第2話 『感情を読み取る右眼』

「遅い!!」


 息を切らしながら自宅に帰り玄関の扉を開けて一番に投げかけられたのは可愛い可愛いマイエンジェル、妹の間宮朔。

 調理直後だから美しい長い黒髪は頭の後ろで括っている。ポニーテールの朔も可愛いぜ!


「も、もう!褒めたって夕食に遅れた事は許さないんだからね!」

「ツンデレなマイシスターも可愛いぜ。このこの」

「ニャー!!髪をグシャグシャにしないで~!!」

「さて、飯だ飯。今日のメニューは何かな~っと」

「あっ!逃げた!」


 愛しの妹を気が済むまで愛でたところで何事も無かったように横を通り過ぎてリビングへ向かう。

 帰って来るまでに試行錯誤を重ねてボコボコにされたと分からないように身なりを整えた甲斐があった。俺の変化に凄く敏感なあの妹を何とか誤魔化すことが出来た。俺も隠蔽の腕が上がったようだ。


「お兄ちゃん、ご飯中にどうして怪我してるのか教えて貰うから」


 前言撤回。やっぱ俺の妹スゲェわ。







「で、何があったの?」


 ジャージに着替え、妹と食卓を囲む。今晩のメニューはマイシスター特製肉じゃが。味は勿論絶品。我ながら良く出来た妹だ。コイツに養ってもらえば俺の将来は安泰だな、と考えながら肉じゃがを頬張っていたのだが面倒な質問を投げ掛けられた。まぁ来ることは分かっていたが。

 因みに今この家にいるのは俺と朔だけ。両親は仕事の都合上今晩は泊まりだそうだ。逃げ場が無い。


「犬に襲われた」

「お兄ちゃん?」


 おぉ怖い怖い。そんなに睨まないで下さいよ。お兄ちゃん変な性癖に目覚めちゃう。


「実は俺、不良の番長なんだ……ダチの敵討ちに行ったらこうなってな………」

「お兄ちゃん、今日お兄ちゃんがお風呂に入っている時に乱入するよ?」

「すいません。俺が悪かったです。だから風呂に乱入は止めてくださいマジで」


 実の妹の裸など見たところで何一つ興奮はしないが、一緒に風呂入ったなんて事実が両親に知られたら俺の命が危ういのでそれだけは何としても避けたい。


「まぁ簡単に説明するとな、男に絡まれている女性を助けに入ったらボコボコにされた」

「えっ、何それダサッ」

「止めろ。俺も分かってるから更に現実を突きつけてくんの止めろ」


 言葉の刃を遠慮なく放ってくる妹だが表情はからかっている時の表情とは違って修羅の様。

 これには兄の俺もビクつく。


「ど、どうした?」

「別に。お兄ちゃんをボコした男共をどう八つ裂きにしてやろうかなんて全然考えてないよ」

「お願いだからポリスメンのお世話にならないようにしてくれよ」


 うちの妹がヤンデレ属性持ちの件について。

 そんなんだから父さんが俺に嫉妬しちゃうんだよ?お前知らないだろ。お前がいない間、ずっと俺にちょっかいかけてくるんだからな。理由がまた悲しいのなんの。俺がお前には好かれ過ぎているからだとよ。憐れすぎて泣けてくるぞ。


