8.「リーダーは誰」

 仕様書がない中でも、締切は細かく設定される。


 一体、どうやってプログラマが作る内容を決めているのかというと、つまり口頭での指示、ということになる。


 会議で決まった内容を、会議室から飛び出してきた河原さんがプログラマたちに伝え、プログラマは聞いた内容を頼りに実装をしていくことになる。



「最近流行りのアジャイル開発(※)らしいよ」


「……絶対ちがうと思う」



 そんな会話がされる間にも、次の締切が迫ってくるという有様だった。


 それでも、アルファ版の開発開始から2カ月ほども立つと、曲がりなりにも動くものが出来て来ていた。


 そしてそれがまた、次の問題を呼ぶこととなる。



「……あれ? ここってどうなってるの?」



 眞山が声をあげる声が、少し離れた自分のデスクにまで聞こえてきた。



「え、どういうこと?」


「ここが、ほらこうなってるんだけど……」


「あ……ああ……合わないね……」



 眞山のところに、先輩格のプログラマがやってきて話を始め、そこに他のスタッフも集まってきていた。


 後から聞いた話だったが、その時眞山が実装していたバトル内のグラフィック演出と、先に実装されていたバトルでのキャラクターのデータ処理に整合性がとれない、というのだ。


 宮谷くんがそこへやってきた。眞山たちから説明を受け、頭を抱えて頷く。



「……わかった、なんとかします」



 原因は明白だった。


 何人かのプランナーが発注元企業の担当者とそれぞれに打ち合わせを行い、お互いに整合性を取らないまま、プログラマに「とりあえず」の実装を伝えていたのだ。



「だから仕様書を早く作れっていってんだろ!」



 眞山が大声を上げるのが聞こえた。隣の先輩プログラマが眞山をなだめる。


 怒るのももっともだ。締切に追われているというのに、作ったプログラムをほとんど作り直さなければならないのだから。


 仕様書はまったく出来ていないわけではなかった。


 宮谷くんがいつも深夜まで残業をしながら、会議の内容をひとつずつドキュメントにしている。


 しかし、ほとんど会議に時間を取られ、会議のたびに話す内容が変わるという状況で、作られた仕様書はどんどん内容が古くなっていくという有様。



 この時、眞山が大声を出したためか、業務改善のための会議が伊佐崎たちと持たれることになった。



「会議が多すぎて、プランナーの作業時間が確保できません。仕様書が間にあわず、実装に影響が出ています」


「なるほど、会議を減らす必要がありますね」


「そうしていただけると」


「しかし、それぞれの会議の内容は必要なものなので」


「どうしましょうか」


「……」


「……」


「全体定例、やめましょうか」


「そうですね、全員が参加するのは無駄ですし」



 ――と、そんな流れで、全員が参加して進捗を報告し合う全体の定例ミーティングは廃止となり、宮谷くんは仕様書を書く時間を取ることができるようになった。


 この話のオチについてはもうわかると思うけど、整合性の取れない仕様はここから更に加速していくことになる。


 当たり前だ、それぞれのセクションが勝手に作ってるんだから――


 * * *


 ある日のこと。


 ガモノハスではプロジェクトチーム単位での会議の他にも、プログラムチーム、デザイナーチームなど、職種毎に集まってする社内定例会議の時間がある。


 プランナーチームもまた、水曜日に30分程度集まって、それぞれの担当プロジェクトについて報告するのが常だった。



「……それじゃ、次はDMプロジェクトの報告をお願い」



 プランナーチームのマネージャーがそう言うと、会議室に沈黙が降りた。


 田山はなにも言わない。河原さんも言わない。宮谷くんも言わない。



「リーダー、田山さんでしょ?」



 誰かが言った。


 田山はわざとらしく驚いてみせる。



「え? 俺は伊佐崎さんと話をする窓口であって、リーダーではないよ?」



 ――???


 会議室に集まったプランナーたちの頭上に?マークが浮かんだのを俺は見た。



「……まぁ、別に誰でもいいんだけど、じゃぁ誰が報告するの?」



 事なかれ主義ここに極まれり、といった様子のマネージャーが水を向ける。



「宮谷くんでいいんじゃない?」


「え……僕っすか?」


「だって一番仕様を把握してるの宮谷くんだもん」



 田山から投げやりにそう言われ、宮谷くんは戸惑いながら手もとのメモを見、報告を話し出した。


 ――なんなんだろう、この男は――


 元々いけ好かないと思っていた相手だったが、この時ばかりはもはや、恐怖感さえ覚えた。


 そして、ゲームの全体像を誰も把握しないまま、プロジェクトは暴走を始める。


 次の締切、α版プログラムの提出は、残り3カ月強に迫っていた。


--------------

※アジャイル開発

…小規模な開発チームを作り、短期間に決定、実装、テスト、修正を繰り返すことでフットワークの軽い開発を目指すチームマネジメントの手法。

 「仕様書を書かなくてもいい」と曲解したIT業界で一時期大流行し、多くのプロジェクトを炎上させた。

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