博士と助手




【救ってみせる。ボクがいつかきっと……】





 01




「シノくん!今ボク、手が離せないから Eの薬品を取ってくれ」


 様々な実験機材が置かれ、ごちゃごちゃとした薬臭い部屋の中に若い男の声が響いた。

 彼はかなりくたびれた白衣を着こみ、伸び放題なぼさぼさの髪を後ろにすべて撫でつけ、その顔には眼鏡をかけている。

 いかにも博士ですと主張している風貌だった。


「はい、キア博士ただいま」


 そしてその男の要求に応えて、今度は少しひんやりとしてよく通る女の声が部屋の外から聞こえてきた。


 慌ただしく、しかし慎重な足音が「コツコツ」と鳴り、先程『シノ』と呼ばれた女性は部屋の入り口にその姿を現す。

 彼女は博士とは対照的でピシッとした綺麗な白衣を着ており、その特徴的な紫黒の髪も綺麗に顎先ほどで切りそろえられていた。


 部屋の惨状が目に入るなりシノは「またこんなに散らかして」とため息をつき、意を決して部屋の中へ入って行った。

 床に乱雑に落ちている本などの物の隙間を器用に縫い、様々な薬品の瓶が入った棚の前まで歩いて行く。

 それから棚の前までたどり着くと、彼女は言われた薬品の入った瓶を手に取り、再び物と物の間を縫って、少し離れた場所で今もせっせと手を動かしている博士のもとまで向かった。


「キア博士、Eの試験管ですどうぞ」


 シノがそう呼びかけると博士は一度手を止め、ひょいと彼女のほうに振り返る。

 博士は「ああ、ありがとうシノくん」と素っ気なく礼を言うと、シノから慎重な手つきで瓶を受け取った。


 その後目当てのものを受け取ると、まるでもうそこにはシノがいないかのように熱中して手を再び動かし始めた。


 シノはその彼の失礼な行動に別段何を思うでもなく

「それではキア博士、私はこれから街へ配達に行ってきます」

 と短く伝えた。


 その言葉を彼女から言われても薬品の調合に集中している彼は反応しなかった。

 だが、シノが部屋から出ると行ったところで「気をつけて」 と言う小さな声が聞こえてきた。


 彼女はそんな些細な若い博士の優しさに微笑し「はい」と返事をして部屋から出て行った。




 *




 あれからシノは、人里離れた場所にある小さな研究所を出て、多くの人が住む街へと薬の配達に向かった。

 木々の間を抜けてしばらく野道を進むと、次第に街が見えてくる。

 街は石畳が全面に引かれ、石づくりの民家が多く立ち上がっており、全体の色彩を灰色に統一していて綺麗だった。


(今この瞬間も薬を待っている人があの街にはたくさんいる)



 そう思うと、彼女は様々な薬の入った籠を持つ手に力を込め、街へ向かう足を早めた。





 02





「こちらの薬は1日1回、毎晩食後に服用してください」


 シノは薬の説明を一通り終えると、扉の隙間から引き攣ったような笑みを見せている気の弱そうな男に薬を渡した。


「あ、ありがとう」


 どうやら男は怯えているようで、少し震えぎみな声で短くそう礼を告げた。

 それから差し出されたシノの手から薬をひったくると、お代をポイッと彼女の手に乗せ、そのまま「バタン」とすぐに扉を閉めてしまった。


「お大事に」


 もう聞こえてはいないだろうが、シノは乱暴に閉じられた扉に困ったように笑みを浮かべ、そう言った。


 そして次の民家へと再び歩いて行く。





 *





 それから何軒か民家に薬を届けたシノは、今度は少し離れた場所に家があるため、街の大通りを歩いていた。

 大通りには彼女の他にも、この街の住人が大勢いたが、彼らは皆シノのことを見つけると、何やらヒソヒソと話し始める。


 その中で、赤と緑のスカーフを頭に巻いた二人の婦人が寄り添うようにコソコソ話をしている会話が聞こえてきた。


「見て、あの怪しい研究所の助手だわ」

「突然現れたかと思ったらあんな変人博士の助手なんてやって、どういうつもりなのかしら」

「男女の仲があるんじゃないの」

「まあ、いやらしい」

「まるで魔女ね」

「本当にそうなんじゃないの」


 彼女らは聞こえていないと思っているようだが、耳が良いシノには会話の内容が全て筒抜けだった。


(いつも子供が熱を出した時にあの二人は博士の風邪薬を利用するのに、散々な言われようだな)


