第三夜 怪盗☆西萩昇汰と白い少女の巻 01(二時間拡大スペシャル)

 前回のあらすじ。

 明日香から西萩縁についての情報を得た舩江警部。しかし、同時にダブル西萩も舩江たちの情報を得ていた。自己犠牲の有無によって分かれたたった一つの情報の差。その差が生んだ勝敗の行方とは――!?


 とある街のとある高級住宅街。そこに西萩昇汰が居を構えるアジトはあった。その家は一見すると少しばかり大きな豪邸なのだが、その実態は、屋敷の地下に広大な地下施設を有する怪盗☆西萩昇汰の正体を隠すに足る建物なのである。

 そんな家に、西萩昇汰と同居している人物がいた。

「縁くん何見てるの?」

「んー次の獲物」

 それが、西萩昇汰の協力者――彼の従兄弟である西萩縁である。

 縁が肘置きに頬杖をつきながら眺めるマックブックを、昇汰は横から覗きこむ。そこに表示されてたのは一つの小さな指輪の画像だ。

「これが次の獲物? ずいぶんちっちゃいんだね」

「大きさで物を考えないでよね。これだから昇汰くんは」

「はぁー? 僕だって大きければいいってわけじゃないことぐらい分かりますけどぉー?」

「僕ほど審美眼はないくせに」

「うっ……まあそれはそうだけど……」

 いつも通り縁に言い負かされ腹が立ったのか、昇汰は縁の座るソファの肘置きに軽く腰掛けた。一人がけの小さなソファは少し傾き、縁は抗議の声を上げる。

「うわっ、そんなとこ座らないでよ、危ないな」

「別にいいじゃん。で、その標的ってどこにあるの?」

 縁は昇汰にしかめっ面を向けた後、素直にキーボードを操作して詳細をモニタに表示させた。

「なになに? T都S区のクイーンエリザベスホテル? ホテルなんかにあるんだ」

「上階を使ってパーティをやるんだってさ。持ってるのはそこの主賓のご令嬢」

「ご令嬢!? まさか子供が持ってるの!?」

「そのまさか。親馬鹿なのか馬鹿親なのか、こーんな高価なもの子供に持たせるなんてどうかしてるよねぇ」

 やれやれとでも言いたそうな顔で縁は首を横に振る。

「今回も予告状出すんだよね? パーティ中止になったりしちゃわないかな?」

「そんなの警察(あの無能ども)が許すわけないじゃん? 現場が注進しても上層部が許さないでしょ。ま、警察(税金泥棒)に捕まる僕たちじゃないけどさ」

 縁はマックブックをぱたんと閉じる。二人はソファから立ち上がり、軽い足取りで歩き出した。

「それにしてもパーティかぁ。どうせなら潜入したいよね」

「どうせならあいつらをおちょくっていきたいよね、あのお兄さんは僕たちがそっくりさんだってことを知らないことだし」

「片方を囮にする作戦を立てるってこと?」

「まぁね。その場合、もう片方は絶対に僕たちだってバレない格好をする必要があるじゃない?」

 不穏な雰囲気を感じて昇汰は立ち止まる。縁はそんな昇汰の前に立ってにまーっと笑った。

「それってつまり……」

「うん、そういうこと」

 唐突に二人の間に険悪な雰囲気が流れる。二人は片手を握るとそれを持ち上げ、一気に振り下ろした。

「じゃーんけん……ぽん!」



 黒の高級車がT都の街を走っていた。時刻は夜の七時。八時に始まるパーティには十分に間に合う時間だ。

 車内には沈黙が流れている。ハンドルを握るのは顔に笑みを貼りつけた黒髪の男。後部座席に座るのはロングドレスを着た一人の女性だ。今にも鼻歌を歌い出しそうな運転手に対し、後部座席の人物の表情は陰鬱だ。

 やがて車はホテルの前に滑り込む。運転手は先に下りて、後部座席のドアを開けた。運転手の視線と後部座席の女性の視線がかち合う。

「お手をどうぞ、しょーこさん?」

 西萩縁に優雅に手を差し出され、西萩昇汰は心底嫌がる猫のような顔をした。


 すみれ色のドレスの裾を翻し、西萩昇汰はホテルへと歩いていく。目の前にはホテルの前に配備された捜査員が立ちふさがっている。駐車場に車を停めに行った縁は恐らくうまいことやって潜入するのだろう。ホテルの従業員の制服を用意していた姿を思い、昇汰はそう考える。

