人生で一番旨かったラーメン屋の思い出

大学生の頃の話。

当時、僕は大学の近くにアパートを借りて住んでいたのだけど、実家から電車で通学してきている友人達が偶然、通学中に見付けたラーメン屋さんがあって、そこが「メチャクチャ旨い!」と何度も言うので凄く気になっていた。

学校の近所にはそれとは別に旨くて有名なラーメン屋があって、自分的にはそこがかなり旨いと思っていたのだけど、友人曰く「そこより絶対に旨い」と口を揃えて言うので、否が応でも期待値爆上がり。

彼ら曰く「旨すぎて毎日学校帰りに食べてる!」らしく、じゃあ皆で一度行こうぜってな感じの流れになり、後日、彼らに車で連れて行ってもらったのがその店との出会いだった。


そして当日。

友人の運転する車に揺られて着いたのは大阪の某駅の裏側近く。そこにあった店は10席ぐらいしかなく、外観も昔ながらのラーメン屋という感じで、良く言えば雰囲気がある店という感じ。

店の外にもスープの香ばしい匂いが漂ってきていて、思わず生唾を飲み込む。

店の中に入って狭い店内で順番待ちをした後、着席。

メニューを見ると(ここはうろ覚えだけど確か)味の種類も少なく、確かラーメン類は普通のラーメンとチャーシューメンがあるぐらいで、所謂ラーメン一本勝負的な店だったと記憶している。

なので迷うことなくラーメンを注文。

するとすぐにラーメン到着。

ラーメンに目を落とすと、スープはキレイな白濁。豚骨ラーメン。

我慢出来ずにレンゲを手に取りスープを一口。

その瞬間、ガンダムSEEDでキラ・ヤマトの頭の中で種がキラキラバシュンするような衝撃を感じた。


『旨い……旨すぎる!』


それまで食べたラーメンの中でダントツの1位。

……いや、それ以前に今まで食べたどんな料理より圧倒的に1位!

まさにラーメンの宝石箱や~!的な、

人生最高の至高の一杯がここにある!

そう思った。

友人達が「学校近くのラーメン屋より旨い」と豪語した理由がよく分かる。

確かに学校近くの人気ラーメン屋も旨いけど、間違いなくそれよりも旨いのだ。

普通、味を比べるというのは難しいモノだと思うけど、その日、そこに居た友人達の満場一致でその店が旨いという結論に達した。それぐらい圧倒的だった。

旨すぎてスープをすする。そして麺をすする。またスープをすする。

旨すぎてスープをすする手が止まらない。可能ならこのまま一生ここでこのスープを飲み続けていたい。そう感じるぐらいメチャクチャ旨かった。

しかし、そんな僕の手を止める一言を友人が発する。


「すみません。替え玉飯1つ!」

「はいよっ!」


僕は言いましたよ。


「は? なんやそれ!?」


とね。

博多ラーメンとかでは『替え玉』という麺を後から追加する制度があることぐらいは知っていたが『替え玉飯』というモノは聞いたことがない。


「おまちっ!」


友人の前に置かれたのは一杯のどんぶり。

中にはご飯の上にキムチと海苔とネギが乗っている。

友人はおもむろにレンゲを掴むとラーメン鉢からスープをすくう。


「これをな、こうすると……」

「ほう……」


友人はすくったスープをご飯にぶっかけ、こちらを見た。


「最高に、旨い!」

「!?」


その瞬間、僕は自らの失敗を悟ったのだ。

そう、若さ故の過ちを……。

このラーメンのスープは……飲んではいけなかったのだ。いくら旨くても。

『替え玉飯』

この店のラーメンのスープは飲むためにあるのではない。この替え玉飯のために存在していたのだ。


「すみません! こっちも替え玉飯!」

「はいよっ!」


急いで替え玉を注文し、残り少なくなってきたスープに苛立ちながらぶっかける。

真っ白な飯が白濁したスープを吸い、至高の一杯が完成。

そして白米の山をレンゲで崩し、スープと共に口に放り込む。


「!?」


その瞬間の衝撃は忘れられない。

メチャクチャ旨いのは当然だが、それより驚いたことがある。

それは、


『このスープ、ラーメンよりむしろ白米の方が合うのでは?』


という衝撃。

一杯で二度旨い。というかラーメンより替え玉飯がメインなのでは?と。

後はただレンゲを使って口の中を幸せにする作業を続けるだけだった。


その日、僕は人生最高の食事を経験した。


◆◆◆


それからそのラーメン屋に通う日々が続いた。

とは言っても、アパートからはそこそこ遠いので、難波に遊びに行く時とか実家に帰る時などに食べるぐらいだったけど。

それでも相変わらずそのラーメン屋は旨くて、何度食べても飽きなかった。


そんな日々が数年続いたある日、忙しかったり実家に帰省しなかったりで暫くその店に行けなくて半年ぐらい期間が空いたけど、久しぶりに近くを通ったのでそのラーメン屋に寄ってみることにした。

