第4話




『グゲゲゲゲ!!!』



緑色の体色、それに特徴的な一つ目の魔物が、奇怪な叫び声を上げながら襲いかかる。


対象は、目の前に立つ少年と少女の二人組。魔物は経験から、低い身長の人間は肉が柔らかく実に美味だと知っていた。尚且つ、自身に反抗する手段を持たない事も。


早く獲物を食らいたい。本能が突き動かす衝動のままに、手に持った無骨な棍棒が振り上げられる。武器とも言えるか怪しい代物だが、いたいけな子供二人を殺すにはそれで十分。ついでに肉を叩いて食べやすくする役目としては十二分だ。


歓喜からニヤリと吊り上げられる口角。魔物という明確な脅威が、殺意を伴って振り下ろされるーー



「五月蝿い」



事はなかった。


ジュッ、という肉の焼ける音がしたかと思うと、一瞬にして魔物の姿が消失する。


瞬きする間もなく、抵抗する間も無し。襲いかかった当人である魔物はどうやって自らが死んだのか、それどころかいつの間に自分が死んだのか気づく事も出来なかったであろう。少年の手から伸びた一本の剣が、唯一僅かに魔物が抵抗した証として残されていた。


『獄炎魔剣スルト』。見た目には何の変哲も無い真っ黒な剣だが、一度戦いとなればその刀身からは焔が吹き出し、相手を灼き尽くすまで止まる事はない。例え相手が魔物であろうと神であろうと、その焔は呪いとなって相手を蝕み続ける。そして、最終的には使用者諸共燃え尽きる。


幸運にも初回ガチャでギンガが引き当てたレジェンダリー武器であり、一発当てるだけで大抵の敵は跡形もなく消えて行く。本来ならただの人間如きが持つことなどあり得ない、ましてや振るうことなどもってのほかだ。


とはいえ、ギンガにとっては『リセマラが出来るタイプのソシャゲに良くある、序盤はレア度最高の武器で全て完結するタイプのアレ』位の認識でしかなかった。

ソシャゲであれば神話レベルの武器はポンポン出て当たり前、ましてやゲームオリジナルのアイテムにその地位を脅かされる事などざらにある。そういった経験が、廃課金者であるギンガの認識を鈍くさせていたのだ。魔物にとっては良い迷惑だろうが、残念ながら神話レベルの武器と張り合おうとするのが間違いである。


だが努努忘れるなかれ、そういったタイプのゲームはイベントで頭おかしいくらいの難易度のボスを出し、新しいキャラや武器のガチャを引かせようとするのである。『三度の飯よりガチャが好き』を地で行くギンガだが、そういった手段でガチャを回させようとする運営は天敵といっても良い存在だった。


最も、敵と言いつつ結局ガチャは引くのだが。



「うええ……魔物ってどれも見た目がグロいよぉ。それに皆こっち見た瞬間襲ってくるし、どうにかならないのぉ?」


「付いてきたお前の責任だ、諦めろ。それに向こうから寄ってくる分には討伐対象のホブゴブリンを探す手間も省けるだろ」


「でもギンガ……強いのは分かったんだけど、頭の角持ってかないと討伐証明にならないよ?」


「あ」



 嫌そうな顔をしつつも、反応がそれだけで済んでいるというのは流石と言うほかないだろう。記憶は無いながらも精神年齢が子供のそれではないギンガに比べ、マシューは正真正銘の十歳女児だ。言動こそ幼いが、年相応とは言えない幼馴染と関わっていく中で精神が成長したとでもいうのだろうか。


 そんな少女に今更ながらのことを指摘され、間抜けな声を上げるギンガ。効率を重視するあまり、必須事項が頭から抜けていたようだ。受けたクエストは『ホブゴブリン十体の討伐』、つまり必要なものは十本分の角なのだが、ここに来るまで既に五体ほどは燃やしてしまっている。


 ソシャゲ風に言えば、準備を忘れてクエストに出て、無駄に行動力を消費してしまったようなものである。無駄なことが嫌いなギンガは、自身の行為が徒労に終わったと感じ深く肩を落とした。



