第2話 仕事帰りはコンビニ派


 午後十七時。

 定時帰宅が当たり前なつばきは、椅子の背もたれに身体を預け大きく伸びをした。三十手前という事もあり、肩や腰が痛い。

 女のような話し方をする中島課長から頼まれた仕事は余裕を持って十六時には終わらせている。

 若い社員のこのあとどうするー?とか言う話し声を背に受けながらつばきは黙々とデスクの上を整理し鞄を持つ。

 誰に言うでもなくお疲れ様でした、と呟き職場を後にする。下手に残れば中島課長から仕事を押し付けられるのだ。

 従業員専用の出入口で、退店ボタンを押し名札をスキャン。警備員に挨拶をし駐車スペースで車へ乗り込む。


「自分の仕事くらい自分でやれっつーの。下っ端の俺に押し付けるってぜってーおかしい。あいつの頭、イかれてんだろ」


 車を走らせながら愚痴を零す。

 これくらいの愚痴は言わせてもらわないと困る。

 ストレス性胃潰瘍とか色々あるらしいからな。


 会社から三つ目の信号を通り過ぎた所に、つばき行き付けのコンビニがある。朝はしっかり自炊するが、昼と夜は面倒なのでコンビニ弁当やおにぎりだ。

 入り口の真ん前に車を駐車し、財布と携帯を手に入店。まあ、よくあるスタイルだろう。

 自動ドアが開けば、来客を知らせる鈴の音とコンビニ独特のメロディが流れ出す。


「なんだ?客が一人もいねぇじゃねぇか」


 つばきは、その異常さに気が付いた。

 しんと静まり返る店内。何時もは立ち読みする客で溢れている雑誌コーナーにも人っ子一人いやしない。

 レジの中で面倒臭そうに客を出迎える店員もおらず、飲み物を冷やす機械音だけがやけに鮮明に耳につく。


「どうなってんだ」


 休業日だったかと首を傾げるが、ここは年中無休、二十四時間営業のコンビニ。それは有り得ない。

 外に出ようとドアに近付くが自動ドアが反応しない。手動で開けてみようと試みるも成果なし。

 まあなんだ。簡単に言えば閉じ込められた。


「連続誘拐事件」


 つばきはこれがその正体ではないかと疑う。

 もしそうであれば今まで行方不明になった者達が無事に帰る事が出来るかは五分五分だ。


「もっと奥も見てみるか」


 レジの奥にある従業員が出入りする扉を開ける。するとどうだ。中は部屋ではなく洞窟ではないか。

 灯りはなく、ひたすらに闇が続く。つばきは何か手掛かりになる物はないかとスマホをライト代わりにゆっくりと洞窟へと足を踏み入れた。

 ひんやりとした空気が肌を包む。店内の空調による涼しさとはまた別の薄ら寒さと言うべきか。

 奥に奥にと進む度に足元が悪くなる。ぴちょん、と水の滴る音が大きく谺響する。


「どこまで続いてんだ……?」


 後ろを振り返れば先程入って来た扉から溢れる光が見える。しかしそれも小さくなっている事から思っていたより奥に進んでしまっている事を示していた。


「誰だ!」


 前方で何者かが蠢く気配を感じたつばきが声を張り上げ、鋭く目前の闇を睨み付ける。

 このような洞窟に人間が住んでいるとは考えずらい。となれば、動物の類かそれとも。


──ぷにゅん。ぷにゅん。


 地面を弾力のある何かが飛び跳ねる音が聞こえる。

 ライトを音のした方へと当てれば、白いスライムのような何かがつばきへと近付いて来ていた。


「スライム?」


 半透明な身体。その中心だけが真っ白で、跳ねる度に形が変形する。

 状況が飲み込めないつばきに更に近付くスライムのような生物。つばきは足元に近付いたそれを掴みあげた。

 その手から逃れようと藻掻くスライムを無視してむにむにと押し潰す。


「触り心地はスライムだな」


 ぶにぶに、ぐにゅぐにゅ。

 正体を確かめようと遊んでいれば、ぷにゅん。ぷにゅん。と同じような音が再び鼓膜を揺らす。

 洞窟内で音が谺響する。幾重にも重なったその音につばきは眉間に刻むシワを深くした。どうにもその数が多い気がする。


──ぷにゅん。ぷにゅん。

──ぽよん。ぽよん。


 つばきは不信に思いライトを奥へと向ける。そこには、白いスライムの群れ。

 一見可愛らしい見た目の生物だが、こうも数が居ると中々に気味が悪い。

 目の前で飛び跳ねる未知の生物を無言で見詰めたつばきは、捕まえていたスライムを野球選手のようなフォームで力一杯投げ付ける。

 しかし、野球の経験は高校の体育の授業しかない。見よう見真似のそれはスライムを地面に叩き付けるような結果になった。

 まぐれとも言えるだろう。つばきが投げたスライムが別のスライムにぶつかり弾け飛ぶ。ゼリー状の欠片が辺り一面に散らばった。


「ほほう。これはなかなかに良い気分だ」


 先程も申したが、この花野つばきと言う男、性格に難あり。

 そのスライムのような生物が倒せると知るやいなや、にたりと口角を上げた。

 日頃の鬱憤を晴らすべく、スライムの群れを舐め回すように視線を滑らす。ざっと数えただけでも五十はいるだろうか。


「悪いが俺のストレス発散に付き合ってもらうぜ」


 つばきは足元に落ちていた石を手に、再び投球フォームへと移った。

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サラリーマンに物理スキルは必須 梦宮 @-Nizi

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