2

夕焼けの教室も机も椅子も、全てが電子音と共に消えていく。乱れた仮想空間は形を失い、やがて完全に消えた。


僕はヘッドセットを外す。


...これは僕が作った、彼女の記憶の複製だ。

数年前、いつもと変わらぬ会話をした彼女は事故に遭い、二度と教室に帰ってこなかった。


僕は自分の記憶を頼りに、あの日、彼女と最後に会話した五分間を、仮想空間に完全に再現した。しかし僕が再現出来たのはそこまでだった。数年の年月は、あんなに大切だった彼女の記憶さえ、残酷に風化させた。僕が彼女について明瞭に思い出せるのは、転けた泣き顔でも体育服でもなく、下らない仮説の五分間だけ。


────死んだ幼馴染の五分間の記憶を、ずっと追いかけている。愚かだと自分でも痛感する。それでもいいのだ。


作り物の記憶の中に、君がいるのなら、それでもいいかと思えるのだ。


どうせこの世界は、五分前に始まっているかもしれないのだから。



────ヘッドセットをつけ直し、再生ボタンを押す。電子音がして、世界は再び夕焼けの教室を組み立てていく。そこに現れるのは、数年前と寸分違わぬ、懐かしい彼女。五分前と同じ、作り物の彼女。紛い物の記憶。


「世界五分前仮説って知ってる?」


僕は首を傾げる。


「知らないなぁ」


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ある仮説 群青色の慟哭 @Skysea

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