駄犬従者と天才お嬢の冒険談

@koutouzuki

プロローグ

「っぐ……ひっぐ……お姉ちゃん………。」

 白い毛皮から青い瞳を覗かせる犬獣人の少年が、私の腹部に手を回し、服を握りしめてしがみつくようにわんわんと泣いていた。耳は垂れ下がり、いつもはせわしなくぱたぱたと動いている尻尾も、今は床に力無く倒れ付している。

「どうしたの、ケレイブ?」

 もう何度目になるかわからない質問をゆったりとした口調で告げる。私なりには最大限に優しい声色で言っているつもりでいるのだが、私の言い方が悪いのか、はたまた本人の傷が深いのか。きっと後者だとは信じたいが、本人に聞こうにも如何せんずっと泣き続けているままで話ができる状態ではなかった。

 こんな時人を励ましたことのない私が思いついたのは、少年の背を擦り理由を優しく聞くぐらいだった。他にできることといえば、心の中で少年に何度も自分は姉なのにこんなことぐらいしかできなくてごめんね。と謝り続けるぐらいだ。

 そうして約10分程少年の背をさすり、何度もやさしく聞いていると、ふと、突然彼は私の服を掴んでいたのを離し回していた手をゆっくりと戻して下を俯いた。それを見て私は少年の目線と同じくらいになるようにと膝を折って屈む。少年は下を俯いたまま、

「あ……あの、……あのね。」

と、今にも消え入りそうな声で言った。それはまるで何かを恐れているような、ひどく怯えた様子に見えた。

「うん、ゆっくりでいいよ。」

 自分が思いつく最大限に優しい声色で少年の顔を正面から捉え、微笑みながらそう言う。ふわふわとした柔らかそうな毛が生えた頭に手を乗せて撫でると少しだけ少年の泣き顔が和らいだような気がした。

 少年は少しの間の後、意を決した様子でどのお話でも……とゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……僕………悪者だった。僕もいつか……退治されちゃうのかな。」

 心から不安げで辛そうな声で告げられたその言葉に私は目を真ん丸と見開いてしまう。この子は生れつきその体に悪魔を宿している。きっと英雄譚で悪魔が退治されている話でも呼んだのだろう。この子は何も悪くはないのに、と私はぎりと歯を噛みしめた。

――そんな事ないよ、きっと大丈夫だよ。何も心配することはないよ。次々にそんなその場凌ぎの言葉が、私の頭の中で浮かんでは消えていく。でも実際にこの子に自由はなく、殺されるのを待つだけの状態だ。

 それを知ったその時この子は言うだろう、思うだろう。やっぱり僕、悪魔だから殺されちゃうんだと。 ああ、もしかしたら優しいこの子はわかっていましたとでも言って笑うのだろうか。

 下を俯き何と声をかければいいのかと迷いあぐねていた時、ふと頭の上にぽんという音と共にふわりとしたマシュマロのような柔らかいものが頭の上に載ったのを感じた。そしてその柔らかいマシュマロは私の髪をゆっくりとなぞっていく感触がした。はっと前を見ると涙を浮かべた少年が背伸びをして私の頭の上に手を伸ばし、心配そうに青い瞳で私のことを見つめていた。

「……お姉ちゃん?だい……じょうぶ?」

 私が慰めていたはずの立場だというのに逆に私が心配され、慰められてしまった。胸の中にぐさりととげが刺さるような痛みが走る。私は本当にこの子の姉失格だろう。

 そんな時、ふと一つの考えが頭をよぎる。ああそうだ、そうすればいいじゃないか。どうして今までこの考えに至らなかったのだろう。私はそう思いながら口角を上げてふっと笑った。

「うん、大丈夫だよ、ありがと。」

 そう言いながら少年の頭をわしゃわしゃと少し雑に撫でるとくすぐったそうに笑った。 それに釣られて私も笑う。

「私は強くなって、国一番の魔法使いになってあなたを守ってあげる。」

 真剣な表情でそう、まっすぐに少年の瞳を見据えて言った。すると少年は安心したように微笑んだがその直後に焦ったようにそ、それはだめだよ!と言った。

私は予想外の返答に面食らい、 どうして?頼りない?と聞くと少年はぶんぶんと頭を振った。

「お姉ちゃん強いけど女の子だから……その…お、お姉ちゃんは僕が守るから!」

 言葉を失った後、つい笑ってしまった。私は幸せ者だ。先ほどまで散々怯え、泣いて辛そうにしていた子が私を守ると言ってくれた。ありを踏むのも嫌だと、足元をじっと見ながら歩くそんな愚直なまでに優しい子が、私の為に、そう言ってくれたのだ。

――この子の為ならば。ああ、命だって惜しくない。

「あ、おねーちゃん笑うなんてひどい……!」

 ぱっと少年に目線を移すと今にもまた泣き出しそうな目になっていた。それをみて私は苦笑する。やはり、私が守られるのはまだまだ先の話のようだ。

「ごめんごめん、びっくりしてさ。じゃあ、国で一番よりもっと強くならなきゃいけないね。約束だよ?」

 そう言いながら私は小指を少年のほうに差し出す。だが、私が何をやっているのかわからなかったらしい少年は不思議そうに首をかしげた。

「あ、これはねーー」

 たとえ……世界を敵に回したとしても……絶対にこの子を殺させてなどたまるものか。この腐った世界に一泡吹かせてやろう、この子は私が絶対に自由に生きさせる。

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