第6話 カーストってなんなんだよ、いつの間に日本はインドになったんだよ、ていうかインドでだってこんな訳のわかんない使い方してないだろ、クソが!
ゆっくり話せる場所はないかと訊くと、ベースの女の子が学校からかなり離れた神社まで連れて来てくれた。つまりここならば中学校の人間は絶対にこないということなのだろう。それと、この神社ではかわいいものが見られるという。
「亀?」
「ええまあ。この神社、亀がいることで有名ではあるんです」
社殿の前に人造の10メートル四方ほどの池があり、石の上で数十匹のクサガメかミドリガメが甲羅干しをしていた。夕方近いが日差しがまだきついので乾きがいいんだろう。
「・・・まあ、かわいいといえばかわいいのかな」
わたしがやや不満そうな態度を示すとベースの女の子は首を少し振った。
「亀、じゃないんです。警戒が解けたら顔を出してくれると思います」
「?」
社殿側の水草がカサカサと音を立てた。
「あら」
わたしが頓狂な声を上げると同時にカモの雛が一羽、ちょろちょろと顔を出してととと、という感じで池を泳ぎ始めた。その後ろから母親だろうか、親ガモがスーッと水面を滑って来て、子ガモたちが後に続いた。
「あららら」
思わずわたしも僻み根性を忘れて久しぶりの笑顔になっているのが自分でわかった。全部で7羽、母ガモの後に一列縦隊で池を周遊し始める。
「毎年この季節になると巣を作るんです。わたし、知ってたんです」
ただ、この女の子は表情を変えずにそう言った。
亀とカモの鑑賞用か、池の正面に置かれたベンチの右端にわたし、左隣にベースの女の子、その隣に順にギター・ヴォーカル、ギター、ドラムの男の子が並んで腰掛けた。
「さて、自己紹介。わたしは、カナエ。苗字は貫田じゃない。はい、次はベースのあなたから順に下の名前言って。苗字は要らないから」
「エミ、です」
「ムロタ、です」
「カトウ、です」
「ムトウ、です」
「ちょっと男子3人。下の名前って言ったでしょ?」
「や・・・ちょっと恥ずかしいので」
「まあいいか。それでライブハウスのオーナーから頼まれてね。あなたたち、もう一回出演してくれないか、って。どう?」
「あの・・・実はまた出入り禁止にされるんです」
「? オーナーはあなたたちを出禁にしたりしないよ? だからこうして頼みに来てるんじゃない」
「いえ。今までもライブハウス側から出入り禁止にされてるんじゃないんです。わたしたち、カースト上位者に監視されてて」
「どういうこと?」
男子3人は喋らず、エミが1人でわたしに応対する。エミ自身も聞こえないぐらいのかすれ声でオドオドしながらだけれども。でも、話の内容は理路整然としててわかりやすい。
「スクールカーストの上位者ってすごくスマートでわたしたちをどうにかするのも合理的で効果的な方法でやるんです。ツイッターにわたしたちのライブの感想が書き込まれるとその人にリツイートするんです。『面白そうですね。観に行ってみます。次のステージの日時を教えてください』って。一度そのリツイートに気づかずに会場まで行ったら10人でライブハウスの近くで待ち伏せしてて。でも、頭いいんで公道で殴ったり蹴ったりはしないんです。『ギターにおしっこかけたら?』って一言だけ言うんです。それもわたしにまでやらせたら本当に犯罪になっちゃうんで、男子3人に向かってだけ。それで・・その・・・」
なんなんだこれは。
「ギターを地面に置いて、男子3人で、その・・・かけたんです。わたしのベースにも」
「・・・そう・・・」
「一応店のトイレでギターとベースを洗ってステージには出ましたけど。でも・・・もう」
「じゃあ、ポピーもそいつらに知られたってことなんだね」
オーナーのライブハウスの名前は、ポピー。
「はい。夕べ、ポピーのステージの感想にカースト上位者がリツイートしてて。多分次のステージの予定を立てたら同じようなことをすると思うんです。別におしっこを洗うぐらいはわたしたちなんともないんですけど、人前でその、見せて、その上・・・排泄するなんて・・男子3人に申し訳なくって」
男子3人は無言で俯いている。
「エミ。あなた、おしっこ洗うの、平気なんだ」
「え。はい別に。小学校の時から彼ら・彼女らにされてきたことと比べたら別にそれほど難しいことでもないです」
「男子も同じ?」
「はい。もっと汚いこともしてるので。性器見せるのも別に。排尿じゃなくって、もっと別のもの出させられたり、ってこともあったので、別に」
「あなたたち・・・いい根性してるよ」
「すみません」
ムロタが男子を代表してこの受け答えをしてくれ、なぜかすみませんと謝った。
いい根性してるよ、って言ったのは根性なしじゃないねって意味で純粋に褒めたつもりなんだけどな。
とにかく、わたしはカースト上位者どもにムカついてムカついてどうにも収まりがつかなくなった。なぜか、叔父や叔母や従兄弟たちとカースト上位者がダブってしまい、余計にムカついた。
「まあ分かったよ。なんとかしてみよっか」
「え?」
わたしの言葉にエミが疑問符を発した。不思議なことにこの時のエミの顔のかわいさが尋常じゃなかった。
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