第3話




「金が足りない」



バイト先である食事処も休みのとある日。自身の部屋でスマホを眺めていたギンガは、ふと思いついたようにそう呟いた。


久しぶりの休日という事で幼馴染の家へと遊びに来ていたマシューは、彼のつぶやきを聞きつけ読んでいた本から顔を上げる。まるでパチンコに嵌った身内が金をねだって来た時のような表情だ。別に金をねだられた訳ではないが、それでも何言ってんだコイツという感情には通ずる物があるだろう。



「……そう思うなら課金控えようよ。ほら、お勉強ならいくらやってもタダだよ? 一緒に魔法のお勉強しようよ」


「学校に行ってる訳でもないんだから別にいい。別にいいからその手に持った分厚い教科書を押し付けるな暑苦しい」



顔に押し付けられる豪華な装丁の本を鬱陶しそうに払うギンガ。転生者だとすれば魔法というワードに心惹かれる筈だが、生憎と魂ごとガチャに取り込まれている彼にとってはガチャこそ命。将来に困らない程度の勉学を修めれば、後はガチャの為の課金代を稼ぐ事が彼にとっての優先事項なのだ。


魔法を使える、というのは確かにこの世界においてかなり有利に働くが、それでも必須ではない。ある程度の学力を保有している彼にとって、今やるべき事は金稼ぎだった。


 とはいえ、幼馴染たるマシューが魔法に関して並々ならぬ興味を持っているのも事実。彼女からすれば彼を学校に誘いたい。彼からすれば学校など行きたくもない。そんなすれ違いが何年も続いていた。



「いいか、今は天界武器ピックアップの時期。この機会にこそとこれまで貯めて来た給料を全開放したんだが……結果は大爆死だ。既に一万ゴルド突っ込んだ身、ここで引くことは出来ない」


「い、一万!? いくら何でも使いすぎだよ! いったいどこからそんなお金持って来たの!?」



 参考までに、彼らが月々に貰っている給料は千ゴルドである。およそ給料十か月分が既にガチャへと消えているのだ。それでも『これ以上はヤバイ』ではなく『ここまで来たなら引かないと』という方面に思考が傾いていくのは廃課金者としての悲しき性か。


 ガチャの沼に肩まで浸かった男。今の彼を表現するにはこの言葉がぴったりであった。



「俺もそう無計画な人間じゃない。年に何回も無いピックアップだから、この時期に合わせてしっかりとちゃんと貯金してるんだよ」


「胸を張って言える事じゃないと思うけど……博打の為にお金貯めたみたいな事言うの止めようよ」



マシューの小言をどこ吹く風と受け流すギンガ。それどころか残り僅かになったガチャコインを使って単発ガチャを引き始めたではないか。一縷の望みをかけ、十連後の余ったコインを利用し必死にガチャを回しているのである。


当然ながら、奇跡でも起きない限りそんなもので最高レアを出す事など出来ない。排出確率は表記されていないが、それでも相当に低い物であるのは確かなのだ。


最低レアのコモンを引き当てた所でコインが尽き、思わず渋い顔になるギンガ。付き合いの長いマシューからすれば、それだけで彼の身に何があったのかを把握する事は難しくない。



「ちょっと! また人の話も聞かずガチャを引いて! 今日という今日は許さないんだから!」


「俺の金でいくら課金しようが俺の勝手だろうが! 邪魔するな!」


「せっかく稼いだお金を無駄にするのが悪いの!」



課金するなと言われているのに課金する。人と話している最中にスマホを弄る。おおよそ人間の屑と呼ばれるに相応しい行動を幾度も繰り返しているのだから、スマホを取り上げられるのも当然だろう。


