10.「アートディレクターです」

 一方そのころ、デザインチームのチーフである、小柄なベテランデザイナー「ミノさん」は別の戦いを展開していた。


 戦場はアートに関する個別の会議。参加しているのは発注元企業のアートディレクター・池下と、ガモノハス側のデザイナー数名。メインのキャラクターデザインが固まり、アートチームはサブキャラクターのデザイン検討に入っていた。


 メインキャラクターと違い、サブキャラクターのデザインをそこまでうるさく言うことはないだろう――と、思っていたのは最初だけだった。



「このキャラクター、いいね」



 池下が、昼間でもしているサングラスを光らせる。伊佐崎とは古くから一緒に仕事に携わって来た男らしい。



「ありがとうございます。では、これはこれで進……」


「そしたら、このバンダナのないパターンも見せてもらっていいかな」


「……え?」



 ミノさんは自分が用意したラフデザインの資料に目を落とす。その時チェックしていたキャラクターはオークの村人だった。



「バンダナ、ですか……」


「うん、バンダナを取ったのと、あと帽子を被ったやつなんかも。他にも提案があればぜひ描いて」


「あ、あの、このキャラクターってなにか性格付けとか……もしかして物語上重要キャラクターだったりしますか?」


「ん? いや、その辺はよくわかんないけど」


「……はぁ」



 キャラクターデザインの基本的な発注内容は、伊佐崎の直属のアシスタントがまとめたものを伊佐崎がチェックし、ガモノハスに渡されていた。オークの村人(A)はモブキャラのひとつとして描かれており、細かな指定や性格に関する言及なども特にはない。


 結果的には、それが却ってデザインを迷走させることになったのだった。このオークには結局、メインキャラ以上の時間がかかったらしい。



「と、とりあえず、了解しました……それじゃ別のデザインの方を」



 そう言って、ミノさんの隣の若手デザイナーがプリントアウトしたラフ画を差し出す。


 描かれていたのはアイテムのデザイン。「ポーション」の画だった。


 それを見た池下の動きが止まる。



「……ど、どうしました……?」


「……いや、これはこれでいいんだけどネ」



 そう言って池下は立ち上がり、ホワイトボードに画を描き始めた。



「こう……3Dにした時にサァ……こうだと無理が出て、だけどこの辺、歴史的にはこういう素材が使われてるはずだから……」



 池下のレクチャーが続く。



「キミたちも憶えておくといいよ。ポーションっていうのは水薬の意味だけど、ヨーロッパの中世ごろにはこういうガラス瓶ってのはあんまりなくて、だからこういう文化的背景だと……これ、キミはどんな意図でこういうデザインにしたの? やっぱりゴシックスタイルの絵画の雰囲気で?」


「え、あの……その……」



 若手の女性デザイナーがしどろもどろになる横で、ミノさんが声をあげる。



「あ、あの……! このポーションは3Dモデルは作らず、アイコンだけなので、その辺りの構造的リアリティは気にしなくても……」


「ん? ああ、そうなの? じゃあここは別にいいかァ。でもね、ガラス瓶ってのはさ、こう……」



 池下のレクチャーはそこから1時間ほど続いたらしい。


 * * *


 アートデザインがFIX(※)したものから、3Dチームが3Dの立体的なCGモデルを製作していく。


 この3DCGモデルには、制作の途中から非常に厳しいチェックが入った。池下が3Dデザイナーの後ろに貼りつき、3Dモデルの構造から作業のやり方、ツールの遣い方に至るまで、事細かに、手取り足とりの指導をし始めたのだ。


 池下がガモノハスに来るのは週2回。会議の時間が終わると、3Dチームの元へ行ってずっと指導をし続けた。


 この「教え魔」池下の行動に、当初は「勉強になる」と喜んでいたデザインチームも、さすがに辟易とした。なにしろ、貼りつかれている間はほとんど作業が進まないのである。


 そして、完成した3Dモデルは伊佐崎によってチェックされる。



「……」



 伊佐崎が画面を覗きこみ、マウスで角度を変えながら3Dモデルをじっと見つめる。


 その横ではミノさんと、製作を担当した3Dデザイナーが緊張の面持ちで様子を見守る。池下はその後ろで携帯を弄っていた。



「これさ」



 不意に伊佐崎が声をあげた。



「は、はい……」


「ここのアクセサリーの処理、こうじゃねぇだろ。ウェイト設定をもっとこうして、浮かせて……」


「えええ……」



 ミノさんはその時思わず声が出たという。池下がやたらとこだわって細かく指導していた場所だからだ。



「なあ池下!?」



 伊佐崎が振り向き、池下に声をかける。池下は携帯をポケットにしまい、答えた。



「そうっすよねぇ、俺もそうじゃないかと思ったんすよ」



 ミノさんはもはや声も出なかった、という。



「じゃここは直しといて。次」



 ディスプレイに別の3DCGが表示された。バンダナで悩んだ例のオークの村人だ。結局、あれこれデザインを出した挙句にバンダナになっていた。



「……このバンダナ、いらねぇな。帽子とかにしろよ」


「え……」



 言うまでもなく、3Dモデルが出来てからデザインを修正するのはコストが非常に高い。だからラフ画の段階で慎重に検討を重ねるわけなのだが――


 次の締切、α版プログラムの提出は、残り3カ月。


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※FIX

…「確定」のこと。FIXデザインといえばそのデザインで進めるということなのだが、往々にして覆る。「仮FIX」ってなんだよ。

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