第9話 音楽に殺されることってあるのかな? 随分昔にそんなようなタイトルの楽曲があったと記憶してはいるけど

4live がスタンバイを始める頃、ゾロゾロと客がなだれ込んできた。これも冷徹な事実。

WALK DMC も演奏はタイトだし固定ファンもついてて評価は高いんだけれども、ほんの中学生の4人の方がより支持されているということだ。興味のない前座はすっとばしてお目当のバンドだけを見に来る。客だって自分の人生が暇じゃなくて時間が限られてるのは当然の話だ。


「ほら、見なさいよ。これが現実でしょ」


わたしはカースト上位中学生たちのテーブル席の脇に立ってホール全体を見渡す。明らかに人混みで店内の温度が上昇していることが分かる。

けれども、やっぱり不思議だ。

ホール全体が静寂に包まれる。

これは本当にロックバンドのライブ会場なのだろうか。


「ごほっ」


カースト上位中学生男子がたまらず咳払いする。途端に客席から、ちっ、という非難の舌打ちが鳴らされる。


「こんばんは、4liveです」


相変わらずの普段着に、おどおどした口調。ムロタが挨拶し、今回はいきなりムトウがスネアをすたっ、と2本のスティックで打撃する。

カトウが複雑なのにキャッチーな、柑橘系のリフを奏で始めた。エミが切ない、けれども手数の多いベースラインで曲を下支える。ムロタは音数少なくギターの弦を弾き、アップテンポな新曲の、歌が始まった。


・・・・

夏草匂う 土曜の午後からは 見知らぬ僕らの 歌が始まる

乾いた風と潤ったメロディーが 汗ばむ僕らの背中冷やしてく


(ダラララララ)

潤ったメロディーが

(ダラララララ)

僕らの心癒す

(ダラララララ)

冷たい乾いた風が

(ダラララララ)

僕らの熱冷ます


そんな日々僕らの歌声が

そんな日々僕らの願いごとが

そんな日々僕らの笑い顔が

そんな日々僕らの熱い思いが

毎日を彩っていく


・・・・・


カトウのギターソロ。一音一音丁寧に、歌うようにギターをかき鳴らす。

エミのベースが唸る。

ムトウのドラミングの隙間がどんどん狭くなる。


「ヘイ!」


汗で額にべたっと張り付く前髪をほったらかしにしてムロタが叫ぶ。


叫んでるのに、クール。クールなのに、熱い。

対義語と矛盾でもって表現するしかない彼らの曲と演奏。甘酸っぱい、という少し恥ずかしい語彙でもってわたしにとって感じられたこの曲は彼らの最大、最速、全力のエンディングでもって曲が完結した。


「おやすみなさい」


消え入るように掠れた声でムロタがつぶやき、彼らはいつもの如く逃げるようにステージを後にした。

たった、一曲。

けれどもそれで十分だった。

客は全員最後の残響音に打たれたようになって立ち尽くしている。


わたしは、テーブル席を横目で見る。


押し黙り、悔し泣きすらしているのではないかというオロオロの表情の彼らがいた。


人生は、事実を知るところから再開する。

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