「年老いたおっさんよりお兄ちゃんの方が何百倍も良い」

「頼むからそれ父さんの前では言うなよ。父さん首吊るぞ」

「は~い」


 実の父親になんて言い草だ。もう一度言おう。憐れなり。


「でもさ、お兄ちゃんも何でその人助けたの?」

「どういう意味だ?」

「だってお兄ちゃんって面倒事超嫌いじゃん」

「ですね」

「じゃあ何で?」


 何でと聞かれても体が動いてしまったんだから仕方ないと言うしかない。俺だって今回の件は自分でもよく理解できていないんだ。


「女の涙に弱いとだけ言っておこう」

「ダッサ」

「また言ったなこんちくしょう。結構傷付くんだからな」

「好きな人ほどいじめたくなるって言うじゃん?」

「小学生か」

「あっお兄ちゃん」


 不意に朔の手が伸びてきて、俺の口元についていた米粒を細い指で取ってくれた。


「おう、悪いな」

「こういうところは私よりも子供」

「うるせえよ」


 朔はクスッと笑って米粒を口に含んだ。

 これが恋人とかだったら照れたりしたんだろうけど、相手が実の妹となると何も感じない。てか日常茶飯事ですしお寿司。


「んふっ♡お兄ちゃんの味がする♡」

「やっべ、犯罪臭しかしねぇ」

「してもいいじゃん」

「俺が社会的に抹消されるんですけど」


 誰かこの妹どうにかして。いつか爆弾投下されそうで怖い。


「まぁ今回は何も聞かないでおいてあげるよ」

「助かる」

「けど夕飯に遅れるのは駄目。遅れるならちゃんと連絡は入れて。寂しかったし心配した……」


 なんだ、この可愛い生き物は。ショボンとしている姿を見ると抱き締めたくなっちゃうぞ☆キモいか?キモいな。


「次からは気を付ける」

「分かればよろしい」


 あっ、妹が可愛すぎて辛い。絶対に幸せになってほしいランキングぶっちぎりで一位だわ。

 だがな妹よ、カレシが出来たら真っ先にお兄ちゃんに紹介するんだぞ。お兄ちゃんが命を賭けて査定してやるからな。


「流石にそれはキモいよ。引く」

「兄ショック!!?」






「じゃあ行ってきます!お兄ちゃん!」

「おう。頑張って勉強してこい」


 妹を中学校まで送り届けた俺は高校へと歩き出す。その道中に、後ろから声を掛けられた。


「おっす!」

「よう」


 声を掛けてきた少し長髪の男子は万丈東馬。俺が所属しているオカルト研究会の一員で俺のクラスメートの一人。


「今日も妹を送ってたのか?仲良いなぁ」

「否定はしねぇ。てか何でいるんだよ。お前登校ルートこっちじゃないだろ?」

「ぬこを追っ掛けてたらこっち来ちゃった。テヘペロ♪」


 ガキかお前は。朝から猫なんて追っかけて遅刻でもしたらどう説明するつもりだ。


「ぬこを愛でてたって言えば万事解決じゃね?」

「なわけあるか」

「アウチッ!」


 デコピンを食らわせてから二人で再び歩き出す。

 学校の校門付近に着いた頃だろうか。周りが随分と騒がしく思えた。こそこそと何かを言っている。なになに?


『誰だあの人。スゲェ可愛いけど』

『モデルか何かかな?でも大学生に見えなくもない』

『てかそんな人がこの学校に何の用だろう?もしかしてこの学校の生徒のカノジョさん!?』


「どう思う?」


 横で同様に話を聞いていた万丈に問われるが俺は一人で妙な焦りを感じていた。

 話を聞く限り、どうやら俺達の通う遠山学園には似つかわしくない人物が校門の前にいるらしい。

 いや、まさかなぁ━━━と思いつつも俺は近づいてその注目の人物を視認できる範囲にまでやって来て、そして頭を抱えた。


「やっぱり………」


 校門の前にいたのは凄く見覚えのある女性。

 薄い無地の白い服の上に青いカーディガンを羽織りジーパンを履いて短い艶のある髪を靡かせながら校門の前でキョロキョロとしているのは昨日会った女性、西園寺織歩さんだった。