 とシノは内心苦笑いをする。

 こちらをチラチラと見ているその婦人たちにシノは笑顔を向けて「こんにちは」と挨拶した。

 すると二人は一瞬ギョッとして、すぐにいかにも無理やり作ったようなぎごちない笑顔をシノに向けた。


「いつも助かってるわぁ、シノさん」

「そうよぉ。また子供が体調悪くなったらお願いするわ」


 あまりにも白々しい言葉に臆することなく、「ええ、もちろんです」とシノは笑顔で返した。


 婦人たちはそのシノの言葉を聞くとまたくっつき、再びコソコソ話をしながらそそくさと前を通り過ぎて行った。


 それからシノは、「はぁ……」とため息をついて次の場所へ再び歩き出した。





 *





 結局あの後行った家の住民からも冷たい対応をされたシノは、トボトボと博士が待つ研究所へ帰った。


「キア博士。ただいま戻りました」


 シノは研究所の扉を開いて博士のいるはずの部屋へ声をかけた。

 しかし返事が返ってこない。


(どうしたんだろう……)


 不安になり少し慌てて研究室の中をのぞいた。


「博士?」


 部屋の中でキア博士は、机に突っ伏して「すう、すう」と寝息を立てていた。


(またこんなところで寝て)


 その幼い寝顔を見て、シノはまるで母親のような母性の溢れる笑顔を彼に向けた。

 そして「風邪ひきますよ」と小さな声で言って、毛布を一枚彼の背中に優しくかけた。


 シノはそれからしばらく彼の顔を見つめていた。すると、彼の目の下にクマが出来ているのをシノは見つけた。


(やっぱり、ここ最近ろくに寝ないで研究しているんだ……)


 彼が近頃研究室にこもってずっと開発している治療薬。

 それは『灰化症候群』という名の病に対するものだ。

 『灰化症候群』は一度罹ったら必ず患者は死亡するという恐ろしい病だった。

 また、その病は世界中に今こうしている間にも広がっており、世界中の誰も治療薬も治療法も確立することが出来ていなかった。


(でも、この間聞いた話だとここから近い別の街でも『灰化症候群』の患者が出たという話だし……博士が焦るのも頷ける……)


 この灰色の街は大丈夫だろうか。

 シノは穏やかに寝息を立て続けている博士の顔を見て少し不安になった。


(でもきっと大丈夫だよね……)


 自分を言い聞かせるようにそう思う。


 しかし、シノのその淡い期待は最悪の形で裏切られることとなる。





 03






 その日もシノは博士に朝食を作り、街へ薬の配達へ向かっていた。

 きっと今日も、いつもと変わらない時間が流れるはず。

 シノはそう思っていた。


 しかし彼女が街に入るなり、突然大勢の街人が血相を変えて駆け寄ってきた。

 一体何事かとシノが焦っていると、その中の一人が大声で怒鳴りつけた。


「おい! おまえが昨日売った薬を飲んだ男が今朝市場で倒れたんだぞ!」


 一瞬シノはその言葉の意味を理解できなかった。彼女それ程までに動揺してしまったのだ。


(嘘……)


 だが、いつまでも呆然としていることはできず、目の前の街人に言った。


「その倒れた人物は何処にいらっしゃるんですか」


 再び男は怒鳴る。

「あいつは今、自宅で寝込んでいるよ!」


 あたりからは

「ふざけるな」

「お前のせいだ」

 などという罵声の声が聞こえてくる。


 シノはその喧騒に負けない声で真剣に言った。

「その方の家を教えてください」





 *





 「コンコンコン」とシノは先程の男に聞いた家の玄関をノックした。

 すると扉が開き中から中年の女が出てきた。


 女はシノのことを見るなり血相を変え

「あんたは!」

 と大声を出した。


 そして、「バチン」と思いっきりシノの頬を叩いた。


 シノはすっかりその一撃で紅く染まってしまった頬を手でおさえながら

「申し訳ございません」と謝罪し、続けて言った。


「お願いです。どうかその方の容体を見させてください」


 怒り心頭の女はその頼みを拒否しようとしたが、自分の夫のことが心配だし、どんなに憎い相手でもシノが診察をしっかりと行える人間であると知っていたので、散々罵倒した挙句に渋々彼女を通した。


