序章の巻 その6 パーンドゥの五兄弟

 数年前のことだ。その五人の子どもは、ある日突然現れた。森から彼らを連れてきた聖仙たちはドリタラーシュトラ王に目通りを願うと、こう言った。

「ここにいる五人兄弟は、森で苦行を行っていた先王パーンドゥの息子であり、したがって長男ユディシュティラこそが、この王国の正式な王位継承者である」

 当惑する王を後に、聖仙たちは森へ帰っていった。十数年前パーンドゥとともに森へ去った妃、クンティーも彼女の子どもたちとともに帰ってきていたことから、彼らの言うことを信じないわけにはいかなくなった。

 それ以降現在に至るまで、ユディシュティラとその弟たちは自分たちこそが王国を継ぐ者なのだという顔をして、この王宮に居座っている。

「父上は生まれつき目が見えない。だから最初、弟であるパーンドゥ叔父上に王位を譲ったんだ。でも叔父上は十数年前に聖仙から呪いを受けて、もはや国を治める資格はないと言って森に隠居した。父上は叔父上に負い目を感じてるんだ。この国は本来自分のものじゃない、弟のものだ、って。それで、ユディシュティラたちが出てきた時も戸惑いはしてもあっさり受け入れて、今じゃ王位もユディシュティラに譲る気でいる」

 ドゥルヨーダナは空になった椀の底を見つめながら話した。向かい側に座るカルナは大袈裟な反応こそしないものの、しっかりとこちらを見つめて話を聞いている気配がある。

「おれは認められない、そんなこと。この都で、王の隣りで十五年生きてきたのはこのおれだ。あいつらじゃない。だからおれは、なんとしても、あいつらから王位を奪い返す」

 こういうことを年長者に言うと大抵、『奪い返す』だなんてそんな、とか、従兄弟と仲良くすべきだ、とかそういった言葉が返ってくる。カルナも何かしら言ってくるだろうと思って返答を待っていたが、予想に反して彼は口を噤んだままだった。

「おい、何か言うことはないのか」

 しかたなく話を振るとカルナは、はあ、と気の抜けるような返事をしながら顎をさすり、ややあって居住まいを正した。一つ息をついてから口を開く。

「俺には政治は分かりません。貴方と貴方の従兄、どちらが王位にふさわしいのかも知らないし、知る必要もないと思っています。しかし先ほども言ったとおり、俺は貴方の味方です。ですから、貴方が王位を望むのなら、俺は貴方のために戦います」

 堂々と顔を上げながら、分からない、知らないなどと言うものだから、ドゥルヨーダナは少し面食らってしまった。

「……いや、まだ戦争が起こるって決まったわけでもないが」

「あ、そうですよね。すみません。でも俺、弓の腕以外に取り柄ないしな……」

 また顎を触りながら考え込む姿に、ドゥルヨーダナは軽く噴き出した。

「そんなに考え込まなくてもいい。弓の腕以外に取り柄がないなんて言うなよ。お前はすごいやつなんだからさ」

 笑いの余韻を追い出すため、深呼吸をする。

「……ありがとうな」


 寺院から戻り、ドリタラーシュトラ王に挨拶を済ませたアルジュナとビーマは、王宮の廊下で長兄ユディシュティラに呼び止められた。

「それで、どうしたら母上を元気づけられるかという話なんだが」

 兄が深刻そうな顔でこれを口にするのも、もう五回目だ。しかしやはり深刻な問題であることに変わりはないので、二人も眉をさげて顔を見合わせる。

「でもよう、兄貴。この前、悩みの種をどうにかして聞き出してみるとか言ってなかったか? それはどうなったんだ」

 ビーマの言葉に、ユディシュティラは嘆息しながら首を振る。

「聞こうとはしたんだ。でも、なんでもないとしかおっしゃらないし、それに、あの今にも泣きそうな顔といったら! とてもじゃないが、追求するなんてできない」

 兄貴の意気地なし、とでも言いたげにビーマは口を尖らせたが、母の泣き顔に弱いのは彼も同じだろう。さらに言えば、アルジュナも、ナクラもサハデーヴァも同じだ。これでは誰も彼女の悩みの原因を聞きだすことができない。

 三人で顔を突き合わせて溜息をついていたところ、背後から声がかかった。

「従兄殿。こんなところで何をしているんだ?」

「ドゥルヨーダナ」

 振り返ると、いけ好かない従兄が気安く手を上げていた。その後ろの少し離れたところにはカルナがいる。中庭を眺めているらしい。家族の会話に水を差すまいと距離を取ったのか。それくらいの気遣いはできるんだな。田舎者のくせに。

「ほら、最近私たちの母上は元気がないだろう。どうにか私たちが助けになれないかと思って、相談していたんだ」

「なるほど」

 やがて視線に気づいたのか、カルナはアルジュナに目を向けた。それから、やはり先ほどと同じように微笑んで見せる。なんなんだ。競技会での勝利の優越感に浸っているのか。僕はまだ負けたわけじゃないんだからなと言ってやりたい。

「そうだ。都から少し離れたところにある町で、近々盛大な祭りをやるらしい。クンティー様を連れて見にいってきたらどうだ? もしよければ、宿もおれが手配しよう」

「本当かい? それはよさそうだ」

 カルナはふとユディシュティラへ視線を向けると何かに気づいたように口をへの字に曲げ、しばらく考え事をするように目を伏せた後、また中庭を眺め始めた。落ち着かないやつだな。

「何か企んでるんじゃないだろうな」

「人聞きの悪い。ビーマ、お前のことは確かに嫌いだが、クンティー様はおれの母上の友人でもある。おれも心配してるんだ」

「まあまあ。ビーマ、ここは素直に好意に甘えようじゃないか。アルジュナもそれでいいよね。……アルジュナ?」

「えっ、はい?」

 完全にカルナに意識を持っていかれていたアルジュナは、慌てて兄の方へ向き直った。

「聞いていなかったのか。ドゥルヨーダナが、母上の気分転換のために旅行へ行ってきてはどうかと言ってくれたんだ。宿も用意してくれるらしい」

 ドゥルヨーダナの顔を見る。いつ見ても信用ならない顔だ。

「何か企んでるんじゃ……」

「アルジュナ。そのくだりはもうビーマがやったよ」

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マハーバーラタ異聞 たまき @Schellen

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