4.「リリースした暁には」

 予算がそれなりにあるプロジェクトだとはいえ、実はスケジュール感が大きく変わるものではない。


 当初、「ドラゴンミラージュ」の開発期間として想定していたのは約1年半ちょっと。実はそれほど余裕があるわけではない。

 そのため、企画を詰めるのと併せて、キャラクターデザインなども進め始めていた。


 これがまた、会議の時間をやたらと喰うわけなのだが――



「……それじゃ、ここの髪型変えたのと、色バリエーションと、また用意してきて」



 伊佐崎がもう何度目かのリテイクを出した。ガモノハスでキャラクターデザインを担当することになったのは、これまたベテランの「ミノさん」。それなりのイケメンだが、背が低く痩せており、遠近感が狂ったような印象を人に与える人物だ。


 面倒なクライアントの相手に慣れているミノさんでも、この仕事には辟易としたらしい。


 回数が多いというか、膨大なバリエーションを要求するのだ。髪型がツインテールに決まったと思ったら、そのツインテールのわずかな形状の差から髪留めの色違いまで、細かい部分を変えたものを大量に用意し、その中から一つずつ要素を決めていく。


 週二回会議をするとは言っても、毎日顔をあわせているわけではない以上、その進捗は遅々としたものにならざるを得なかった。



「このベルトの形、これは第一次大戦ごろの野戦服のイメージで……」


「うーん、どちらかというと、時代的にはもう少し……」



 しかも、要素のひとつひとつに明確な意味を求める。もしそれが明確に堪えられないと、伊佐崎の怒号が飛ぶのだという。


 始めのうちは「これが名プロデューサーのこだわりか」と感心していたデザイナーたちも、あまりのマイクロマネジメントぶりにうんざりとし始めていた。


 ただ、その反面で勉強になることも多かったのだという。



「ファミ通の記事になるとき、最初の速報で4ページとられて、その時にはキャラ画がこうやって並ぶから」



 伊佐崎がホワイトボードに書いて説明する。



「この部分にはヒロインが来て、で、衣装チェンジを並べると、こういう印象になる。だから、どうしてもこの衣装チェンジシステムは外せなくて……」



 ヒットタイトルを数多く手がけてきた伊佐崎にとって、自分が手掛けた作品がゲーム雑誌などで特集を組まれるのは当たり前のこと。そのため、雑誌の誌面に紹介されることを前提に、そこから逆算して企画を作っていくのだった。だから、キャラクターデザインどころか、ゲームシステムも誌面映えを意識したものになる。


 この発想は、ずっと下請けとしてゲーム開発をしてきたガモノハスにはないものだった。


 これには、ミノさんも「さすが有名プロデューサー」と感心していた。


 しかし――



「……それと、このライバルキャラなんだけど」


「……え、まだなにか」



 書類の束から掘り起こされるようにして、引っ張り出されたデザイン画に、ミノさんは身構える。


 それは一度確定したデザインだった。もしかしてここに来てひっくり返されるのか? 他のキャラとのバランスを考えて、とか――


 伊佐崎はそのデザイン画をテーブルに乗せ、ペンの先でその一部を示した。



「この手首のところ。なんかつけてるじゃん?」


「は、はぁ。ブレスレットですね」


「そう。そのブレスの、デザインってある?」


「……え?」



 デザイン画の一部に記されたそのブレスレットは、デザイン上のアクセントとして入れた、簡単な線で書きこまれているだけのものだ。



「このブレスのデザイン画も作っといて」


「……はぁ」



 首を捻っているミノさんと河原さんに、伊佐崎はニヤリとして言った。



「こういうのやったことない? グッズにして後から売るんだよ! ファン連中がこういうの、喜んで買うんだ」


「は、はぁ……」



 作った作品がヒットすることが全ての前提になっている、というその「育ちの違い」を目の当たりにし、ミノさんは打ちひしがれたのだという。



「……でもそれ、今やることかなぁ……」



 最初の締切、プロトタイプ版プログラムの提出まで、あと2カ月半。

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