第3話『会話のない会話』

 今日は休日。

 というわけで俺は朝からぐうたらと寝巻きのままベッドの上でスマホを弄っている。

 今やっているのはラ○ン。相手は勿論西園寺さん。

 休日だというのに朝っぱらからメールを送ってくるなんて暇なんだろうか。あっ、休日だから朝っぱらから出来るのか。うっかりしてたぜ。


『それでですね、帰りに遭遇した子猫がスッゴく可愛かったんですよ!!思わず写真撮っちゃいました!これですよ!!』

『お~可愛いですね~』

『そうですよね!それに私に近づいて来て触らせてくれたんです!モフモフだし可愛く鳴いたんです!スッゴく可愛くないですか!?』

『可愛いですね~』


 とまあこんな感じの会話が軽く一時間程続いている。無限ループって怖くね?


『あっそうだ!今度一緒に猫カフェ行きましょうよ!』

『ご友人と行って下さい。俺休日は家にいたい派なんですよ』

『そんなつれないこと言わずに~!お願いします!!』


 ヤバイ。この人猫が絡むと大分面倒くさい人だ。てか頼み方も必死すぎる。何回『お願いします!』スタンプ押してんだよ。スマホ重くなっちゃうので止めてください。


『はぁ………分かりました。気が向いたらお供しますよ』

『約束ですよ!!』

『はいはい』

『それともう一つあってですね』


 まだあるのかよ。女子って何でこうも話のネタ尽きないの?何処からそれ程のネタを探してくるの?俺そろそろ疲れてきた。


『貴方の事を友人に話したら興味を持たれました』

『………何故?』

『さぁ?高校生の友達が出来ましたと言ったら会わせてくれと頼まれました』


 それ絶対に怪しまれてる。俺そのご友人に怪しまれてるからぁ。

 そりゃあそうだろう。同じ大学の生徒ならまぁあり得なくも無いが歳下の後輩でも何でもない奴と友好関係築いたら心配でソイツの面を拝みたくなるだろう。

 俺だって妹に歳上の男の友達が出来たなんて言われたら迷うことなくソイツをぶん殴りに行く。


『お断りします』

『でも会わせろって聞かないんです』

『嫌ですよ。それ絶対に俺を変質者って思ってますって』

『え~』

『兎も角上手く断っておいて下さい』

『は~い』


 スマホを置いて安堵の息を吐く。歳上の相手なんて西園寺さんだけでも手一杯なのに更に一人増えるところだった。危ない危ない。


 ━━ぐぅ~~━━


 お腹から乾いた音がした。

 そういえば起きてからまだ何も食ってないな。西園寺さんとのメールはここで一旦終わりにして腹に何か入れるか。


『腹減ったんで今回は一旦お開きで』

『そうでしたか。それではまたお話しましょう!』

『では失礼します』


 ラ○ンを閉じて部屋を出てリビングに向かう。

 冷蔵庫の中には食パンとヨーグルト。食パンは焼くのが面倒なので今日の朝飯はヨーグルトオンリーにしよう。味はプレーンだがジャムか何かを適当に放り込めば食えるだろう。

 ヨーグルトとジャムを冷蔵庫から出して食べ始める。するとスマホにまた着信が入った。最初は西園寺さんかと思ったが今回は別の人からだ。


涼矢静音すずやしずね


 彼女は俺が所属している同好会『オカルト研究会』の部長だ。性格は酷いくらいの人見知り。友達は研究会のメンバーの俺と万丈だけ。普段教室にいる時も一人で本を読んでいる。髪は黒のセミロングで身長は小柄。強く触ってしまえばすぐに骨が折れてしまいそうだと思うくらいの華奢な体型をした少女だ。容姿は顔の輪郭からして良いと思うのだが前髪が長くて目が隠れてしまっているからあまり分からない。表情も読めない、更に無口なせいなのかあまり同級生からは良くは思われていないようだ。けどその点は俺と万丈が上手くやっている為、幸いにも今まで問題は起きていない。


『今暇してる?』


 無口な彼女だが文字、つまりは筆談になると普通に会話が出来る。学校でも先生や万丈と話す時は筆談で会話している。俺は感情を読む右眼を持っているから筆談はしていない。彼女の感情を読み取りキーワードを会得し、そこから彼女の言いたい事を探り当てて俺が答えを投げる。そういうまぁ特殊な会話をしているのだ。

 彼女は俺の眼の事を知らないので『何故言いたい事分かるの?』と聞かれた事があったが適当に誤魔化しておいた。

 俺はヨーグルトを食いながらスマホを操作して返信する。


『飯食ってる』

『今九時半だよ?』

『休日は基本起きるの遅いんだよ。で、何か用?』

『昨日何でオカ研休んだの?』


 あれ、おかしいな。昨日休む事はちゃんと言った筈だけどな。


『昨日休む言ったろ』

『理由聞いてない』

『万丈に聞いてないのかよ』

『何か、デートしてるとは聞いた』

『デートじゃねぇよ』

『カノジョがいたなんて聞いてない………』

『だから違ぇって』


 あと何でちょっと凹んでんだよ。もし仮に俺にカノジョがいたとしても別に良くないか?