 シノはベットで脂汗をかいて眠っている男の部屋に通されると、すぐに診察を始めた。


(もし本当に博士の薬が原因だったら……)


 そんな嫌な思考が彼女の頭をよぎる。

 しかし、聴診器をあてるために男の服をめくった時、彼女は全く予想していなかった光景をそこに見た。


 男の胸部に灰色のシミがあったのだ。

 それは博士の身の潔白を証明するものであったが、同時にもっとも恐れていたことだった。


(これは……まさか……)


「灰化症候群……」

 無意識にシノの口からはその病名が漏れていた。





 04






 あれからシノは患者を隔離したいと必死に女に申し出た。

 しかし、女はそんな申し出は認めないとかたくなに断り、あろうことか『灰化症候群』の発症を博士の薬のせいにした。


「そんな……」


 シノはいま、先ほどの家の前で周りを大勢の街人に囲まれ、つるし上げられていた。

 自分と博士は無実であると、彼女は必死に抗議する。


「皆さん待ってください。どうか、冷静になってください。

 博士の薬を飲んでなぜ『灰化症候群』が発症するのです。

 そんなことはあり得ません。

 それに、今はそんなことをしている場合じゃないんです。

 早く患者を隔離しないと」


 だが、どんなに事実を述べても、どんなに声を張り上げても全くシノの言葉は街人達には届かない。


「どうしてくれるんだ」

「お前たちがあんな研究をしているせいだ」

「ふざけるな」


 次々に罵声の言葉が民衆から上がる。

 挙げ句の果てには、とうとう石がシノに投げつけられた。

 石はシノの頭部に当たり、「ゴン」という鈍い音が鳴る。

 石が当たった場所からは血が流れ出て、シノの美しい顔に一筋の赤い線が出来た。


(ここで私が暴力を受けてすむのならいい……

 でも、きっと私が死んだら、彼らの怒りの矛先は今度はキア博士へ向く……

 だから今は彼の元へ向かわなくてわ……)


