飲み屋で一品料理1つだけ食べて帰る男はコロナの夢を見るか?

先日の確定申告の帰り、一仕事終わったこともあって昼間っから軽く飲みたくなり、しかし今の状況、飲み屋で飲むのもアレなんで姫路駅近くで旨いつまみでも買って帰ろうかと店を探した。

なんとなく、その日の気分では『ひねポン』(播州地域で定番の郷土料理、というかつまみ)で、どこかで売ってないかとグーグルマップを開きながら大手前通りを歩くも、めぼしいお店はヒットしない。

それ以前にどこもお店がやってなくて人もまばら。まぁコロナで自粛の流れが出来てる今は当然か。

仕方なくコンビニで300円のあたりめでも買って帰ろうと裏通りに入ると丁度そのコンビニの向かいにあった飲み屋の店頭で料理をテイクアウト販売しているのを見付けた。

僕が知る限りこれまでこの付近でそんなことをしている店はなかったし新型コロナで減った売上を回収するための苦肉の策なのだろう。

立ち止まり、店頭に臨時で出されたのであろうテーブルに張り出されたお品書きを端から読んでいきその文字を見付け、元気良く呼び込みをしている店員さんに「ひねポン出来る?」と聞くと「出来ますよ!」とすぐに返ってきた。


『これは運がいい』


と思った。

ひねポンは郷土料理とは言ってもつまみなので市内の居酒屋に置いてはいてもスーパーマーケットなどで見ることはまずない。つまり普段ひねポンを食べたいなら飲食店に行くか自分で作るしかない。あとは地元のイベントで出る屋台に置かれることもあるけどかなり稀だし、いまの時期はイベントなんてやっているわけがないのだ。

『なのにそれを探しているお前はなんやねん!』という話ではあるけども、本当にたまたま食べたくなったらたまたま見付けたわけですよ。いや本当に。


ひねポンを1つ注文し、お財布を出そうとすると何故か無人の店の中へと案内され、何故か出てきたお冷には手を付けずに暫く待っていると店員さんがビニール袋を持って店の奥から現れた。

その袋の膨らみ方を目視で確認した瞬間の感想は『ちょっと少ないかな』だった。

小さな漬物パックぐらいの大きさで晩酌のつまみとしてはちょっと足りない。これなら2パックか3パック買っておけばよかったかと思いつつ、でも今更追加で注文するのもなんかなぁ……と思いながら500と少しの代金を支払って店を出た。


店員さんに見送られながら店を出て駅に向かう。

ビニール袋の中のひねポンはしっかりと包装されているようで漏れる心配もなさそうだ。

しかしコンビニなどでよく使われる大きさの袋の中に小さな漬物パック1つではちょっと収まりが悪い。やっぱりもう1つぐらい買っておけばよかったかと改めて思いながら電車に乗り、暇つぶしがてらひねポンを取り出した。

しっかりと目で確認して『やっぱりちょっと少ないな』と思ったところで頭の中でなにかがカラリと切り替わる。


「あれっ?」


この量って本当に少ないのだろうか?

いや、少ないことは少ない。この量では十分には飲めないだろう。

しかし居酒屋の一品料理としてはどうだろうか?

一品料理ひと盛り500円ちょっと。まぁ駅前の飲み屋としては普通だろう。

う~ん……ということは――


「飲み屋で一品料理1つだけ食べて帰ったことになるのか」


こりゃ飲み屋からしたらクソみたいな客だな。平時ならキレられても仕方がない。


「あー……」


なんとも言えないような、ちょっと失敗してしまって後で怒られることが確定した子供のような心境になる。

しかし誰からも怒られない。既にいい歳こいた大人なのだ。

店頭で弁当などと一緒に売っていたのでなんとなくそこらの惣菜屋さんのような感覚で買ってしまったけど、あの店は居酒屋。

居酒屋だから居酒屋価格で居酒屋料理が出てくる。おかしなことはなにもない。

それぐらい最初から気付いていくつか買っておくべきだった。


……しかしそれは本当におかしくないのだろうか?

平時なら500円あれば地下街で唐揚げの盛り合わせが買えるだろう。

山陽百貨店の地下でもそこそこ満足いくつまみが買える。

家で1人で軽く飲むならそれで十分だ。


「居酒屋ってなんなんだろうな」


なんて改めてちょっと考えてしまう。

東京のビジネス層たちには『ZOOM飲み』とやらが流行っているらしいが、そういうインターネット上で集まって飲む、という形を皆が経験して「あれっ? もうこれでいいんじゃね?」と感じた後の世界は完全に別の世界になるのではないだろうか。

少なくとも居酒屋にとっては。

などと考えながらハイボールを一口。そしてひねポンを一欠片。


その日のひねポンの味は普通だった。

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