「何でいるんだよ………」

「えっ、知り合いなのか?」

「あっ、間宮くん!」


 こちらに気づいた彼女は手を振って嬉しそうに笑いながら駆け足で接近してくる。

 同時に周囲が一層ざわつく。恐らく彼女が俺の名を呼んだからだろう。


「やった!本当に会えました!」

「何しに来たんですか………」

「何って間宮くんに会いに来たんですけど?」


 その言い方はまずい。


 ━━━ザワザワ、ザワザワ━━━


『おい聞いたか!?』

『何だあれ!あの間宮って奴、あんな綺麗なカノジョいんのかよ!』

『しかも年上。中々良い趣味を持ってるね』


「はぁ………」


 俺はあからさまにデカくため息を吐く。西園寺さんは「えっ!どうかしましたか!?」なんて全く気づいてない模様。無自覚とはやりおる。


「………何でもないです。で、何用で?」

「そうだ。放課後少しお茶しません?」


『デートのお誘いだ!』

『こんな平日からイチャイチャかよ!羨ましい!』

『間宮○ね!』


 さっきからうるせぇぞ外野。何も知らねぇ癖に好き勝手言いやがって。あと最後の奴もう少し隠す努力しろ。私怨丸出しだぞ。


「昨日のお礼をしたくて」

「まだ言ってたんですか?俺は昨日あれほど良いと言いましたよね?」

「私がしたいんです。お願いします」


 西園寺さんは深々と頭を垂れる。


『美人の人が頭を下げた!?』

『もしかしてあの人、間宮って生徒に弱みを握られているんじゃ………』


「チッ!(ギロッ)」


『やべっ、聞こえたみたいだ』

『逃げよ逃げよ』


 鼠の鳴き声のように耳障りな事をペラペラと喋る奴等を本気で睨む。するとソイツ等はそそくさと高校の中へと逃げて行った。逃げんなら最初から言うんじゃねぇ。


「西園寺さん、頭を上げてください。そこまでおっしゃるなら御言葉に甘えさせて頂きます」


 そう言うと西園寺さんは頭を上げて両手でガッツポーズを取る。


「やった!じゃあ放課後にまた迎えに来ますね。連絡先を聞いても?」

「ラ○ンでお願いします」

「じゃあ交換しましょう!」


 朝から校門の前で美人さんと連絡先を交換するとか何の罰ゲームだ?公開処刑も良いところだ。

 西園寺さんのIDを教えてもらい、しっかりと西園寺さんの連絡先が登録された。

 アイコンは猫。ホームの壁紙も猫。そして一言欄には『猫飼いたい………』と書かれている。

 いやこの人どれだけ猫好きなんだよ。ちょっと可愛いぞおい。


「ありがとうございます」

「いえ」

「間宮くんってアイコンも壁紙も初期設定なんですね」

「デコる必要が無いんで。そういうそっちは猫ばかりですね」

「えへへ。やっぱり引きました?」

「いえ。ちょっと可愛いなぁって思いました」

「か、かわっ!?」


 西園寺さんは誰が見ても分かるくらいに赤面する。褒められ慣れてないのかな?


「も、もう!からかわないで下さい!そ、それじゃあ学校が終わったら連絡下さい!迎えに来ます!さようなら!」


 逃げるように早足で高校を去って行った西園寺さん。彼女の背中が見えなくなるまで見届けた後、遅刻しないように俺も校門を過ぎた。

 だが隣にいた筈の万丈がいなかった。後ろを向くと万丈が立ち尽くしていた。


「どうした?」


 声を掛けると彼はハッと我に返ったかと思えば俺を睨み、叫んだ。


「間宮の裏切り者ぉぉぉ!!」


 何の事かは知らんが唐突に友人を裏切り者呼ばわりは止めろ。

 ラ○ンに先程追加したばかりの連絡先から届いた『これからよろしくね♪』という文章とガヤガヤうるさい万丈の二つに本日何度目か分からないため息を吐いて高校の中へと入っていった。




 ◆◆◆


 視線が鬱陶しい一日を耐え抜いた後、しっかりと西園寺さんと合流出来た俺は彼女とある喫茶店に来ていた。因みに放課後にはオカルト研究会があったのだが同好会だし一日くらい休んでも変わらないという理由で休ませて貰った。その時の部長の悲しそうな顔に少し罪悪感が沸いたが………明日土下座で謝ろ。


「ここの喫茶店、私のお気に入りなんです」


 目の前でコーヒーを嗜む西園寺さんに相づちを打つ。コーヒーはブラック。彼女曰く豆その物の苦味を味わいたいとか。やだイケメン。


「雰囲気も良いですし、ここなら満足頂けるかと思って」

「そうですね。俺もこういう所は好きです。心が落ち着きます」

「良かった。それじゃあ何を頼みますか?」

「ならサンドイッチで」

「分かりました」


 西園寺さんは店員さんを呼んで簡単にオーダーを済ませた。俺は予定通りサンドイッチ。そして彼女はまさかのチョコレートパフェを頼んだ。喫茶店にパフェあんのかよ。いや確かにメニュー表に書いてあったけども。