「はーまじかよホンマつっかえ。折角レジェンダリー出したんだから使わせろよ、オーバースペック過ぎて逆に使えないとかバランス調整どうなってんだクソ運営」


「相変わらず言ってることの八割は意味不明だけど、とにかく不満だってことは伝わってくるよ……」


「分かってくれるか幼馴染よ。ならば一緒にこの言葉を叫ぼう、『運営死ね!』」


「だ、だからうんえいって何のこと!? そんなに不満なら使わなきゃいいのに!」



 ごもっともである。不満があるならば辞めればいい、それは導かれる結論として当然の帰結だ。


 だが、ギンガら課金兵にとっては違う。ぶつくさと文句を言いつつも、魂ごとガチャという戦場に縛り付けられている彼らには、不幸な現実に耐えつついつしか訪れるであろうたった一つの幸福を求めて争い続けるしかないのである。端的に言えばアホ。



「チッ……まあいい、お前をこの世界に引きずり込むのはまた今度にしてやる。運がよかったな」


「そ、そんなことになる前に私がギンガを引きずり戻すもん!」


「そうだ、幼馴染の魔法なら角を壊さず魔物を倒せるだろ。頼んだ」


「話聞いてよ、もー!……確かに、出来なくも無いけどさ?」



ぶつくさと文句を言いながらも、最後の方は顔を赤くし、満更でもなさそうな表情になるマシュー。果たしてこれは、自分一人で完結している幼馴染から初めて頼られたという嬉しさからなのか、はたまた……。


やる気があふれ出て仕方ないのか、思わず魔法を発動させ両手に待機させるマシュー。初級魔法と言えど、齢十歳の少女が使いこなすには余りある代物なのだが、彼女はそれを物ともしない。幸運なことに、チートレベルの能力を持つギンガと同じく、マシューも十分にチートと言われるほどの才能を備えていたのだ。


 だが、そんな幼馴染の才能には目もくれずギンガは先に広がる草むらを見ていた。


彼らが立っているのは街の外に広がる草原と、その更に先に広がっている森林、その境目だ。何の変哲もない木々だが、何が気になるのか彼はじっと見つめている。



「ん、どしたのギンガ? ホブゴブリンでも見つけたの?」


「……なあ幼馴染。一つ聞きたいんだが……?」


「へ? あたりまえじゃん。今日のクエストも指定地域は森林だったし、ホブゴブリンも森林に暮らす魔物だって聞いたよ?」


「……だよな」



だが、ギンガが取った行動は。





ーーギィッッッッッッ!!!



彼がそう呟いた瞬間。マシューが余りにも雑な作戦に苦言を呈そうと口を開きかけたその時、唐突に掲げられた刀身から激しい火花が散った。


虚空で起こった謎の出来事。少女が反応出来ずに狼狽える中、ギンガだけは現在の状況を把握していた。



「随分なご挨拶だな。初対面の相手には『初めまして』と言えって親に習わなかったのか?」


『……』



 オーバーテック級、『オーディンの瞳』。北欧神話の主神、オーディンが知識を得るために失った瞳をモデルにして、先史文明が作り上げたアイテム。瞳自体が独自に演算機能を持ち、周囲の情報から正確な事実を持ち主の視界に映すという優れものである。


 このアイテムからは、相手がいかに透明となろうと、この世界に存在している限り逃げ切れる事は無い。ギンガの視界には、ローブを纏った謎の人物がくっきりと映し出されていた。


 本来はホブゴブリンを容易く見つける為に着けていたのだが、それが思わぬタイミングで役に立った形だ。憐れむべきは明らかにオーバーキルな戦力を向けられているホブゴブリン達か。


 一触即発の空気が辺りに漂う。オーバースペックな武器を持つ少年と、姿の無い謎の襲撃者。やがて先に動いたのは――



『……っ』



 襲撃者の体がぐらりと傾く。まるで糸の切れた人形のごとく、音を立てて地面へと倒れこむ。


 何かの罠か。少年の頭にそんな考えが浮かぶが、相手は完全に力尽きたのか倒れた時点で透明化能力が切れたようだ。



「え!? ちょ、ちょっとギンガ! な、何もないところから人が倒れて!?」


「落ち着け、何もないところから出てくるのは俺のガチャも同じだろ」


「それとこれとは話が別なんじゃないかな!?」



 慌てて駆け寄るマシュー。少年も近寄り、フードで隠された相手の顔を覗く。



「……ふむ、ガチャで出ればSR級のキャラにはなれるか」


「何言ってるの? 早く街に連れてって介抱しないと……」



 どんな状況でも自分を曲げない。ある種美点ではあるが、こと課金厨のギンガに関してはろくでもないことにしかならないようだ。

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課金厨が異世界に転生するだけのお話 初柴シュリ @Syuri1484

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