Prometheus-unbound got bound.

ネコ エレクトゥス

第1話

プロメテウス「かつて私は神々の長であるユピテルの命ずるところに背き、無知で野蛮な獣であった人間たちに火を、知恵と文明を授けたのだった。そうすることであの気まぐれで暴虐な神々の手から人間を解放し、世界が喜びによって支配されることを願ったのだった。だが私の試みは露見し、神々によって私はこのコーカサスの岩場に縛りつけられ、永劫に亘って鷲に内臓を食い破られるという責めを負うこととなった。しかしその責めも全く苦にはならなかった。確かに火は私の手から人間へと手渡されたのだ。人間たちが神々の統べる世界の不条理に気付くのも時間の問題だろう。そして彼らは立ち上がり、自らの手によって美しい世界を築くはずだ。そして事が成就した暁には人間たちのうちでもっとも偉大なる者、ヘラクレスが私をこの戒めから解き放ってくれるだろう。そして私は実際に解き放たれたはずだった。

 しかしあれは夢だったのだろうか。今私は以前と同じようにこの岩場に縛りつけられている。何も変わったところがない。違うと言えばいつも私の内臓を抉りに来ていたあの鷲がやってこないということか。しかし世界はどうなっているのだろうか。人間たちは高貴な理想のために一歩一歩進んでいるのだろうか。ここからでは何も分からない。おお、向こうから誰かがやって来るようだ。もしかしたらあの者が何か知っているかもしれない。」


ヘルメス・メルクリウス「よっ、プロメテウス。いいザマだな。」


プロメテウス「そなたはヘルメスか。一つ教えてくれ。世界は今いったいどうなっているのだ。」


ヘルメス・メルクリウス「何も昔と変わっちゃいないさ。あんたは相変わらず縛られ、俺は盗みを働いている。」


プロメテウス「しかし私はここから救い出された記憶があるのだ。なのにまた縛られている。これはいったいどういうことなのだ。あれは夢だったのか。」


ヘルメス・メルクリウス「夢なんかじゃない。あんたは確かに一度解き放たれた。ただ助けた相手が悪かったというだけさ。」


プロメテウス「それはどういう意味だ。」


ヘルメス・メルクリウス「あんたが助けた奴らがあんたをまたそこに縛りつけたってことさ。」


プロメテウス「そんなはずはない。私は人間たちを無知で野蛮な隷属状態から救ってあげたのだ。その彼らが何でそんな暴挙に出るはずがあろう。」


ヘルメス・メルクリウス「奴らは神々に代わって自ら神になりたがった。そして神々と同じことを始めたってわけさ。」


プロメテウス「では私の犠牲は全くの無駄であったのか!」


ヘルメス・メルクリウス「そう悲観しなさんな。縛りつけられていた方が余計なものを見ずにまだ幸福かもしれない。もっとも俺としてはどちらにせよ楽しませてもらっているがね。」


プロメテウス「しかし私は人間たちにまだ希望を捨ててはいない。その証拠に連日私を苦しめたあの鷲がまだやって来ないではないか。彼らは私から授けられた恩をまだ忘れてはいなかったのだ。」


ヘルメス・メルクリウス「あまりにも長いことそんな格好でいたもんで気でも違ったか?さっそくあっちからわさわさやって来るぜ。」


プロメテウス「何だ、あの蟻つぶのような塊は。ミュルミドン、善良な蟻男たちか?どうやら大挙してやって来るようだが。」


ヘルメス・メルクリウス「あんたが助けてやった奴らさ。」


プロメテウス「それ見ろ!私の思った通りだ。彼らは私のことを見捨てたのではなかった!」


ヘルメス・メルクリウス「旦那、あんたって奴は全くお気楽な奴だな。あいつらの貪欲でギラギラした目を見るがいい。あいつらが何をしに来たか分かるだろ。」


プロメテウス「ということは……。」


ヘルメス・メルクリウス「ということさ。鷲の代わりに奴らが毎日あんたの内臓を抉るってことだ。しかも奴らのやり方ときたら陰湿極まりない。肉の一塊、血の一滴一滴ずつあんたを責めさいなむぜ。その時にはあんたも鷲の一撃を懐かしく思い出すだろう。」


プロメテウス「何という恐怖だ。そんなことはまともな精神なら耐えられることではない。頼む、ヘルメスよ。私をここから解放してくれ!いかに私が自分の信念に身を捧げたものであるとしてもそんな仕打ちには耐えられない。もとより神々とてこんな仕打ちに耐えられるものではない。頼む、ヘルメス!」


ヘルメス・メルクリウス「あんたが余計なことを考えた罰さ。」


プロメテウス「神々には心の底から詫びる。他のどんな罰でも受け入れるつもりだ。だから天上の神々にとりなしてくれ!」


ヘルメス・メルクリウス「ごめんだね。身持ちの堅い我が父ユピテルに誓ってそんな不貞行為の後始末をするのはまっぴらだ。それにうかうかしているとこっちまで人間たちに食われそうになる。おー、こわっ。じゃ俺はそろそろ行くぜ。」


プロメテウス「誰か私を解放してくれ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Prometheus-unbound got bound. ネコ エレクトゥス @katsumikun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る