6.プロトタイプ版、提出
「このままだとヤバいです」
渋い顔をしている伊佐崎に向かって、橋多さんは現状を伝えた。
ゲームの内容が、それでもなんとなく固まり、それを受けて「プロトタイプ版ではここまで作って内容の検証をする」という要件定義を行っているところだった。
とはいえ――プロトタイプ版の提出まで、1カ月半。
この期間で出来ることなんてタカがしれている。
「バトルとキャラの育成システムと、プロト版で作りたいのはわかるんですが、そこまでは、その……」
橋多さんの歯切れは悪い。なにしろここのところずっと、「あれができない、これができない」という話をし続けているのだ。
伊佐崎がヘの字に結んだ口を開く。
「……このプロジェクトは会社の方でも期待をかけているプロジェクトで、すでにタイアップの話なんかも進んでいる」
「え」
「だから後には引けないんだよ。是が非でも成功させなければいけない」
「……」
黙っている橋多さんの前で、伊佐崎はため息をついた。
「まぁ、こちらに非がなかったわけではないし、今から言っても始まらない。とりあえず、経営陣に見せるためのものをなにか、作ってください」
「……わかりました」
そうして、プロトタイプ版の要件が決まった。
●プロトタイプ版要件
「かっこいいデザインのキャラクターがとりあえず動く、コンシューマー機みたいな見た目の画面」
――つまり、ゲームではない。
「あの伊佐崎プロデューサーがスマホアプリに参戦、Zエンジンを使用して開発するハイエンドゲーム」ということがとにかく重要なのだ。
だから先方経営陣にも、それがイメージできるものを見せる、というわけだ。
「プロト版提出したらすぐα版の開発に移るから、とにかくなにか出して。プロトタイプ版を見てどうこう、っていうのは基本、ないから。ちゃんと本開発に行くから」
(……だったらプロトタイプ版なんか出す意味ないんじゃ……?)
河原さんからその話を聞いた僕はそう思ったが、口には出さなかった。
* * *
それから1カ月半、曲がりなりにもやることが明確になったため、現場は平和だった。
もちろん、「ただ動くだけ」のプロトタイプ版とはいえ、解決しなければならない課題はいくつかあるし、デザイナーは3Dモデルを作らなくてはならない。
また、画面映えするエフェクトなども試す必要があり、みな残業続きで仕事を進めていた。
そしてその間に、プランナーチームは相変わらず企画会議に駆り出されていた。
「……と、いうわけで、カードの進化に関してはこんな方向で……」
パワーポイントで作った資料を広げ、河原さんが説明を終える。
伊佐崎が資料から顔をあげ、言う。
「……これだけ?」
「……」
伊佐崎は眉間に皺を寄せた。
「いや、先週話した内容だよねこれ」
「いや、その……」
「言われたことをまとめるだけかよお前らは!」
伊佐崎が声を荒げ、ガモノハスの担当3人は首をすくめた。
この頃、ディレクターの河原さんはプロトタイプ版の対応に追われ、この辺りはチーフプランナーの宮谷くんが資料をまとめていた。
言われたことをまとめるだけ、というよりも、まとめるだけで精いっぱい、というのが実情だったようだ。それぞれの担当者が話したことについて、資料に反映されていないと「この件は?」という風に突っ込まれる。
そうすると、そこから議論が始まり、また会議が3時間伸びる。
とにかくそれの繰り返しだったらしい。
当然、こちらの提案を入れたりしたらそれがまた議論になる。
プロデューサーは伊佐崎だったが、担当者全員がバラバラのことを主張し、それをまとめる人間は誰もいなかった。
しかも、毎週のように新しい要件が追加されるのだ。
宮谷くんは俺より1つ年下で、ガモノハス生え抜きで様々な案件に参加していた。寡黙な男で、いわゆるコミュニケーションの得意なディレクタータイプではないが、真面目な仕事ぶりから、この手の資料作成などには重宝されていた。
そんな宮谷くんとトイレでたまたま隣になったとき、軽く話を聞いたら、彼は重い口を開いてぼそっとこんなことを言った。
「……外注の開発会社って、プロデューサーの部下じゃないんだけどな……」
――しかも上司が8人くらいいて、バラバラに指示を出してくる、と――
宮谷くんとは大して仲がいいわけではなかったが、この時は心底同情した。
* * *
そして、プロトタイプ版が出来あがった。
なんとか、グラフィックが動くもの。
発注元企業経営陣へのプレゼンは上手くいったらしい。
そして、本開発スタートに向けて先方から「改善要望」が突きつけられた。
今後のワークフローについて、改善をして欲しいというわけだ。
その内容は、会議を分割し、長時間の無駄な会議を無くすこと。
そして、「主体性のないディレクター」である河原さんを外すことだった。
次の締切、α版プログラムの提出までは、約半年。
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