 シノはそのするどい紫色の眼を「キッ」と吊り上げ、街人達を睨みつけた。

 殺気立った瞳の輝きは人間離れしており、街人達は恐怖で震え上がった。


 シノは一瞬できたスキをつき、人々の隙間をするすると抜けてその場から逃げ出した。


「逃げたぞ」

「待て、この魔女が」

「やっぱりあの女、魔女だったんだわ。見たでしょうあの恐ろしい目つき」

「あれはとても人間だとは思えないわ」


 走っているシノの背中に、そんな心無い言葉が次から次へと突き刺さる。

 シノはそれらの言葉に必死に耐えながら、研究所へ急いだ。





 *





「キア博士!」


 シノは研究所の扉を乱暴に開け放ち、息を切らしながら博士の名を呼んだ。


「どうしたんだ、シノ君」


 博士はそのただならぬ声に、研究室から飛び出してきた。

 そして、博士はシノの顔に一筋の血の跡が残っているのを見て

「シノ君、その傷はいったいどうしたんだ」 

 と問い詰めるように、彼女の元まで駆けつけた。

 だがシノは博士からの質問には答えず、先ほど起きたことを早急に説明した。


「そ、そんなことが……」


 博士は今聞いたことがとても信じられず、呆然としている。

 シノはそんな博士の手を乱暴に使み、彼の藍色の瞳を見つめて言った。


「キア博士、おそらくそう時を待たずに街の人達はここに来ます。

 そして、きっと博士と私のことを襲うでしょう。

 もしかしたら殺されてしまうかもしれない……

 だから、研究成果をもって逃げてください」


 しかし聡明な博士は今のシノの言葉に、彼女自身のことが含まれていないことにすぐに気が付いた。


「ああ、そうするべきだな……

 だが……君はどうするんだ。

 君もボクと逃げるんだろう?」


 シノはどこか不安げに見つめてくる博士に首を横に振ってこたえた。


「私は、彼らへの説得をもう一度だけ試みてみます。

 そして、博士が逃げられるように時間を稼ぎます」


「だが、それじゃあ君は」


 儚げな笑みを博士に向け、シノは告げた。


「私は大丈夫です。それに博士は私の体のことは知っているでしょう?」


「しかし……君をおいては……」


 博士はうつむいて、黙り込んでしまった。

 シノはその紫色の瞳で、彼の藍色の瞳を見つめる。


「お願いですキア博士、最初で最後の頼みです。

 どうか逃げてください……

 それに私に言ってくれたじゃないですか。

 一人でも多くの人の命を救いたいと。

 だから、絶対に薬を完成させて、苦しんでいる人たちを助けてあげてください」


 博士はそれから散々渋った末に、ようやく首を縦に振った。


「わ、わかった。だが……絶対にまたいつか合えると約束してほしい。ボクは君に伝えたいことがあるんだ……」


 シノはうなづく。

「ええ……いつか必ず会いましょう。約束です」


 そして、「さあ早く」と博士のことを急き立てた。


 その後、博士は様々な資料をカバンにまとめ、その研究所から逃れた。


「絶対に約束だぞ……シノ君」


 小さくなっていく博士は、最後にシノにそう言い残した。


「ええ……」


 シノはその博士の背中を見ながら静かにうなづいた。





 04







 研究所の扉の外に立ち、シノは街から一列になってこちらへ向かってくる火の列を見つめていた。


(やはり……こうなってしまった)


 人というものは、自分たちで対処することが出来ない事態が起きると、そして自分たちの予想を超えることが起きると、それを何かのせいにしようとする性質がある。


 それがたとえ自然に発生した病であったとしても……


 だから今回、偶然薬を飲んだ後に『灰化症候群』に罹った彼のことも、私たちのせいだと理由をつけた。

 彼らも冷静に考えればわかるはずだ。

 病に倒れたあの男性は、隣町とこちらの街を往復する配達員だった。

 そして隣町では『灰化症候群』の発症患者が出ていた。


 もうこれだけで感染経路は明らかだ。

 (でも……それは仕方のないことなのかもしれない。

 きっとそうしないと、人は恐怖に耐えられないんだ。

 自分たちの身に降りかかった理不尽な不幸が、自然にもたらされたものではなく、ある敵によってもたらされたと思ったほうが、怒りをぶつける矛先が出来て楽だ。

 そして、その敵を打倒すことで少しは気が晴れるのだから、そのほうがいいと思うのは自然の道理だ……

 だから、私を殺すことで少しでも安心できるなら、私は彼らの敵に……)




 *





「おい!あの変人博士を出せ」

 リーダーらしきひげを蓄えた男が怒鳴った。

 松明を掲げた火の列は、今はもう研究所とシノのことをすっかり包囲してしまっている。

 シノはざわざわと罵倒の声を上げる民衆に包囲されながら、静かに冷たい声で言った。


「博士はもう逃げました」


「なんだと。だれか中を改めろ」


 そうリーダーの男が言うと、数名の男たちが扉の前に立つシノのことを突き飛ばし、研究所の中を荒らしまわった。

 しばらくして中から出てきた男たちは報告した。


「確かにいませんでした。なかはもぬけの殻です」


「なっ」


 報告を聞いて、男は怒りに顔をゆがめ身体を震わす。その男にシノは追い打ちをかけるように告げた。


「ですから、もう博士はいません」

 

 シノのその言葉を聞いて、ついに堪忍袋の緒が切れた男は殴り掛かった。

「ふざけるな!」


「バコッ」という鈍い音が辺りに鳴り響く。

 音と同時にシノは顔面を思いっきり殴り飛ばされ、地面に臥していた。

 だがシノはすぐに起き上がる。

 彼女の頬は赤く腫れあがっていた。

 それでも、彼女は怒りを表すことはせず、冷静に彼らに説明した。


「灰化症候群はあの男性が自然と発症したものです。私たちは一切関係ありません」


 しかし、その言葉は直ぐに民衆の声でかき消される。


「嘘だ」

「お前たちのせいだ」

「お前たちがあの薬に病を仕込んだに違いない」

「命を持って償え、この魔女」


(無茶苦茶だな……)