『じゃあ何?』

『この前ちょっと人を助けたんだよ。そのお礼としてお茶に誘われたんだ』

『それから?』

『何も無ぇよ。ただ飯だけ奢って貰って帰ったよ』

『……………』

『何だよ?』

『……………どうせさっきも朝起きるの遅いとか言って、本当はその人とメールしてたんじゃないの?』

『お前スゲェな。もしかしてエスパー?』

『優奈にだけはエスパーって言われたくない』


 そうですね。今思うと俺の眼の効果ってエスパーみたいな物ですよね。言われてからやっと気づいたわ。


『歳上の女の人のナンパに成功した気分はどうですか?』

『お前今日やけに噛み付いてくるな。何かあったか?』

『…………………別に』

『あっ分かったぞ。昨日話す相手がいなかったから寂しかったんだろう?お前万丈ともあまり話さないもんな』

『………………違うもん』

『ごめんな~。今度はちゃんとオカ研に行ってお前に構ってやるから今回は許してくれよ』

『うるさい。違うもん。明日私の家に来て。昨日のオカ研の内容を教えるから』

『明日日曜ですやん。俺休日は家から出たくない派なんですけど』

『知らない。兎に角明日来て。じゃっ』


 うわっ、一方的に話切られた。アイツ人見知りの癖に俺にはストレートなんだから。それほど信用されてるって事にしときますかね。

 はぁ、明日面倒くさいなぁ………。




「いらっしゃい。間宮くん」


 翌日。

 半ば強制的に応じる事となった約束通りに涼矢静音の家に訪れた。

 インターホンを押して玄関の前に数秒待っていると髪の長いエプロン姿の女性が扉を開けてくれた。

 彼女は涼矢静音の母、涼矢凛さんだ。母という割には歳に似合わない美貌の持ち主であり、姉と言われても違和感がない程の人物だ。


「お邪魔してもよろしいですか?」

「勿論。さっ、あがってあがって」

「失礼します」


 促されるまま中に入る。


「娘はいつも通り部屋にいるわ。何かあったら遠慮なく言ってね」

「ありがとうございます」


 気さくに対応してくれる凛さんにお礼を言って、廊下にある階段を上がる。二階についてすぐ目の前にあるドアには『涼矢静音』という小さな看板が掛けられている。

 俺は扉を三回ノックした。すると扉がゆっくりと開き、見えたのは俺よりも十センチ程小さな小柄なセミロングの女の子。

 彼女が涼矢静音。


「来たぞ」

「…………」


 彼女は無言で部屋の中へ入るように手招きした。


「お邪魔します」


 部屋の中は動物のぬいぐるみや化粧水等が置かれたまぁ女の子らしい仕様になっている。女の子の趣味は知らないからハテナマークが付くけど。


「この部屋に入るのは久々だな」

「…………」

「はぁ………」


 二人きりだというのに相変わらずの無口っぷりに俺は溜め息を吐いて右眼に意識を集中させる。


「いくら俺がお前の考えが分かるからって丸投げは勘弁願いたい」

「………(喋るの恥ずかしい)」

「けど二人きりだなんだぞ?マンツーマンでは喋れるようにしとけ」

「………(二人きりの方が緊張する)」

「詰んだじゃねぇか」

「………(異性と部屋で二人きりは余計に緊張する)」

「呼んだのお前だろうが。てか俺この部屋に何度も来てるでしょうに」

「………(慣れないものは慣れない)」

「あっそうですか」


 女ってマジでわかんねぇ。いやまぁこの場合はこれが普通なんだけども。そもそも俺が彼女の思考を読み取れる時点で彼女の事は少なからず理解できてるわけでして……って何言ってんだ。自惚れんな俺。


「で、何すんの?」

「………(明日から二日間、京都に行く)」

「京都!?何で!?」

「………(これ見て)」


 渡された一枚の写真を見る。その写真には人なんて一人も写っておらず、写っているのは何処かも分からない廃墟の風景。


「何だこれ?」

「………(よく見て)」

「あ~………ん?」


 ジッと写真を見つめると写真の端っこに微かに人影のような物が写り込んでいた。


「心霊写真か」

「………(正解)」

「これがどうかしたのか?」

「………(その写真はネットにあげられているのを印刷したもの。今年の夏にその写真がネットにアップロードされたけど、噂によるとその写真を取った本人は行方不明になっているらしい。場所は京都)」

