第4話 生まれたときから決まっていたこと

「それはですね」


 よく聞いてくれた、魔族の王よ。

 俺は酔いもあって、いい気分になった。


「俺は、生まれたときから、死ぬことが決まっていたのです」


 俺は胸を張って言った。

 王は驚いたのか、何も言わない。

 しかし、飲みかけの珈琲の杯を置いて、こうつぶやいた。


「――それは、特殊なことなのか?」


 ……は!? 何を言っているんだ、こいつ。

 特殊に決まってるだろう。


「いや、だからですね。うちの王室には“兄弟殺しの掟”というのがありまして、皇帝になれなかった王子は処刑されるのです」

 そんなこと、説明しなくても偉い奴ならみんな知っているだろう。

 そんな特殊な運命の中で、なんで俺が明るく生きているのかを聞きたいんじゃなかったのか?


「……私も同じだ」

 王の答え、というよりもつぶやきは意外だった。

「は? サファヴィー朝でもそういうのがあるのですか?」

 ちょっと驚いた。サファヴィー朝はこいつの親が建国した国だから継承については伝統も何もないはずだ。

 でも、そういうことになってしまったのだろうか。


 だが、王は軽く否定した。

「いや、その前の」

「その前?」

「生まれたときから死ぬことが決まっていた……私も同じだ」

 はぁ、何だ、そういう話か。力が抜けてきた。

 なんだこいつは、真面目な顔をしてボケているのか?


「あ、確かに。そう言うとみんな死にますからね」

 でも、そういうんじゃないんだ。


 俺は、特別なんだ。俺の死は、特別なんだ。

 俺の死は悲劇なのだが、俺はそれを笑う。

 俺は凡愚だが、やっぱり特別な凡愚なのだ。

 それは譲れない。


「確かにそうなんですけどね、俺は違うんです」


「違う?」

「俺の死は非業の死で、無念の死なんです。それが、生まれた時から決まっているのです」

「…決まっているかな?」

「え?」

 口数の少ない王は、何か考え始めた。

 そのとき、地面が小刻みに揺れた。

「地震!?」


 だが、俺も王も、身じろぎもせず、揺れが静まるのを待った。

 十も数える間もなく、揺れは収まった。

 ああ、やっぱりたいしたことのない地震だ。


「……地震、珍しいか?」

「いえ、全然。よくありますので」

 俺の生まれ育った帝都イスタンブルは、交通の要衝ではあるが、何度っも地震で大打撃を受けた街でもある。

 これくらいの小さな地震は日常だ。


「そうか。だが、今のようなものではなく、大きな地震が起こったとする」


 珍しく、王は饒舌になった。


「そのとき、死ぬ予定のなかった平民が死んだとする。これは無念ではないのか?」


 何だよ、死ぬ予定のなかったって。

 さっき自分で、生まれたときから死ぬのが決まってるのは皆同じだって言ったくせに。

 どうせみんな死ぬんだろう?

 でも、何か腹が立つ。

 地震で死ぬような無名の民と、俺の特殊な運命が同じだと?


「また、地震でこの宮殿が崩れ、その隙に君が逃げ出し、そのまま庶民として平凡で幸せな一生を終えたとする。そうなったとき、君の運命は決まっていたものだったと言えるか?」


「そうなんですけど」

 俺はかなりイラッとしてきた。

「何で、王は俺のただ一つの“特別さ”を否定するんですか?」


「ただ一つの特別さ?」

 王の口調はいつものように淡々としている。

 地震でもこぼれず残った珈琲を、けちくさく飲み続けやがって。


「俺は、普通じゃない王室の王子に生まれ、生まれながらに処刑される定めにあるんです。普通なら、自暴自棄になっておかしくなってしまうでしょうけど、俺は、それでも笑って生きているんです。それが、特別じゃないと言われたら、俺は生きている意味がない」

「特別じゃないなら、生きる意味はないのか?」


 はぁ!?

 何で今日はこんなに突っかかってくるんだ?

 いつもは「そうか」とかしか言わないくせに。


「じゃあ聞きますけど、生きる意味って何ですか?」

「知らん。気にするほどのことか?」


 ほら、こういうことを言う。


「ということは何ですか。あんたは意味もなく生きて、人の命を奪っているということですか」

「……何?」

「あんたが王になるために、王であるために、誰も死ななかったなんて言えるんですか。あんたが知らないうちに命を奪った者には、生きる意味はないんですか。そうやって死体の山の上にあぐらをかいているあんたの人生に、意味はないんですか」


 自分で言っていて、意味がわからなくなってきた。

 違うんだ。俺にとって大事なのは、「俺の生きる意味が尊いこと」であって、他のやつらの生きる意味なんて知らないし、この王が何のために生きていたってどうでもいい。


「考えておこう」


 王は立ち上がった。


「どこに行くんですか?」


「……地震の被害を確かめに。私が起こした地震ではないが、もしかしたら誰かの命が失われたかもしれない」

「あ、そうですか」


 別に、地震のことなんてどうでもいい。

 俺は用意された豪華な居室に戻り、横になった。


 寝よう。

 自分の死に対しても、人の死に対しても、超然と飲み食いし、眠れるのが俺なのだから。

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