紅月衆

@glocken_kuro

一、闇が喰らうは生命

 この世の中には《闇》というものか存在する。《闇》は突然発生して、人の生命を糧に大きく成長していく。

 《闇》がどうやって人から糧を得るのか。それは、人の中へ入り込むのだ。人の心の中に潜んで暗い感情を調味料に生命を喰らうのだ。

 約三ヶ月。《闇》に入り込まれるとその人は跡形もなく崩れ去る。骨は残らず、砂になってしまうのだ。海岸にある砂と何ら変わらない砂、ただの砂に。

 その三ヶ月というリミットの前に入り込んでいる《闇》を消し去れば、寿命は縮まるがその人は生きることができる。


 《闇》には通常の武器などでは通じない。そんな武器で入り込まれている人に攻撃をすれば、当たり前だがその人は死んでしまう。だから、人々は《闇》を消し去るためにたくさんの研究をした。そして、やっと生み出された対 《闇》武器が"緋月シリーズ"である。

 緋月シリーズは大太刀、薙刀、刀、弓の四つである。しかし、緋月シリーズは扱いが難しかった。

 そのため、緋月シリーズが生み出されたあと、"蒼月シリーズ"が生み出された。蒼月シリーズは扱いやすく、量産もしやすかった。


 武器が生み出されたとしても、《闇》と戦うことは簡単なことではない。自分が入り込まれる危険性もあるし、《闇》に入り込まれた人は凶暴だ。生命を失う危険性がある。

 武器はあるのに戦う人がいない。ある時勇気ある人々が立ち上がった。最初はたった五人しかいなかった。その五人は紅月衆と名乗った。


「と、言うのが紅月衆の始まりです」


 教師が事務的に教科書を片手に、紅月衆のことを生徒に教えている。


「はい、次は二百一ページを開いてください。近代についてですね」


 教師の一声で生徒はバラバラだったが、全員がページをめくる。

 紅月衆についての説明は文を読むだけの時間にして五分。現在進行形で一般人は紅月衆によって守られているのに、このざまだ。

 最近は、守られるのが当たり前で、紅月衆が道端で戦っていても、戦っているねとしか思わず素通りだ。恐怖は無くはないが、一般人は紅月衆に重すぎる信頼をおいている。何があっても守ってくれると信じているのだ。自分が襲われたら、彼らが命をかけて守ってくれるとまで。


「笑えてくるよねぇ……」

「え?」


 加藤裕翔は誰かがつぶやいたのを聞いてしまった。ただ、誰がつぶやいたのかはわからなかった。周りを見回してみても、誰もが真剣に黒板とノートを交互に見て、黒板の文字を懸命にノートに書いているだけ。

 皮肉げに笑っている人は一人もいなかった。



 加藤裕翔は常識人ではなかったらしい。いい意味で非常識だった。


「あ……あぁ……!」


 帰り道、一人になった途端に《闇》が現れた。一人になるのを狙っていたようだ。《闇》にそれだけの知能があればの話だが。

 裕翔目掛けて《闇》は突っ込んでくる。裕翔の中に入り込むためだ。一般人に防衛する手段はない。身を守るためにうずくまっても意味が全くないのだ。

 紅月衆はまだ来てくれない。彼らは《闇》全てに対応できるわけではないのだから。

 もう終わりだと、裕翔が諦めかけたその時だった。


「緋月・大太刀」


 赤い光を薄っすらとまとわせた大太刀を持った制服姿の少年が一瞬で《闇》を切り裂いた。その一閃は迷いがなく、真っ直ぐで、あまりにもきれいであった。


「あ、あの……!」

「んー?なに?」

「ありがとうございます!」

「……久しぶりにその言葉聞いた」


 裕翔はすぐに立ち去ろうとする少年を呼びとめて、感謝の言葉を伝えた。

 今まで自分が襲われたことなんてなかった。全ては紙の上にある文の中の存在でどこか非現実的だったのだ。

 感謝の言葉を伝えられた少年は振り返った。少年の顔には顔の上半分を隠す角のついた仮面をつけていた。そのせいで表情はわかりづらいものの、口元が緩やかな曲線を描いていた。


「最近はみんな……ううん。気をつけてよ?じゃ……」

「あ……」


 今度こそ少年は去っていった。

 裕翔の瞳には少年の姿と《闇》の黒いモヤのような姿が焼き付いていた。忘れることはできないだろう。

 裕翔はその姿に魅せられてしまったのだった。


 そして裕翔は考えたのだ。あの少年にもう一度出会うには。そうするにはまた《闇》に襲われるか、紅月衆に入るしかない。前者の考えでは、必ず少年が来てくれるとは限らない。すると、必然的に残された選択肢は紅月衆に入ることしかない。

 紅月衆はいつでも人材不足だ。だから、人材を募集していて、才能を示せば誰でも入ることができるのだ。あくまで才能を示せば、の話だが。


「よしっ!」


 紅月衆に入る。そのことが裕翔の中でたった今決まった。

 今日家に帰ったら早速トレーニングの計画を建てなければ。紅月衆がどんなことを求めてくるのかがわからない。どんなことにでも対応できるようにならなければならないのだから。


 とにかく基本は体力だろう。体力がなければ何もできない。

 朝の六時、この時期朝日が登るのは早い。ジャージに身を包み、裕翔はジョギングに励んでいた。目標はとにかく長い距離を走れるようにすることだ。速さはその次だ。


「朝ってこんなに気持ちよかったっけ?」


 朝の空気は澄んでいて美味しいといえよう。いつもは知ることのできなかった街の景色を知ることができた。


「一休み……っと」


 家から駅まで。その距離は二キロ。思ったより自分には体力がないことを裕翔は思い知った。五キロくらいは走れると思っていたのだ。


「あのー、すいません。キーくん探しているんですけど、知りませんか?」


 立ち止まって一休みしていた裕翔に声を掛けてきたのは、中学生くらいの可愛い女の子だった。セミロングの黒髪を赤い玉のついたゴムで二つに束ねていて、ブラウスに藍色のスカートを履いていてどこかのお嬢様ではないかと思ってしまう。

 しかし、その子の言うキーくんとは誰のことだろう。


「キーくん……?」

「あ、ごめんなさい。キーくんじゃわかんないですよね。野崎若葉って人です。知りませんか?」

「野崎若葉……あいつかな」


 野崎若葉。その人物は裕翔のクラスメイトであった。いつもはぼーっとしているくせに、頭がよく運動神経も良い。髪の色素が少し薄いらしく、茶色に近い髪色をしている。


「キーくんは私の幼馴染なんですけど、引っ越しちゃってそこの住所知らないのに呼び出されまして。知ってますか?」

「えっと、オレの知っている野崎でいいんなら家まで案内するけど……」

「はい、お願いします」


 可愛い子と出会って自分が頼られているのに断る裕翔ではない。野崎若葉の家にこの少女を案内することにしたのだ。

 時間があまりないことは全く頭にないようだった。

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