取られたスマホを取り返そうと少年は必死に手を伸ばすも、その手は虚しくマシューの手によってペシペシとはたき落とされて行く。


稼いだ金をパチンコに注ぎ込むクソ亭主と、別れられない妻。見る人が見ればそう評した事だろう。



「……まあいい。とにかく俺には金が必要なんだ。その為に稼ぐ方法は既に見つけてある。分かったらくれぐれも俺の邪魔をするなよ」


「稼ぐ方法? それって何か怪しい事なんじゃ……『ひごーほー』って言うの? お姉ちゃんに言いつけてやるんだから」


「だから邪魔するなって、別に後ろ暗い手段で稼ごうって訳じゃねぇよ」


「本当? なら私も連れてってよ」



 ギンガの言葉を聞いた途端、目を輝かせて食いつくマシュー。あふれ出る知識欲の賜物か、自身の知らないことに関してはとことん興味があるようだ。


 鬱陶しそうにシッシと手を払うギンガ。



「こちとら余計な人員は必要ないんだ。ほら、お前もそろそろ勉強の時間だろ? 分かったらさっさと帰れ」


「……いいのかな? あなたの『すまほ』は私が持ってる訳だけど」


「むっ……脅迫か?」


「べっつにー? ただこれを返してほしくば、どうすればいいのか分かってるのかなーって」


「……くっ、殺せ!」


「へ? 急にどうしたの?」


「いや、なんか俺の魂がそう言えって……」


「ええ……」



 そんなこんなで、スマホと言う人質ならぬ物質を取られたギンガは、結局彼女の言葉に抗うことは出来なかった。ソシャゲ廃人にとって最も恐ろしいものは、バックアップを取っていない環境でのデータ消去なのである。


















「ぎ、ギンガ君ここって……」


「見てわからないか? お前の姉も勤めてる、冒険者ギルドだよ」



 多くの人がひしめき合うギルド。禿頭の大男から金髪のグラマラスな美女まで雑多な人々で溢れかえっている様は、ごった煮と表現するにふさわしい。あるいは闇鍋か。


 闇鍋、とくれば廃課金の頭に浮かんでくるのはガチャである。引くまで何が出るか分からないという点を見れば、まあ間違いでは無い。とはいえ、彼の思考をたどれば大抵はガチャのことに行きつくため共通点などあって無いような物だが。



「そのくらいは私でも分かるよ。でもどうしてここに? 確かギルドのお仕事って十五を超えなきゃ受けられないはずだけど……私たちまだ十歳だよ?」


「ああ、知ってる。だから受けるのは俺じゃない」


「え?」



 言葉の意味を図りかねて首をかしげるマシューだったが、彼女を一顧だにせずギンガが進んでしまうため、彼にやむなくついていく。


 彼らに向けられる奇異の視線。場違いであるということを如実に訴えかけてきていたが、ギンガはそんなものどこ吹く風といった感じだ。これは別に彼の度胸がどうとかいう話ではなく、単純に課金の事しか頭にないが故の行動である。要は優先順位の違いだ。


 彼は物事に優劣を決めて、それに従い行動することが出来る人間である。ただそのトップにガチャが来てしまっているだけで、それさえ除けば十分に出来た人間なのだ。最も、その一点だけで全てがマイナスに振り切れているのだが。



「すいません。リン・トイフェさんの使いで来たのですが」


「!?」



 受付に辿り着いた彼が第一声に放った言葉は、誰も想像だにしていなかった。営業スマイルが凍り付いた受付嬢はもとより、彼女の身内であるマシューすらも。というか、リンから依頼など受けていないことを知っている分彼女の驚きの方が大きかった。



「ギ、ギンガ!? お姉ちゃんからは――ムグッ!?」


「このクエストを承認しといてください。リンさんの名前でお願いします」



 驚きのあまり真実が口から洩れそうになるが、少年の手によってあえなく阻止される。『余計なことを喋るな』とばかりに目で訴えかけるギンガ。


 彼が受付嬢に差し出したのは、いつの間にか回収していた一枚の羊皮紙。『森林に湧いた魔獣十体の討伐』という本当にS級冒険者であるリンが受けるならば役不足確実のクエストである。


 だが、本人の確認が無ければクエストを受けさせることは出来ない。受付嬢は苦笑いになりながら、諭すように話しかけた。



「あのねボク……クエストは本人の確認が無いと受けられないの。それに、君たち見たところ十五歳は超えてなさそうだし……」


「火急の要件なんです。だからこそあの人も妹を使いに出したんですよ」


「え、妹?」



 驚いたような表情でマシューを見る受付嬢。確かに、先ほどはずみで口にした言葉に『お姉ちゃん』というワードがあった。が、それだけでは信に値しない。ギンガはここぞとばかりに畳みかける。



「あの人はS級冒険者、本来なら俺たちを使いに出す必要はないはずです。そこを押して俺たちが使わされたということは、それだけの事情があるんです。分かってください」


「え……でも、その子が本当に妹だとは……」


「本当に妹です。あとでリンさんに聞いてもらっても構いません。とにかく今はこのクエストを認可してください。さあ」


「……でも……」


「ここでもたついてあの人が間に合わなかったら、後で責められるのはあなたですよ? S級冒険者の要件……一職員であるあなたに責任が取り切れますかね? 分かったなら早く判を押してください、さあさあさあ」


「うう……」



 結局長い交渉(脅迫)の末、彼はクエストの認可をもぎ取ることに成功したのだった。げに恐ろしきはその執念である。

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