「意外ですか?」

「女性ってパフェとかあまり食べないイメージでした。スタイルの問題的に」

「偏見ですよ。まぁ気にする人はいますけどね」

「西園寺さんは気にしないんですか?」

「自慢じゃないですけど私あまり太らない体質のようなんです。昔からよくお菓子は食べるんですけど」


 スゲェ。そんな人本当にいたんだな。羨ましい。俺なんかすぐに太っちまうから毎日筋トレしてカロリー消費してるってのに。くっそ、その体質欲しい。


「甘いものは幸せになれますから好きです」

「その割にはコーヒーはブラックなんですね」

「コーヒーは別です。間宮くんは甘いものは好きですか?」

「少し苦手です」


 けど辛いものは大好きだ。激辛ラーメンとか激辛麻婆豆腐とかな。万丈のドッキリでデ○ソースを大量に使ったカレーを食わされた事もあったがアレも中々旨かった。


「苦手ですかぁ」

「それが何か?」

「バレンタインとか大変じゃないですか?」

「えぇ。もう大変ですよ。妹からバカデカいハートのチョコを毎年貰うので食べるのがキツいんですよ」

「妹さんがいらっしゃるのですか?」

「それも超お兄ちゃんっ子です。家に帰れば犬のようにくっついてきます」

「仲良いんですね」

「たまに間違いが起きないか不安になりますけどね」


 朝起きたら俺の布団に潜り込んでいたなんてザラにあるしな。


「そこはお兄ちゃんとしてしっかりしないと、ですね」

「当然。実の妹に欲情する兄なんて現実にはいませんよ。あんなのは漫画の世界です」

「なら話の流れ的に一つ聞いても良いですか?」

「何です?」

「ズバリ!間宮くんのタイプの女の子です!」


 俺のタイプの女の子…………やべぇ。自分で不安になるくらい案が出てこねぇ。我ながら色恋沙汰に興味無さすぎだろ。


「分かんないです」

「そうやって逃げるのは無しですよ」

「いや、マジで浮かばないんですよ」

「………本当に?」

「恥ずかしい話、色恋沙汰には全く興味は無くてですね」

「何故?」


 これ会って間もない人に話しても良いんだろうか?………昔の話だし別に良いか。減るもんでもないしな。


「中学の時に付き合っていた女の子と色々ありましてね」

「良ければ聞いても?」

「まぁ付き合い自体はそこまで悪くありませんでした。普通のカップルって感じでしたね。けど何か違ったんですよね」

「どういう意味ですか?」

「簡単に言うと、『恋愛』って俺の想像してた物と違ってたんですよね。何かお互いに気を遣って媚売ってるだけみたいな?」

「おぉ、これはまた夢にも無いことを」

「実際にそうだったんですよ」

「じゃあ間宮くんはどんな『恋愛』を想像してたんですか?」


 あっ、それ言わせちゃいます?結構恥ずかしいんですけど。


「ん~、お互いに楽しめる関係、的な?」

「楽しめる関係?」

「楽しめるって言うか、お互いに気を遣わずにすんなりと意見を言い合える関係かな。それで一緒にいて気が休まるような繋がり、とかでしょうか?」


 そんな関係を期待してたのに実際は違った。現実とは非情である。


「それが元カノとは感じられなかったんですよね。それで一気に冷めちゃって。『あぁ、恋愛ってこんなもんか。無駄な時間だったな』って興味が無くなっちゃいました」

「そう、ですか」


 西園寺さんは少し悲しそうに肩を落とした。

 空気が悪くなり始める。そんな時に丁度店員が先程オーダーした物を持ってきた。


「お待たせしました。ご注文のサンドイッチとチョコレートパフェでございます。では、ごゆっくり」

「さて、頼んでいた物も来たし、暗い顔は止めて食べましょうか」

「は、はい………」


 目の前に置かれたサンドイッチを手に取ってかぶり付く。その向かいでは西園寺さんがスプーンでパフェの一番上に盛り付けられた生クリームを掬って口に運んでいた。

 口ちっせぇ。唇もめっちゃプルンとしてそうだ。流石美形だ。

 けどそれを暗い表情が台無しにしてるな。ここは少し興味の引く話題を出してみるか。


「ちょっと可笑しな話をしましょうか」

「何ですか?」

「俺って人の感情を読み取る眼を持ってるんですよ」

「……………はい?」


 何言ってんだコイツ、みたいな顔をする西園寺さん。そんな顔も出来るのか、と内心驚く俺だが引き続き話を進める。


「じゃあ証拠をお見せしましょう。例えば西園寺さんから見て斜め左三つ奥の席に座っているスーツ姿の三十代の男性」


 西園寺さんはチラリと指示した方向に視線をやる。


「彼は今酷く焦っています。なのに頼んだメニューが中々来ないから怒りが膨れてきています。あと一分のすれば文句を言いに立ち上がると思います」

「そ、そんな訳が………」


 だがその約一分後、男性は本当に立ち上がり「遅いぞ!何してるんだ!!」と店内で叫んでから店を出ていった。

 その場面を見た西園寺さんは信じられない物でも見るような眼差しを俺に向けた。俺はそんな彼女に笑みを返す。


「じゃあもう一つ。道路の向こう側で歩いているあのカップル見えますか?」


 指差した先には笑いあって仲睦まじそうに見える一組のカップル。


「あの二人がどうかしたんですか?」

「どう見えます?」

「どうって、幸せそうに見えますけど」

「ですね。俺もそう見えます。けど見えるだけ」


 何を言いたいのか分からない、とでも言いたげな怪訝な表情。

 やっぱり貴女幸せ者だわ。見たまんまの事を信じられるそんな貴女が羨ましいよ。


「あのカップル、もう別れますよ」

「えっ?」

「男からは苛立ちの感情が見える。笑顔で隠してるみたいですが相当苛立ってる。大方性欲を満たせていない事からのストレスかな?そして女の方も苛立ってる。男からのしつこいアプローチにうんざりしてるようですね。ほら、男が女の肩に手を回した」