 それより今は自分の潜入のことを考えなければ。

 昇汰は喉を押さえてんんっと一回咳払いをすると、目の前に立ちふさがった捜査員に昇汰は不安そうな顔を作って話しかけた。

「あの……何かあったんですか?」

「ああ、ご存じないんですね。実は今日のパーティにとある怪盗の予告状が届きまして」

「怪盗? まあ、怪盗だなんて……私、怖いわ」

「大丈夫ですよ、我々警察がなんとしても奴を捕えてみせますから。念のためにお荷物を拝見しても?」

「ええ、構いませんわ。どうぞ」

 女性の声を完璧に作って、西萩昇汰は捜査員に微笑みかける。捜査員は一瞬どぎまぎした後、昇汰の差し出したバッグの中身をあらためはじめた。

 ――本っ当に警察ってぼんくらだなあ。

 鼻で笑ってしまいそうになるのを必死でこらえて、昇汰は穏やかな笑みを浮かべて荷物のチェックが終わるのを待った。

「はい、もう大丈夫です。ご協力ありがとうございました!」

「ありがとうございます。お仕事、頑張ってくださいね」

 バッグを受け取り、にこやかに捜査員の横を通り抜ける。とりあえず第一関門は突破だ。

 受付の男性に偽造した招待状を見せ、澄ました顔で会場へと入っていく。さりげなく首をめぐらせ、警備の数を確認する。三つある出入り口に制服の捜査員が二人ずつ。低い舞台の横にも制服警官が控えているが、思ったより警備は少ないようだ。

 ――これはちょろいな。お望み通り悠々と盗ませてもらおうかな。

 ニヤついてしまいそうになる顔を笑みで固めて、パーティが始まるのを待つ。やがて会場の照明は落ち、壇上で主催者が挨拶を始める。長々としたお喋りの後、主賓による簡潔な挨拶が行われた。視線を舞台横にやってみると、そこには捜査員を何人も侍らせた女性と少女がいた。

 ――あれが今回のターゲットかな?

 じっとその少女を観察する。真っ白なドレスに、おかっぱ頭の黒い髪、年齢は恐らく13歳ほど。大人たちに囲まれても臆することはなく、にこにこと快活そうな笑みを浮かべている。昇汰がじっとその少女を見つめていると、少女はふと昇汰の方を見た。

 少女の黄色い目と、ぱちりと目が合った気がした。

 慌てて目を逸らし、昇汰は目立たないように壁際まで逃げていく。そうしているうちに挨拶は終わり、拍手とともに照明が明るくなっていった。

 ようやくパーティが始まり、昇汰はボーイからワインを貰いながら思案していた。流石にパーティ開始すぐに事を起こすのは得策ではない。ある程度時間が経って警備が油断してきたところを狙わなければ。

 昇汰は少しだけ取った食事を食べて、苦しくてぐっと腹を押さえた。

 縁にきつく締められたコルセットのせいでろくに食事を楽しむこともできない。せめて高いお酒だけでも楽しんで帰ろう。ボーイから二杯目のグラスを受け取り、昇汰はそれをできるだけ上品にではあるがかなりのペースで飲みすすめていく。

 その時、会場の外から歩いてきたらしい男性と、昇汰は軽くぶつかった。

「わわっ、すみません、お姉さん! ごめんなさい!」

「いえこちらこそすみませ――」

 ふらついたのを抱き止めてきた男性を見上げると、そこには紺色のスーツの下にベストを着た川越刑事の姿があった。

 うわ、やっべーーーーーっ!

 昇汰は顔面蒼白になって川越を見る。しかし川越は昇汰の体勢を立て直させながら平謝りしてきた。

「本当にごめんなさい! 俺、こういうところ慣れてなくて……」

「だ、大丈夫ですよ。それでは私はこれで……」

 引きつった笑みを浮かべながら、昇汰はそそくさと川越の近くを後にする。背後からは小声で、すごい綺麗な人だったなあ、とか聞こえてきた。

 ――間抜けが相手で本当によかったあ。

 ほっと胸を撫で下ろし、昇汰は三杯目のワインを受け取った。

 ――だけど、捜査員が客の中にまぎれこんでいるのはよくないな。時間をかければかけるほど見つかってしまう可能性も上がってしまう。これは早急に行動を起こさなければ。

 昇汰は足早に件の少女へと近づくと、彼女を囲む捜査員の隙をついて、少女の隣へと歩み寄った。

「あっ……!」

 わざとらしく声を上げ、昇汰はふらついてグラスを離す。グラスからこぼれたワインは少女の服へと降り注ぎ、その真っ白なドレスに大きな染みを作ってしまった。

「す、すみません! 今、拭くものを……」

 屈みこんで、鞄から取り出したハンカチで少女の服を拭きはじめる。ちらりと少女を見上げると、少女の黄色い目がこちらを見ていた。

「本当にごめんね、お嬢ちゃん。大丈夫だった?」

 さりげなく手を取り、彼女の指から指輪を抜き取ろうとする。しかしその手首を、少女は掴んで止めた。

「ううん、大丈夫だよ。――かいとーの、西萩昇汰さん?」

 顔を寄せられ、小声で囁かれた言葉に昇汰は体を強張らせる。

 少女はそのまま昇汰の正面に顔を近づけると、触れそうなほど近くで可愛らしく笑った。

「ばらされたくなかったらついてきてね?」

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人でなし西萩の諸々の記録 黄鱗きいろ @cradleofdragon

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