相変わらずワクワクしながら電車を途中下車し、駅裏にあるその店に到着。

しかし何故か違和感がある。

店は変わっていない。しかしおかしい。

違和感は覚えつつ、とりあえず店に入ってみると違和感の正体が薄っすらと見えてきた。

その店は人気店で常に満員常態だったのだけど、その日は客が二人ぐらいしかいなかった。

それはもう、明らかにおかしい状態。

そこに僅かな嫌な予感を覚えつつ、いつものようにラーメンを注文する。


「ラーメン1つ」

「はい」


そして顔を上げ、嫌な予感が1つ追加される。

その店はこれまで、いつも60歳ぐらいのお爺さんと若夫婦らしき男女の3人で切り盛りされていた。常にその3人がいたように思うのだ。しかしその日は若夫婦しかいなかった。

そうこう考えていると目の前にラーメンが置かれる。


「どうぞ」

「……」


ラーメンの見た目は変わらない。いつもと同じ。

そこに若干の安心感を覚えつつ割り箸をパキリと割ってレンゲでスープをすする。

その瞬間、全てを察した。

薄い、色付きお湯のようなスープ。味がまったく出ていない。

これは……おそらく、親父さんになにか問題があって若夫婦が後を継いだ。けど、肝心の味の継承に失敗したのだ。

だからここまで味が落ち、客もいなくなったのだろう、と。

そう思った。

なんとかラーメンを胃袋に流し込み、僕はその日、初めて『替え玉飯』を注文せず、スープも残して店を出た。

そのスープでは『替え玉飯』なんて食べられたモノじゃないと一瞬で理解出来た。

なんとも言えない寂しさと悲しさに包まれながら駅を目指す。

そうしてその日、僕の『至高の一杯』は終わりを告げたのだ。

その日以来、その店には一度も足を向けることはなかった。


◆◆◆


それから暫く月日が流れ、過去を懐かしく思い出していたある日。たまたまその店のことを思い出したことがあった。


「……そういえばあの店、どうなったんだろう?」


少し気になってインターネットで検索してみる。


「……あぁ、やっぱりか」


その結果は言うまでもない、と言うべきか。

残念ながら店は潰れていて、その場所には別の名前で豚骨ラーメンではない別のラーメン屋が建っていた。

あの日、あの時、『至高の一杯』が終わった日の悲しさがまたこみ上げてくる。

少し感傷に浸りながら当時のあの店について検索を続けていく。

なんとなくだけど、あの時に僕が感じたあの感動が本当に現実のモノだったのか、自分でも分からなくなってきていたというか、自分の中の思い出補正で美化しすぎているだけなんじゃないか?という気が少ししていて、他にあの感動を体験した人がいないか、知りたくなったのだ。

そうして検索を続けると、個人ブログとかレビューサイトとかにその店を評価する内容がいくつかあって、懐かしさと安心感がこみ上げてきた。

やっぱり、僕らがあの時、青春の日々の中で感じた感動は幻ではなかった、のだと。

そして、嬉しさと悲しさと懐かしさと、色々と入り混じった感情と共になおもブラウジングを続けると、1つの記述に行き着いた。


「○○は潰れましたが、オーナーが別の名店で修行し直され、○○の跡地で別のラーメン屋さんを開店されています。豚骨ラーメンではないですが旨いですよ」


とね。

あのラーメン屋が潰れた後に出来ていたラーメン屋さんは、後を継いだ例の若夫婦が立ち上げたモノだったのです。


◆◆◆


ということで、僕の中の『至高の一杯』はやっぱり永久に失われたままなのだけど、心に引っかかっていたモノはちょっと取れたというお話。

でも、今でもあの時のあのラーメン以上に美味しいラーメンは食べたことがないので、あれ以上のラーメン屋を見付けるのがちょっとした人生の目標だったりします。


この新しく出来たラーメン屋は今でも地元の人気店として残っているので一度行ってみたいところですが、遠すぎて全然行けてないので。こちらも一度は訪れてみたいとは思っているのですが、もし期待外れだったらまた思い出に傷が付きそうで少し怖くもありますね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る