第7話 コスト、ってもんの本当の意味がわからないような子供は、せいぜいスクールカースト程度の世界でままごとでもしてりゃあいいんだよ!

ポピーでの再演の夜は雨になった。小雨なので4liveの4人は楽器を担いで徒歩でやって来た。


「こんばんは」


スクールカースト上位者たちがライブハウスの前で待ち伏せていた。丁寧な物言いと嫌悪をあらわにした表情とがちぐはぐなプチ美形の女子が、多分エミに向かって言った。残り3人の男子メンバーには話しかける気もないようだ。


「・・・こんばんは・・・」


エミが生真面目に、けれども震えた声で返すと、全部で8人の中学生男子・女子のカースト上位者を背後に置いた女子は更に事務的に話し続ける。


「そこにマンホールの蓋、あるよね? 開ければ? んで、捨てれば?」

「できない」

「はあ?」


エミの拒絶の一言に物言いが急に荒くなる。自分たちの言動がさも正当な行為かのようにエミに対し質問する。


「なんで」

「・・・ギターとベース捨てたら演奏できなくなるから」

「は? この間だって小便かけて演奏できなかっただろ? 同じじゃねえか」

「・・・洗って、演奏した」

「うわ、汚ったな!」

「キモっ!」


そこにいるカースト上位者どもが全員うえー、とか、おえー、とかいうジェスチャーをする。影で聞いているわたしは今すぐ飛び出したい気分だったがぐっと我慢した。


「汚いとかきれいとかキモいとか、僕らは別にどうでもいい。演奏できれば、それでいい」


ムロタが初めて口を開いた。


「だ・か・ら、演奏するな、っつてんだよ!」

「仕事だから、演奏する責任がある」

「はあ? 仕事? 中学生で不登校のくせに何言ってんだ? おめーらは」

「関係ない。ここのオーナーと契約してる。仕事なんだ」

「ムロタのくせに何まともっぽいこと言ってんだよ!」

「僕のくせにとかよくわかんないけど、僕はオーナーとチケットを買ってくれたお客さんに対して責任を果たさないといけない。通して」

「この間だってさっさと負け犬になってじゃねーか。包茎ちんぽ晒して排尿してよ!」

「小便は洗えば演奏できる。殴られても痛いのさえ我慢すれば演奏できる。ましてや侮蔑の言葉くらい聞き流せば演奏に支障はない。だから今までどうでもいいことだと思ってされるがままにしてただけだよ。でも、楽器を捨てたら演奏できないからこれだけは拒否するしかない」

「はあ? 何自分らの方が次元が上みたいなこと言ってんだよ!」

「事実この子らが上じゃん。バカじゃないの、あんたら?」


潮時だ。わたしはポピーの階下にある日本一小さい神社の鳥居をくぐってカースト最上位女子の前に出た。


「誰あんた」

「失業者」


ぷ、とカースト上位者どもが笑う。


「じゃあ、あんたは何?」

「中学生」

「学生ごときが偉そうな口聞くなよ」

「あ?」

「あんたらみたいに惰性で学校通ってるクソどもがわたしは一番嫌いなんだよ」

「は? 失業者、ってことはそういう世界にすら適合できなかった、ってことでしょ? 落伍者が」

「そう。落伍者だよ。んで、彼らも落伍者」


わたしのセリフを合図に、神社の鳥居から巨軀を揺らして3人のブラザーがのっそりと出て来た。


「な、なんだよ、こいつら?」


カースト上位男子どもがややうろたえる。スキンヘッド、金色の短髪、ドレッドとアフロの中間、そして3人とも全員体重100キロ超えでチェーンとネックレスとリングで更に重量を加算している。


「こいつら、で悪かったな。俺らも落伍者だよ。んで、こっち側だ。こっち側って意味、わかるか? 殴られ側だったってことだよ。4live のこの子らとおんなじでな」

「だから、なんなんだよ」

「4liveの前座なんだよ、俺らは。WALK DMC っていうヒップホップバンドだ。今日のメインアクターはこの子ら4人で俺らは前座だよ。文句あるか? 俺らも仕事なんだよ。んで、この子ら4人は才能がある。音楽だけの才能じゃねえぞ。物心ついた頃からお前らみたいなくだらん輩に殴られ続けてきたことそのものが才能なんだよ! そういう人生の歩みそのものが努力なんだよ! お前らはもう手遅れだ。この4人みたいに厚みのある人生はこの先ももう送れねえ。性根が根こそぎ腐ってるからな。せいぜい後悔して余生を生きろよ」

「ちょっとブラザー、それは前途洋々たる中学生に言う言葉じゃないよ。ねえ、ちょっとだけ美人のあなた」

「な、何?」


わたしは会話のターゲットをプチ美形のカースト女子に絞る。


「ライブ、見てけば?」

「はあ? 何のために?」

「だから単なる提案。強制じゃない。ただ、はっきり言ってあんたらのやってることって威力業務妨害なんだよ。うちのメインアクターの出演妨害してたんだから。警察呼ぼうか?」

「・・・脅しじゃねえか」

「違うよ。提案。どう? ブラザー」

「おお、いいな。前座でもなんでも客が多いと盛り上がるからな」

「料金は1000円だけど、失業者のわたしが半分奢ったげるから1人500円でいいよ」

「金取るのかよ!」

「はあ? 世の中ただのものなんて一つもないんだよ。幼稚園児だって知ってるわよ。それに、あんたらのやってることはすべて他人にコストを押し付けてんだよ。他のライブハウスで4liveの出演妨害したことがどれだけその店の機会損失になってると思ってんだよ!」

「え、え?」

「それだけじゃないわよ。もしあんたらのせいでこの子ら4人が高校進学できなかったらそれぞれの家庭にどれだけの金銭的損失を与えるんだよ。お前らはそのコストを踏み倒してんだよ!」

「・・・・」

「おい、わかってんのか!? お前らは借金踏み倒してるのと同じなんだよ! 金、返せよ!!」


気がつくとわたしは全身を震わせてロックシンガーのように怒鳴っていた。

ブラザーたちが、カナエ、わかったよ、と言ってぽんぽんとわたしの背をたたいてくれた。そしてその場にいる全員をポピーの店内に『ご案内』してくれた。

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