 そして次の瞬間、先程までの幸せそうなカップルから一変し修羅場と化したカップルは女のビンタでカップルとしての繋がりが途絶えた。

 俺はチラリと西園寺さんを見た。彼女は言うまでもなく唖然としていた。


 そう、俺には人の感情が見える。これに気がついたのは元カノと別れた瞬間だ。

 人の感情が見える時、右眼に対象の人物の頭の右側にソフトボールくらいの火の玉が映る。その火の玉は感情によって色を変え、そして火の玉が見えた瞬間にその感情に関するキーワードが脳内に流れ込んでくるのだ。

 漫画やアニメのような話だと思うだろう。俺も思ったさ。けど、これは真実。現実だった。


「色々便利なんですけど、知りたくない事まで知れちゃうのが難点です」

「じゃあ私の感情も読み取れるんですか?」


 実を言うとさっきから読み取ろうとしてるんですよね。けど何故か読み取れない。読み取る為の彼女の火の玉が全く出現しないのだ。他の人のはちゃんと見えるのに。


「どうですか?」

「ん~すいません。どうやら見すぎたようです。右眼が疲れてきました」

「あっ無理にとは言いません。ただ少し気になっただけなので」


 まぁ疲れているなんて嘘だが誤魔化せたし別に良いだろう。


「ていうか、俺の事気味悪がらないんですね」

「はい。全然。まぁ驚きはしましたけど」

「素直にスゴいと思います。絶対に気味悪がられると思ってたので」

「まさか。そんなわけないですよ」

「じゃあついでに言いますと、感情が読めるせいなのか俺の右眼って少し色変わってるんですよ」

「そうなんですか?見せて欲しいです」

「どうぞ」


 席を立って西園寺さんの隣まで移動し顔を近づける。西園寺さんも少し顔を近づけてきて俺の眼をジッと見た。


「本当です。右眼がほんの少し茶色です」

「パッと見ただけだと分からないですけどね」

「俗に言うオッドアイというやつですか」

「そんな格好良いものじゃないですよ」

「へ~………」


 西園寺さんはそれっきり喋らなくなってしまった。ずっと俺の眼を見つめたまま動かない。

 色恋沙汰に興味の無い俺でも流石に女性に長時間見詰められたら恥ずかしくなる。早く終わってくんないかな。


「あの、もう良いですか?」


 痺れが切れた俺は彼女に終わるように頼む。


「もう少しだけ見せて下さい」


 だが彼女は了承してくれなかった。俺の眼なんて見たって面白くないと思うのだけど………。


「綺麗な瞳です」

「はい?」

「これ程透き通った瞳は初めて見ました」

「ッ!人の眼なんてどれも一緒でしょう。ほら、もう終わり」

「あっ………」


 我慢の限界が来た俺は強引に終了させて元の席に戻る。西園寺さんは名残惜しそうに「まだ見ていたかったのに……」と言葉を溢していた。

 そんなに人の眼が見たいなら鏡でも使って自分の眼を見てて下さいよ。それか新しいカレシ作って頼んで。俺はもうこんな恥ずかしい事やらん。

 残りのサンドイッチを全て平らげて鞄を持って自席を立つ。


「御馳走様でした。お会計は約束通りお任せします」

「あっ、待って下さい」

「何です?」


 西園寺さんはスマホを俺に見せながら笑顔で言った。


「たまにで良いのでメールしても良いですか?」

「メール?何で?」

「何でって………折角友達になったんですからメールでもお話しましょうよ」


 嘘っ、俺もう友達認定されてたのかよ。歳上の友達なんていたこと無かったからどう接したら良いか分かんないんだけど。


「今日みたいな感じで良いですよ。十分楽しめましたから」

「ならそうします。まぁ俺基本暇なんで気が向いたら送ってください」

「じゃあ御言葉に甘えます」

「それでは、改めて御馳走様でした」

「また会いましょう」


 お辞儀をして俺は店を出た。出る際に西園寺さんが手を振っていたのが見えた。それと同時に、ほんの一瞬だけだったが見えなかった筈の感情の火の玉も見えた。


 火の玉の色は『紺色』。

 感じられたキーワードは━━━━、




『孤独感』『後悔』

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