと管理するというのは、別に悪いことではない。


 ――適切に運用されれば。



「……それ、どうしてもやるんですか?」



 眞山が眉間に皺を寄せる。その前には河原さんが、曖昧な表情で向きあう。



「まぁ、仕方ないじゃない。この画面だけ、ぱぱっとさ」


「いやでも、デザイン決まってないですよねこの画面」


「素材は用意するから」


「いや……そういうことじゃなくて……」



 眞山は散々渋っていた。最終的には押し切られたようで、河原さんが席から離れたあと、明らかにイラついて大きくため息をついた。


 その日の昼休み、カレー屋で大盛りを頼みながら、眞山が先ほどの状況を話してくれた。



「だから、仕様が決まってないんだよ!」


「ちょwwwwまだ決まってないんすかwwwwww」



 俺の隣で一緒に昼飯を喰いにきたこの男は、俺が担当しているプロジェクトに参加している阿達あだち。まだ20代の若手プランナーだ。



「仕様決まってないのに実装とかありえねーしJKwwwどういうことすかそれwww」



 この阿達、日常の会話から常に草を生やしているような男ではあるが、実は非常に目端の効く男である。ちょくちょく昼飯を一緒に喰いにいっており、眞山とも仲がよかった。



「……仕様書がないんじゃなく、仕様が決まってない……ってこと?」


「そう、それ!」


「……つまり……」



 眞山はまた大きくため息をつき、言った。



「……次の締切の進捗確認用ROMの体裁を整えるためだけに実装する」



 ――つまり、その後正式な仕様が決まり次第、全部作り直す――



「マジっすかwwwww超二度手間wwwwwなんでwwwwww」


「そうしないといけないらしいよ。契約があるからって」


「いやいやいやいや……」



 ただでさえ開発の進捗は芳しくないはずだ。それなのに、「完全に無駄な仕事」をさせるという――



「……スケジュールってどうなってるの?」


「そんなもんないよ!」


「Redmineとかのタスク管理ツール(※)は?」


「入れてるけど、もはや誰も見てない。締切が過ぎたままチケットが放置されてるよ」


「……それを管理するのは誰の仕事?」


「田山さんっすかねwwwwwwこの前、メールの内容読まずに全部既読にしてましたよwwwwwww」


「ええええ……」



 眞山のことを信用していないわけではなかったが、少々物事をおおげさに言うところはあると思っていたのが正直なところだ。しかし――話を聞けば聞くほど、この仕事の信じがたいヤバさに確信が深まるばかり。これが本当に、大の大人の――しかも、曲がりなりにもベテランと呼ばれる人たちのやることなのか。



「……あの人たちは昔からラインを炎上させながらなんとなくやってきた人たちだよ」



 ウェイトレスがカレーを運んで来た。


 眞山はテーブルの上のスパイスを大量にカレーの上にかけ、スプーンでかき込みだした。


 次の締切、α版プログラムの提出は、残り2カ月。


------------------

※ROM

…プログラムやデザインなどを実行ファイルとして固め、ゲームがプレイできるようにまとめたもの。


 「α版ROM」、「β版ROM」、「マスターROM」などバージョン別に管理されたり、または進捗を上層部に報告したりデバッグを行うために用意することもある(ROMを切る、などと言う)。


 それなりに手間のかかる作業で、ROM提出はてんやわんやになりがちである。



※タスク管理ツール

…主にWeb上などで運用される業務用ツール。プロジェクトの作業内容を細分化し、「チケット」や「タスク」として登録して締切を設定、進捗状況を一括管理することができる。

 全員がこれをベースに仕事をすれば非常に有用だが、大体の場合は誰も見ずに放置される。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る