第8話 人生におけるターニングポイントっていくつもあるけど、人様に言えるような恥ずかしくない決断したいもんだよね、お互いにね
「ほれっ、行くぞー!」
「バカ、やめろー!」
WALK DMCのいつものライブパフォーマンス。最重量のヴォーカル、プサムがステージから客席に向かってダイブする。たまらん、とばかりに客たちはよける。プサムはそのままビタン、と床に張り付く。何事も無かったかのように起き上がりステージに上ってまた歌い始める。
「あははは!」
わたしもいつものように手を打って笑う。
「カナエ、仕事しろ!」
「オーナー、ごめんごめん」
さて、仕事。わたしはホール後方のテーブル席にまとめて座らせておいたカースト上位者の中学生たちの元へと向かう。
「あなたたち、ドリンクは?」
「ビール」
「あほ! 自立してない輩に飲ませる酒はないわよ」
「じゃあ、コーラ」
「全員コーラね。どう、楽しんでる?」
「・・・最悪」
「そう? 割と面白いでしょ?」
「コントじゃん」
プチ美形の女子が吐き捨てるように言ったので、わたしが解説、というか言い訳する。
「でも、ほら。結構歌の内容深いと思わない?」
「全然。そもそも滑舌悪くて何言ってんのか分かんない」
「うーん。ところであななたちは普段何聴いてんの」
「別に。音楽なんて特に。なんとなくアニメとかで使われてればああそうかって程度」
「そう。寂しいねえ、なんか」
「だから、あの4人のも別に聴く気ないから」
「ふーん。あの子らの曲、聴いたことないの? 中学だったら文化祭とかでバンド出るでしょ?」
「あいつらがバンドやってるなんて誰も思ってないから。笑えるからウチらがネタにしてる程度で」
「焦った?」
「え? 何を?」
「だって、ツイッターのチェックしてるってことは4liveの動画がアップされてるのも見てないとは言わないよね? 正直、自分たちがあの4人に偉く差をつけられてる、って感じてんでしょ。多分あなたたちのグループって頭もいいだろうから」
「なんでウチらが」
「言っとくけど、わたしは冷徹だよ。事実だけ言うね。4liveの4人にあなたたちは逆立ちしても勝てない。あの子らはもはや老成してるレベル。バンドとしても、人間としても」
「はあ? 何言ってんの? あいつらは自分の意思もなくて自己主張も信念もないからいじめられてるんだよ。中退でリストラされたあんたなんかの言葉、説得力も何もないから」
「そう? 確かにわたし、中退だよ。まあ、自分の親戚のせいだって思う時もあるけど、一応家計の収支とか祖母の病状とか自分の適正とかを総合的に判断して高校をやめた。これは自分の決断。そして担任に斡旋してもらった中小企業に入社した。これも自分の決断」
「・・・・」
「その会社の業績が悪化した時、一番リストラしやすいであろう自分の立場にも納得して、その後の再就職活動のことも考えて、引っ張るよりもスパッと辞めた方がいいだろうっていうのも、わたし自身の決断」
「・・・・」
「さて、あなたたちはどんな決断をして今ここに居る? 今の状況になってる?」
「最難関の高校を受験する、って決断した」
「それは教師と親の決断でしょう。あんたら自身の決断とは言い難い」
「そんなことない」
「わかんないか。じゃあ、誘導尋問してあげるね。あなたたちは4liveの4人をいたぶるっていう選択肢とうまくやるっていう2つの選択肢を持ってたはず。どっちを選んだ?」
「・・・前者」
「前者、か。深刻っぽい言い方したら哲学的に聞こえるもんだね。でも、わたしはこう言い換えてあげるよ。『僕たち・わたしたちが人生において行った唯一の決断、それは、4人の同級生をいたぶることです』 しょぼすぎ」
「しょぼくはない」
はあーあ、とわたしがため息をつくと、ステージがやたら盛り上がり始めた。
プサムががなっている。
「イエっ! とうとう俺らの最後の曲になっちゃったよ! でもこの後は中坊バンドの4liveが盛り上げてくれるぜ。頼むぜ、ベイビー!」
ベイビー、とか言っちゃってるし。
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