「なるほど。そこでオカルト研究会である俺達がその真相を確かめに京都へ行くと」

「………(イエス)」


 いや馬鹿だろ?どう考えたってガセにきまってる。そんな物を確かめに行く為だけに京都まで行きたくねぇぞ。


「………(これがオカ研の内容)」

「やだよ。俺行きたくねぇ」

「………(駄目。この前サボった罰)」

「罰がデカ過ぎるんだよ。不公平だ」

「………(部長命令)」

「断固として拒否する」

「………グスッ」

「ファッ!?」


 鼻を啜る音が聞こえた。そして涼矢の頬には一筋の涙。


「………や、だ……グスッ……い、しょに……ヒック……くる、の………」

「あぁわかった!俺が悪かった!!行く!行かせて頂きます!!」

「……………………うん……行こっ……」


 おいおい。初めて喋ったかと思えばめっちゃ可愛い声してるじゃないですかヤッター。反応もズルい。俺が行くと言った瞬間嬉しそうに笑いやがって。そんな良い笑顔出来るなら普段からしてくださいな。貴女多分一瞬で人気者になりますぜ。主に男子から。女子からも小動物みたいだって可愛がられるんじゃね?何それ羨ましい。俺が中学の時女子にどんな動物に例えられたか知ってるか?『ヘアリー・ブッシュ・バイパー』だってさ。毒蛇じゃねぇか。ソイツもよくそんな蛇を知ってたもんだぜ。で、俺は何処が似てるのか聞いたわけさ。だったらソイツ「何かツンツンしてるところ」って言いやがったのよ。それだけなら他の動物いたろ。何故敢えてその毒蛇チョイスしたんだよ。


「………プフッ」

「おい笑うな。当時は結構ショックだったんだぞ」

「………(何で?調べてみたけど格好良いよ?)」

「俺の何処がツンツンしてんだよ」

「………(そこなんだ……)」


 当たり前だ。こちとら普段から接しやすいように明るく振る舞ってるってのに真逆に思われてちゃたまったもんじゃない。


「………(でも時々話しかけ辛い雰囲気漂わせている時ある)」

「嘘っ!?」

「………(何か目付きが悪い時)」

「それただ眠いだけ!!」

「………(あっそうなんだ。じゃあ今度から気にせずに声かけるね)」

「お前の場合声じゃなくてアクションだけどな」


 話を戻すがマジで明日から京都に行くのか。急すぎて用意が面倒臭い………。


「………(優奈の両親には既に了解取ってる)」

「仕事早いなぁもう!!」

「………(部長として当然)」

「褒めてないんだけどなぁ!皮肉通じてないのツラいなぁ!」

「………(諦める。さっき自分で行くって言った)」

「分かってますよ………分かってますけど急ですわ………」

「………(この前ちゃんと来てればこうならなかった)」

「だからお茶に誘われてたんだって」

「………(知らない)」


 涼矢は頬を膨らませてプイッとそっぽを向いてしまった。

 何だよ。何で怒ってんだよ。俺なんも悪いことしてないのにぃ!!




「━━というわけでしばらくここを離れます」

『え~会えないんですか~』


 涼矢の家から自宅への帰り、西園寺さんと電話で話していた。丁度話の途中に部活の事を聞かれたので京都に行くこともついでに話すことにした。


「会えないって、そもそも会う予定なんてしてなかったでしょう?」

『昨日お誘いしたのにそちらが断ったんじゃないですかぁ。休日は家でゆっくりしたい派なんて言っておいて今日外出してましたし…………』

「それについては俺も不服を申し立てたいところです。ですが流石に部長に呼び出されては断れませんよ」

『じゃあ嘘をついたお詫びに京都土産をお願いしますね』


 ちゃっかりしてんなこの人。最初から買うつもりではあったけど。


『八ツ橋でお願いします。生でも生じゃなくても良いです』

「はいはい。了解ですよ」

『しかしオカルト研究会ですか。まさか本当に存在していたとは。都市伝説かと思ってました』

「そういえば、貴女は幽霊とか信じるタイプですか?」

『どうでしょうか。自分自身もあまりそういうのは分かりません。ですが………』

「ですが?」

『存在していて欲しいとは思ってます。本当に………』


 様子がおかしい。何か地雷を踏んだかもしれん。


「………この話は止めましょう。そちらにとってあまり良くない話のようですし」

『あっ別にそうではないんです。ただ、会いたい人がいて………』

「それが誰なのかは俺は聞きません。貴女もあまり話したくないでしょう?」

『………はい。すいません。気を遣わせてしまって』

「構いませんよ。気にしないでください」

『フフッ、間宮くんと話していると凄く楽しいです。大学の講義で溜まったストレスが解消されます』

「これはまたお上手だ」

『本当の事ですよ』


 俺と話して楽しいなんて言ったの貴女が初めてですよ。大体の奴等はすぐに離れていくのでね。あれ、俺もしかして嫌われてる?


『それじゃあもう切りますね。間宮くんも準備で忙しくなるでしょうし』

「またメール送りますよ」

『待ってます。京都、楽しんで来てくださいね』

「部活で行くんですから旅行とは違います」

『ではお怪我の無いように』

「努力します。ではまた」


 通話を終えスマホをズボンのポケットにしまって空を見上げた。空はオレンジ色に染まっていた。綺麗な夕焼けではあったがその綺麗さが逆に不気味だった。

 明日から京都。ただの同好会の用事で行くだけなのに何なんだこの胸騒ぎは。

 明日から二日間、何故か嫌な事が起きる気がしてならない。俺は生きてこっちに帰って来れるのだろうか。


「………念の為に木刀持って行っておこう」


 ここで俺は大事な事を忘れていた。

 こういう時の俺の嫌な予感は高確率で当たってしまうという事を………。

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瞳の中の軌跡 五十嵐葉月 @ellice417

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