個人携行装備の短槍に、突くのはおかしい叩かなきゃ!って言ってる方がどう考えてもおかしいですね。
突くも払うも自在なのが長所なのに突くのを封じてどうするのかとw
戦乱の時代、己の命を賭ける相棒としての武器の一つに「槍」があった訳なので、状況に応じて様々な使い方をしていた事は想像に難くありません。
携帯する「槍」の長さや重さに因り、「突く」や「叩く」に特化する事はあったでしょうが、「槍は突くもの」や「槍は叩くもの」と限定する論説自体がナンセンスだと、私は思います。
ヨーロッパの歩兵の槍については、検証した番組がdicovery channelで放送されていた記憶があります。やはり叩くが正解だったかと・・・。その正否はともかく、どこまで物理法則や習慣他を採用するか作品の中ですから何でも有りです。日本の槍は薙刀も混ざってそうな気もします。
謎のパワーで大地を切り裂く!
楽しみですよ!!
細かい理屈なんて気にせず、極スタワールドを突き進んでいただきたいです。
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俺の宇宙では出るんだよ
の一言に尽きるかと。
戦国の合戦物、しかもめっちゃリアリティがウリですってならそういう指摘?も分かるんですけどね
こういうのは戦国時代の合戦の本を読むと書いてありますね、雑兵物語とかに
実際の運用の話が。
既にチェックされてるかもしれませんが学研の歴史群像シリーズあたりが、
戦闘や用兵など軍事的な観点を重視しているので資料として使えると思います。
(合戦時の長柄足軽と槍武者の闘い方の違いについて解説とかある)
槍は「遠心力を活かして叩く」と「普通に突く」の両方使えるってだけでいいと思うんですよね
管槍みたいな突くための工夫の槍もあるわけですし
短い槍も味方の尻を叩くのは有効。将校の拳銃的に。
集団戦前提の長槍戦術と個人戦前提の槍道を比較指摘することがそもそもの間違いな気もしますが……
叩きつける方が威力も練度も楽ではあるでしょうが4mの長槍持って森や屋内でまともに活動出来るはずもなく。ファンタジー冒険者は短槍持って突き主体でなんの違和感もない気はしますね。
目指せ!短槍使いのバルサ!
乱戦と集団線の槍の長さも用法も違うのは当然ですよね。また、空間が限られている迷宮型のダンジョンで4mや6mとか頭おかしいでしょうし。
まあ昔ジェットリーが少林寺って映画で
思いっきりジャンプして上から地面に槍を叩きつけるような演舞をやってたし
槍を叩くものとして使うのはアリだと思う
神道夢想流杖術では「突かば槍払えば薙刀打てば太刀云々」って言ってるくらいだから槍は突くもので良いんじゃないでしょうか。宮本武蔵の時代ですし。
竜や巨人と言った巨大生物と戦うのに槍や両手剣は活躍しそうに思える。でもガチでそんなのとやるなら総ミスリルとかじゃないとすぐ折れそうw
問題はダンジョンのボス部屋ならともかく狭い室内で使いにくいくらいじゃないですかねぇ
普通に考えて剣道でも突きあるしそりゃ突くだろって思うんだけど。
てかこの作者さんだけでもないし、この問題だけでもないけど、
「俺はこんなに詳しいんだぜ!」って人が自慢する意味で書いてる批判がほとんどで気にしなくて良いと思う。コメント見れるトコはだいたいこの手の人が居てウンザリするよ。まあ小中学生かもしれないし大目にみてあげたら?
直感的に、4mの棒を叩きつける使い方しかしないなら鉄の刃じゃなくて石をくくりつけた方が経済的ですものね。
突いて突いて、叩いて突いて、が、半農民の混じる殺し合いの混乱の中の実際だったのかなぁ…と想像します。
謎パワーのある世界では、槍衾は非常識扱いされそうです。魔法あるし。
戦は応仁の乱を境に様変わりしました。以前は武士と傭兵で戦ってたので、兵数はそれほどでもなく、武士は1vs1が多く武芸が重要でしたし、馬上戦闘も多かった。武士は育成に時間がかかるわけですから、戦いもほどほどで優劣付けて終了。戦での死者はそれほど多くなかった。戦後の根切りが激しかったようですが。この頃の槍は恐らく2m程で、突き主体の技術戦。
応仁の乱からは互いに農民を徴兵した雑兵が誕生し、兵数が一気に膨らみ戦は大規模化しました。そうなれば個々の技術より数の暴力なわけで、雑兵が長い槍で殴るスタイルになったんでしょうね。一方、武士は指揮することが増えて馬上戦闘技術は失われていきました。小笠原流とか辛うじて残ってる程度。
江戸時代以降は戦が無くなり、雑兵の徴兵も無くなり、武士の道場武芸が残るのみ。
良く考えると、槍で殴ってる時期はかなり短いかな?応仁の乱~関ケ原までですし。
「極振り拒否して」の主人公はソロ冒険者ですから、突き主体の槍戦闘が当然でしょうね。
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戦国モノを書いていて調べ物の中でこちらに辿り着きました。
農民兵の持つ6メートル級の長槍と武将級の持つ槍での戦い方は別物なのだと思います。長槍は叩くモノで間違いないかと。ただ他で調べたところ槍衾を形成していても実際運用すると、恐れをなす輩や手柄を焦る輩が出てきて統率の取れない部分は色々あるようでして。
おそらく日ごろから馬術・槍術を鍛錬している武士なんかは、その綻びを狙って突撃し隊列を突き崩す事がメインの役割になっていたのではないかと考えます。そうすると騎馬の移動速度と長さ2メートル弱の槍の取り回しが良い利点、槍の扱いの巧さが重要になってくる。私はそう考えました。
そういった意味で一騎当千と言われる武者が活躍していた時代もあった、と歴史にロマンを感じる側としては思いたいです。まあ長篠の戦いで鉄砲を大々的に運用した某お方がその流れを全部ぶち壊しにしてくれやがるんですが。