 とシノは内心苦笑しながら、ゆっくりと立ち上がった。

 その後、彼らに言い放った。


「あなた達が私のことを殺して気が済むのならば、どうぞ。私は抵抗しません」





 *





「バコッ」「グギッ」「ガギィ」


 研究所の前ではそんな生々しい打撃音が響き続ける。


 同時に

「もっとやっちまえ」

「俺にもやらせろ」

 と一人の女を取り囲む民衆の声が聞こえてきた。


 シノはあれから、彼らの怒りをその身に全て受け、完全なリンチにさらされていた。

 美しかった顔面は腫れ上がり、体のあちこちが打撲と骨折だらけで、もう生きているのが不思議なぐらいだった。

 いや、一言も発さない彼女はもう死んでしまっているのかもしれない。


 その光景を見届けていたリーダーの男が言った。

「もうそろそろいいだろう」


 民衆たちはその言葉を聞くと、ぼろ雑巾のようなシノのことを研究室の扉にまるでごみを捨てるようにたたきつけた。


「火をつけろ。病の元凶を断ち切るんだ、みんな」


 男は声高々に松明を振り上げ、民衆を鼓舞した。

 それに従い、彼らは手に持っていた松明から、次から次へと炎を研究所へ移していく。


 木で組まれていた研究所はいとも簡単に燃え上がる。

 シノはその場からピクリとも動くことはなく、そのまま炎に包まれて消えていった。


 彼らはその光景を満足そうに見届けると

「これで病の元凶は取り除かれたぞ!」

「もう大丈夫だ」

「魔女は死んだ」

 などと声高々に歓声を上げて、街へ戻って行った。





 05






 緑豊かな森の中に、ぽつりと黒と灰色の燃えカスの山があった。

 それは建築物一軒が完全に燃焼したものの残りだ。

 灰は次第に少しずつ風に運ばれ、その量を徐々に減らしていく。

 しかし、それでもまだかなり大量にあった。

 

 それから、しばらくの時が流れてその中で何かがピクリと動いた。

 そして次の瞬間には「バサリ」という音を立てて、灰の山から一人の美しい女性が生まれた。

 彼女の髪と体はすっかり灰にまみれて元の色が分からないほどに汚れてしまっていたが、その紫色の瞳だけは色を濁らされてはいなかった。

 彼女はしばらく灰の中で呆然としていると、不意に俯いて、片手を自分の顔の前にかざし、見た。


 まだ手足がある。


 そのことを確認すると、シノはつぶやいた。


「まだ……生きてる……か……」


 ぽつりとつぶやいた言葉が灰と共に風にさらわれていく。

 シノはさすがに火で完全に燃やされたことはなかったな、と思った。


(ここまでされても、私は死なないのか……)


 そして、自分のある意味での頑丈さに自嘲気味な悲しみを含んだ笑みを浮かべた。




 *




 シノは、あの灰の中から再び生まれた日から、結局陰に隠れながらあの街の様子を一人で見守っていた。

 それは別にあの街が病で滅びてしまえばいいだとか、この間の復讐をしてやるという憎しみからではなく、純粋にあの灰色の街が心配だったからだ。

 

 徐々に月日が経つにつれ、街はシノが心配していた通りに『灰化症候群』によってじわりじわりと蝕ばまれていった。

 シノは今すぐにでもあの場に駆けつけたかったが、それでもこの間のことと、あの住民から憎まれていることを思い出し、結局踏みとどまった。

 日に日に、街の道の脇には灰色の死骸が転がり、街は『死』で溢れかえって行った。

 おそらくもうあの街の寿命はそう長くないだろことを、シノは確信してしまった。






 06






 シノは石畳の引かれた道を一人、歩いていく。

 その道は異様なほどに静まり返っていた。

 いや、それどころか街から音が一切発せられていなかった。

 まるで誰もいないかのように……


 シノは、道の脇にうずくまる灰色の死体のうち一体を担ぎ上げ、再びもと来た道を戻った。

 そして、その道の先にある大量の十字架が並ぶ墓場へ死体を埋葬した。

 彼女はたった一人で、彼らの亡骸を埋葬しているのだった。

 自らを散々痛めつけた者たちを弔っているのだった……

 

 


 こうして、このは終わりを迎えた。

 




 *






 この後、シノはこの街で一人の女の子と出会うが、またそれは別のモノガタリ。





      





 -終-


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