3.「会議は8時間」

 プログラマ陣がZエンジンの稟議で足止めを喰らっているころ、ディレクターとプランナーチームはゲーム内容を詰めていた。


 ゲームの企画書があればすぐに開発ができるわけではない。


 その企画書を実現するために、それぞれのゲームシステムがどのようなものになるのか、そもそも実現可能なのか、具体的に詰めていかなくてはならない。


 この作業を発注元のプロデューサーと詰めていくことになるわけだが――



「週二日、午後いっぱい会議室を確保してください」


「……え?」



 プロデューサーの伊佐崎から出たのはそんな要求だった。


 伊佐崎は、かつてコンシューマーゲームの大ヒットタイトルをいつくも手掛け、有名プロデューサーとしてゲーム業界では知らない者のいない人物だ。


 そんな人物と一緒に仕事をすることが出来るのはもちろん、ガモノハスのスタッフにとっても光栄なことではあったが、一方で、仕事のクオリティには非常に厳しいことでも有名な人物でもある。


 この時、伊佐崎と打ち合わせをしていたのは橋多さんと、初代ディレクターの河原さん。ゲーム開発のベテランであるこの二人を前に、伊佐崎は金髪の長い髪を震わせながら、二人が聞いたこともない要求を告げたのだ。



「企画内容を詰めるための会議をしますので、午後いっぱい時間を空けてください。週に二回、火曜日と金曜日。それとは別に、セクション別の会議も持ちましょう。これは水曜日がいいかな」


「……そんなに長時間の会議でなにを話し合うんですか?」



 橋多さんが恐る恐る尋ねると、伊佐崎はむっとした顔を返したらしい。



「話し合うことなんかいくらでもあるでしょう。俺たちは歴史を変えるゲームを創ろうとしてるんですから」


「は、はぁ……」



 橋多さんと河原さんは顔を見合わせた。クライアントとの会議の他に、社内の会議もある。それでは作業の時間が取れない。


 だが、クライアントからの、しかも有名プロデューサーからの要望を断るわけにはいかなかった。



「とにかく、なるべくディレクターとプランナーだけで会議はやって、現場の作業の手が止まらないようにするしかないよ」



 橋多さんはそう河原さんに言い聞かせた。



「ある程度企画の内容が詰まったら、会議も減っていくでしょ」



 ――先の展開を書いてしまうと、この会議は一向に減らず、しかも現場のプログラマやデザイナまで巻き込んで進んでいくことになる。


 * * *


 そんなこんなで、週2回、午後の時間を目いっぱい使っての会議がスタートした。


 発注元の企業から、各部門の担当者がぞろぞろと会議室に押し掛けてくる。プロデューサーの伊佐崎をはじめ、アシスタントプロデューサーが数名、アートワークの担当者、シナリオの担当者、マーケティング担当者、運営担当者――


 それに対して、ガモノハス側は橋多さんと河原さん、そしてチーフプランナーの宮谷くんの3人だけ。



「バトルのシステムを詰めたいんだけど……」



 そう言って伊佐崎は書類を広げ、その場で内容を説明する。


 説明を受けた橋多さんたちは顔を見合わせる。



「……一度持ちかえって検討します」


「それと、ガチャのシステムは……」



 別の担当者が書類を広げる。



「あと、運営ではこういう風に……」


「アート的には、こう……」



 それぞれの担当者が、次々と自分の担当範囲の話をする。


 それらの話を総合すると、こうだ――


 アクション要素と戦略性とパズル要素があって女性にもとっつきやすく、3Dのキャラクターが動きまわりマルチプレイにも対応、キャラクターがバトル中に衣装をチェンジ、ガチャでカードを引き、経験値を積んで成長させ、それとは別にお金を貯めて武器を購入、武器ごとに必殺技があって、マテリアみたいなやつと素材集めと設計図集めがあり、巨大ボス戦では専用の演出があり、感動のストーリーとキャラクターごとのエピソードが語られ――



「……それじゃ、そんな感じで仕様をまとめてください」



 3時間以上にもわたり、好き勝手に話を広げるだけ広げ、伊佐崎たちは帰っていった。



「どうやってまとめるのこれ……」



 メモを見ながら河原さんが頭を抱える。



「最初の企画ともう全然違うじゃないですか!?」


「……まぁ、なんとか予算に収めるしかないだろ」



 橋多さんに言われて渋々と了承した河原さんと宮谷くんは、それから2日間徹夜してバトルの内容を資料にまとめた。


 そして次の会議の日。



「……と、こんな感じで一応すべての要素を入れましたが……」



 河原さんのプレゼンを聞き終えた伊佐崎は、にやりと笑い、言う。



「……いいね!」



 その一言に、ガモノハス側の一同はほっと息を吐いた。しかし――



「……で、召喚獣とかどうする?」


「……はい?」


「召喚獣だよ。やっぱ欲しいでしょ」


「……いや、前の会議で話に出てませんでしたけど……」


「ああん?」



 伊佐崎の顔色が変わった。金髪の下のその目つきはヤクザのそれだった、とあとで河原さんは言っていた。



「人に言われただけのことしかやらねぇのかよ、お前らは! ブラッシュアップして持ってこいよ!」



 伊佐崎は怒鳴り、首をすくめるガモノハス側。



「次の会議までに書きなおして。じゃぁ、次の議題なんだけど……」



 伊佐崎が言うと、隣に座った運営担当の男が書類を広げた。



「最近流行のこちらのゲームのこの機能がとてもよく出来ているので、ぜひ取り入れたいと。いわゆる大規模ギルドバトルで……」


「……え?」


「最大30人のプレイヤーが同時に戦闘に参加し、リアルタイムにギルド戦を……」


「ちょ、ちょっと待ってください。このシステム、そういう風に作ってないですよ」



 前回の会議にも、元々の企画にもなかった内容に、河原さんが戸惑った声をあげる。と、伊佐崎がそれを遮った。



「いや、今はレイドよりも協力プレイだろ! このゲームより、あっちの……俺、あっちのプロデューサーは友達なんだけどさ……」


「あ、でもそれならこっちのやつも……」



 ガモノハス側を放置し、議論を始める各担当者たち。


 この日の会議は夜9時にまでおよび、バトルシステムは最初から考え直すことになった。



 最初の締切、プロトタイプ版プログラムの提出まで、あと3カ月。

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